田中 悠樹②
悠樹視点です。
なんの説明もなく、スマホ越しに言い渡された莉奈からの婚約破棄。
当然俺は納得することができず、直接会って説明してくれとラインで彼女に願い出た。
莉奈は”わかった”と簡単に了承し、後日俺は話し合うために彼女と待ち合わせすることにした。
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待ち合わせた場所は皮肉なことに、俺が莉奈にプロポーズした洋食屋だ。
だが元々、ここは俺達がデート後によく飯を食っていた行きつけの店。
見知らぬカフェよりも居心地が良い。
「……」」
店に入ると莉奈は先に席に着いてスマホをいじっていた。
彼女は一瞬顔を上げて入って来た俺の顔を確認するも、すぐにスマホに視線を戻した。
そのさりげない仕草に、息が詰まるような冷たいものを感じた。
「莉奈……」
「……」
俺は彼女の向かいの席に腰を下ろし、莉奈の名を呼ぶ。
ここでようやく莉奈はスマホをしまって俺に顔を向けてくれた。
だがその目は初対面の人間と対峙するかのように、感情が一切籠っていないように見えた。
「直接聞く。 お前、他に男ができたのか?」
莉奈の肩が、ぴくりと動いた。
「……違う」
「じゃあなんだ? なんでいきなり婚約破棄なんて……しかもよりによって結婚前日に……」
「私……好きな人ができたの」
「なんだよそれ……やっぱり男じゃないか!」
「違う! 颯斗君とは何もないの。デートしてただけで、手を繋ぐ以上のことは一切してない。レンタル彼氏のサービスを使っただけだから……浮気じゃない」
「れっレンタル彼氏?」
世層の斜め上の回答に、俺は自分でも恥ずかしいほど間抜けな声を出してしまった。
「レンタル彼氏と浮気したって言うのか!?」
「違う、そういうことじゃなくて——」
「じゃあどういうことだ!?」
周りの目など無視して俺が強い声音でそう問いかけると、莉奈はプルプルと震え出した。
俺の声に驚いたのかと思ったが……それは杞憂であることが次の瞬間理解できた。
「全然会ってくれない……悠樹が悪いんじゃない!!」
絞り出すように、莉奈が俺に言葉を返してきた。
「寂しかった! ずっと一人だった! でも悠樹は仕事仕事で私の事なんて全然見てくれない!!
だから気晴らしのつもりでレンタル彼氏を始めたの!
本当に最初は気晴らしのつもりだった……。
でも颯斗君と一緒にいる内に……どんどん彼に惹かれていった
そして気がついたら……颯斗君がいないと生きていけなくなってしまった。」
「それは……浮気じゃないのかよ」
「浮気なんて汚い言葉使わないで!!」
ダンッ!!
浮気という言葉が癪に障ったのか……莉奈はテーブルを叩いて怒りを露わにした。
「颯斗君は私の寂しさを全部埋めてくれた……私に本当の愛を教えてくれたの!!
私達は……真剣に愛し合っているの!!」
「愛し合っているって……相手はレンタル彼氏なんだろう?
だったらお前との関係はあくまでサービスじゃないか……」
莉奈の言葉を信じれば……相手の颯斗とかいうレンタル彼氏はあくまで莉奈を客としてしか見ていない。
それも大人な関係に発展していない、サービスの線をしっかり守っている健全な関係だ。
まあ莉奈の話がどこまで本当かわかったものじゃないが……。
「そうやって自分勝手な解釈で決めつけるような人だから……私はあなたを信じられなくなったのよ」
「なっなんだよそれ……自分勝手なのはどっちだよ!?
勝手にレンタル彼氏にマジになって……一方的に俺との婚約を破棄するお前の方が自分勝手なんじゃないのかよ!?」
「そうだね……自分勝手かもしれないね。
でも私にこうさせたのは悠樹じゃない! 悠樹が仕事ばかりで私を1人にしなければ……私は颯斗君を好きにならなかったし、レンタル彼氏を利用することもなかった!
