田中 悠樹③
悠樹視点です。
莉奈との婚約が白紙になってから一ヶ月が経った。
結婚資金を稼ぐ必要がなくなったことで仕事はセーブでき、婚約してた頃に比べればプライベートに随分余裕ができた。
いつでも上手い飯を食いに行けるし、休日にはゲーム三昧。
傍から見れば自由気ままに独身生活を楽しんでいるように見えるだろうが、俺の心は空っぽなままだ。
たまの息抜きに同僚達と飲みに行くこともあるが……楽しむことはできても、心の底から笑うことができなくなった。
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ある休日……。
昼飯を食い終わった俺は暇つぶしにスマホで友人達のSNSをぼんやりと眺めていた。
家族と旅行に行ったとか、友人や恋人と飯を食いに行ったとか……ごくありふれたエピソードばかりだが、俺にとっては幸せで眩しいものばかりだ。
添えられた写真に写る幸せそうなみんなの顔を見るほど、今の俺がひどく惨めに思えてならない。
その中でも特に俺の目を引いたのは、元婚約者である莉奈のSNSだ。
婚約を破棄して以降も、莉奈は例のレンタル彼氏と楽しいデートを重ね続けていたようだ。
ハッシュタグには”運命の2人”とか”毎日が楽しい”とか、幸せいっぱいですと言わんばかりの言葉が並んでいる。
そして添えられた写真には、レンタル彼氏と莉奈の仲睦まじいツーショットばかり。
どれもサービスの域を超えてない健全な写真ばかりだが、レンタル彼氏の隣で咲いている莉奈の笑顔がつらい。
莉奈の笑顔は俺も何度か見てきたが、こんなに楽しそうに笑う莉奈は俺も見たことがない。
その笑顔を見ると……。
”悠樹は私のことなんにもわかってないのね”
”彼は私の事、なんでもわかるんだよ”
なんて俺を哀れむような莉奈の声が俺の脳内に響き渡る。
ただの被害妄想だとはわかっているが、俺は胸が張り裂けそうになった。
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その日の夜……。
同僚の木村からラインが届いた。
『田中~生きてるかぁ?』
『勝手に殺すな、なんだよ急に』
『いや、死んだ魚みたいな目で毎日出勤してくれば、心配にもなるだろう?』
『心配してたのか? あれ』
『それはそうと……お前、元婚約者の事まだ気にしてるんだろ?』
『そんなことは……』
『強がるなよ。 俺以外の同僚もみんな察してるぜ?
プライベートなことだから細かいことは聞かないけどさ。
いつまでもくよくよしたって仕方ねぇよ。
気持ちを切り替えて、新しい子でも探しに行ったらどうだ?』
『簡単に言うなよ。 しばらく恋愛はしたくない』
『う~ん……じゃあさ。 レンタル彼女でも利用したらどうだ?』
『レンタル彼女?』
『レンタル彼女ならさ……恋愛だのなんだの関係なく、女の子とデートを楽しめるだろ?』
『それは……』
『まあ別に無理にとは言えねぇが、一応俺のおすすめ送っておくな!
ルールだのなんだの結構うるさいのがたまに傷だが……可愛い子が揃っている、初心者でも楽しめるぜ?』
木村は俺の答えを聞く前に、おすすめとやらのリンクをささっと送って来た。
あいつは出会い系とかレンタル彼女とかが好きであちこち利用しているから、こういう話だと信用できる……のか?
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「……」
ラインを終えた俺はしばらく考えた後、木村が送って来たリンクをタップした。
言い方は悪いが……傷心している俺にとって、女とのデートなんて暇つぶし以上の価値はない。
それでもレンタル彼女を利用する理由……それは、莉奈の心理を知るため。
6年交際した婚約者よりも大切になってしまう”レンタル”という存在が一体なんなのか……俺はそれが知りたかった。
”レンタル彼女——あなたの隣に、笑顔を”。
タップした先には、コメントに困るキャッチコピーと共に可愛い女の子の写真が山のように並んでいた。
俺はひとまずプロフィール欄をスクロールしながらレンタルする子を探した。
「この子にするか……」
俺の目に留まったのは橘あかりという23歳の女の子だ。
可愛らしい笑顔と抜群のスタイル、おしゃれな服装ではあるが……シンプルであまり着飾っていない。
まあそんな条件なら他にも山ほどいたが、まだレンタル彼女を初めて日が浅いというところが俺の決定打となった。
長くやっている子だとさりげなく高いものを買わされそうだが、まだ右も左もわかってない子ならねだられてもなんとか断れそうだから。
なんて軽く考えつつ、俺は申し込みボタンを押した。
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週末の昼……俺は待ち合わせに指定した駅前のカフェにやってきた。
待ち合わせ時間より5分ほど早く来てしまった。
莉奈とのデートの癖が抜けてないみたいだな。
「田中悠樹さんですか?」
待ち合わせ時間になると、背後から唐突に可愛らしい声で名前を呼ばれた。
振り返ると、そこにはプロフィール画面で見た橘あかりが立っていた。
「橘あかりです、よろしくお願いします」
驚いた……。
写真で見るよりずっと可愛らくておしとやかに見える。
「あ、よろしく。 田中悠樹です」
お互いに軽く挨拶を済ませた後、俺達はそばにあるカフェに入った。
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「えっと……」
無難にカフェに入ったのは良いが、何をどうしたら良いかよくわからない。
思えばデートなんて莉奈としかしたことがない。
莉奈の時は要領がわかっていたので、なんとかなったが、初対面の子だと話題すら浮かばない。
かと言って黙ったままというのもなんなので、俺は無理やり口を開いた。
「あの……レンタル彼女って、大変ですか?」
その結果、自分でもよくわからん言葉が飛び出した。
「そう……ですね、結構大変です。
レンタル彼女って毎回違う人とデートするサービスですから……1人1人の好みや理想に合わせてデートプランを考えないといけないんです。
少しでも満足されなかったら、もう選んでもらえなくなりますから」
「やっぱり単純にデートしていれば良いって訳じゃないんですね」
「はい、私達にとってデートは大切な接待ですから。
少しでも気を緩めてしまったら、すぐに愛想尽かされてしまいます。」
正直、レンタル彼氏とかレンタル彼女なんてデートするだけで金がもらえる割の良いバイト程度にしか思っていなかったが、どうやらひどい偏見だったみたいだ。
「そう……なんですか。 もう1つ聞いても良いですか?」
「はい、なんですか?」
「ちょっと生々しいんですけど、レンタルと客が本気で恋愛するってことはあるんですか?」
「えっ?」
「実は俺……6年付き合った婚約者にレンタル彼氏と付き合うからって、婚約破棄を突き付けられたんです」
「そう……なんですか……」
「俺、レンタル彼氏とかレンタル彼女ってのがよくわかってなくて……。
そういう話……橘さんは聞いたことないですか?」
「そうですね……そういう話を人づてに聞いたことはあります。
理由はいろいろありますが、サービスであることを忘れて暴走してしまう人はそれなりにいます。
もちろん、客との恋愛は禁止ですが……高額なお金や過激なサービスなんかでこっそりルールを破る人って結構多いんです。
全部が全部って訳じゃないんですけど……」
やっぱり、どんな場所にも”暗い”部分はあるんだな。
「そうか……急にすみませんね。
変なこと聞いちゃって……」
「いえ、気にしないでください」
「……」
「……」
お金を払ってまで申し込んだデートだと言うのに、初っ端からなんとも気まずい空気ができてしまった。
原因を作ったのは俺だが……このままデートなんて楽しめるものなのか?
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不安と罪悪感を抱えたまま3時間……俺達は雑談を挟みながら適当に町をぶらついた。
本屋だの雑貨屋だの……締めにちょっとカラオケに寄っただけ。
女性とデートというより、友達と町に遊びに行ったような感覚だった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ……なんか思ったよりも楽しかったです」
「それは何よりです。 また気が向いたら、いつでも連絡してください」
レンタル彼女と客という関係が終わり、他人に戻った俺達は駅前で解散することにした。
「はい、それじゃあ……」
軽く頭を下げてあかりに背を向けて駅に向かおうとすると……。
「田中さん!」
急に背中越しにあかりから声を掛けられ、俺は反射的に視線を戻した。
「なっなんですか?」
「その……またデートしましょうね!」
あかりはそれだけ言うと、俺に会釈して別れを告げて駅へと歩いていった。
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帰りの電車の中……俺は窓の景色を眺めながら物思いにふけっていた。
”今日は楽しかった”
その言葉に嘘はない。
あかりは話し上手で良い子だし、色々と気遣いしてもらえたので気軽にデートを楽しむことはできた。
まだ1回目だが、癒しやストレス発散を求めてレンタルを利用する人の気持ちも少しは理解できる。
でもどう考えても……婚約者を捨ててまでこの関係を濃厚にしたいという莉奈の気持ちはさっぱりわからない。
レンタル彼氏やレンタル彼女とのデートがどれだけ居心地良くても……俺はやっぱり将来を誓い合った相手が1番大切だとしか思えない。
あかりは十分、俺の心を満足させてくれたが……俺の目にはあくまであかりはレンタル彼女としか映らなかった。
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後日……俺は”レンタル彼女”であるあかりに再びデートを申し込んだ。
あかりに傷心の俺を癒してほしかったのか……デートを重ねて莉奈のように狂いたかったのか……俺は一体、何を求めているんだ?
『その……またデートしましょうね!』
おぼろげな頭の中で蘇るあかりの別れ際の言葉……それが妙に頭に残っていた。
普通に考えたら単なる営業だろうが、言葉と共に向けられたあの笑顔……デート中に見せてきた笑顔とはどこか違うように見えた気がした。
あかりは一体……俺に何を伝えようとしたんだ?
次話も悠樹視点です。