全部悠樹が悪いのよ!!」
「仕事ばかりだったのは俺達の結婚資金を稼ぐためだって言っただろう?
莉奈だって結婚までの辛抱だって納得してくれたじゃないか!」
「でも私は寂しかった! ずっと不安でたまらなかった!
6年も一緒にいたのに……どうしてそんなことも理解できないの!?」
いくら長い付き合いだからって……そんなの言ってくれないとわからないだろう?
そもそも6年間付き合って明日結婚するって時に婚約破棄を突き付けた俺が今、どれだけ傷ついているかも理解できていない莉奈に非難される筋はない。
そう言い返したい気持ちは強いが……そうなったらますます莉奈はヒートアップしてしまうと、奇妙な冷静さが俺の心にブレーキを掛けた。
「莉奈に寂しい思いをさせたことは悪いと思っている。
俺なりに莉奈を1人にしないように頑張ったつもりではあったけど……それでもダメだって言うのなら、努力が足りなかったって認めるよ。
だけど……だからって婚約破棄はあんまりだろう?
俺達6年も一緒にいたじゃないか……」
「そうね……。
でも一緒にいた時間なんて関係ない。
大切なのはお互いに愛があるかどうかよ」
「……」
「何度でも言う。 悠樹……あなたとの婚約は破棄する」
俺はこれ以上言葉が見つからなかった。
莉奈の心の中には、もう俺の居場所がない。
六年間かけて積み上げてきたものが……レンタル彼氏との薄い関係で全部崩れたということだ。
「……わかった」
俺には……これが精一杯だった。
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両家を交えての話し合いは、三日後に行われた。
婚約破棄のことと莉奈の”心変わり”を彼女の口から聞いた瞬間、お互いの両親はしばらく言葉を失ってしまった。
「このたびは……ウチのバカ娘が本当に申し訳ない!!」
「なんてお詫びすれば良いか……」
莉奈の両親は青ざめた顔で何度も謝罪を口にしながら頭を下げるも、莉奈本人は無言のままだった。
「莉奈さん……悠樹は6年間ずっとあなたのために頑張ってきたんですよ?
それなのに……」
「いいよ、お母さん」
誰よりも俺達の結婚を楽しみにしていた俺の母が涙ながらに莉奈を責めるが……俺は静かに制した。
もう莉奈に何を言っても無駄だと……あの時の話し合いでもうわかった。
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それから話し合いはスムーズに進み……結婚式のキャンセル料に慰謝料、新居の契約費用と指輪代……目玉が飛び出すほどのバカ高い婚約破棄の代償を莉奈の両親が彼女との手切れ金という意味合いも込めて全額支払うことになった。
「本当に申し訳ございません。娘のしたことは……弁解の余地もありません。結婚に向けてかかった費用はすべてこちらで負担させていただきます」
「本当に……申し訳ありませんでした」
「……」
話し合いがまとまった後も謝罪の意思を示してくれた莉奈の両親……それとは対照的に莉奈は俺の顔すら見なかった。
いやもう……俺の事なんて眼中にないんだろう。
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全てが終わり、俺は一人でアパートに帰った。
「……」
ふとテーブルの上に飾っていた、写真立てを手に取った。
去年の夏、莉奈と二人で行った花火大会の写真だ。
莉奈がヒマワリの刺繍が入った浴衣を着て、俺の隣で笑っている。
この時かな?
莉奈との将来を真剣に考え始めたのは……。
でも今ではもう……何もかもが無意味だ。
「……」
俺は写真立てを伏せ、糸が切れた人形のようにベッドへと倒れた。
少し前まで思い描いていた莉奈との将来……それらが全て夢となって記憶の彼方に消えていく。
悲しいはずなのに……つらいはずなのに……不思議と涙は出なかった。
次話も悠樹視点です。




