小川 莉奈②
莉奈視点です。
それから三日後……。
レンタル彼氏アプリをダウンロードしたものの……結局プロフィールを眺めるだけで、申し込みボタンを押す勇気までは出なかった。
「……」
様々なイケメン達のプロフィール画面を品定めのように眺めていた私の目に、爽やかな笑顔を向ける1人の男性が留まった。
名前は篠原 颯斗、二十二歳。
顔が整っていることはもちろんなこと……この何もかもを優しく包み込むような笑顔と心が吸い込まれるような黒い瞳……。
眺めれば眺めるほど、篠原颯斗君に会いたい衝動に駆られそうになるが、悠樹への罪悪感が私に理性と言う名のブレーキを掛ける。
だけどそれも……もう限界だった。
『ごめん、今週末も仕事になった』
その夜、悠樹から送られてきたライン……。
「!!!」
それを目にした瞬間、私の中で何かが弾けた。
気が付くとレンタル彼氏アプリを開き、私は颯斗君にデートを申し込んでいた。
そして向こうからもOKをもらい、私達はデートすることになった。
「悠樹が悪いんだ……」
悠樹に責任を押し付けることで私の中に残っていたわずかな罪悪感は消え……私は颯斗君とのデートに胸を高鳴らせた。
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土曜日の午後……私達は駅前のスターバックスで待ち合わせていた。
「小川さんですか?」
待ち合わせ時間ちょうどに、篠原颯斗君は私の前に現れた。
彼は写真よりも背が高くて、少し幼い顔をしていた。
紺のシャツに黒のパンツ、清潔感があって嫌味がない。
まるで恋愛映画で女性主人公と結ばれるイケメン彼氏がそのまま私の前に現れたようだ。
「篠原です、よろしくお願いします」
「あ……よろしくお願いします」
深々とお辞儀をされて、私は少し面食らった。
今どきの男の子はなんとなくもっとチャラチャラした雰囲気だと勝手に思っていたから。
「それじゃあ、行きましょうか?」
「はっはい!」
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スタバに入ると、私達は窓際の席に座り……軽い世間話を始めた。
自分からデートを申し込んでいおいてなんだけど、最初は少し探り合うような微妙な距離感で話していた。
良い人そうではあるけれど、初対面の人間とそんな簡単に打ち解けられるほど、私は愛想の良い方じゃないから。
「へぇ……小川さんって、ブラックコーヒー飲めるんですか?
大人ですねぇ。
俺なんかこの歳になって未だ砂糖やミルクッスよ?」
「大げさよ。 コーヒーの好みなんて人それぞれなんだし」
だけど話している内に、私の彼に対する警戒心が少しずつ崩れていった。
篠原君は押しつけがましくなく、かといって無愛想でもなく……ちょうどいい距離感で話しかけてくる。
「そうだ……いつまでも上の名前で呼び合うのもなんだし、お互いに下の名前で呼び合いましょうよ。 これはデートなんですから」
「そっそうだね。 えっと……颯斗君」
不思議と名前呼びに抵抗はなかった。
まだ出会ってそんなに時間が経っていないのに、いつの間にか悠樹のように素で話し込んでいる自分がいた。
「あっ、莉奈さん。 どこか行きたい場所とかありますか? 俺、この辺りのデートスポット詳しいから……希望があればどこでも案内しますよ」
「えっと……ごめんなさい、特に決めてなくて。
ただなんとなく、外でお茶しながらおしゃべりでもと思って……」
急な問いかけに思わず素で返してしまった……。
勢いで申し込んだデートとはいえ、デートプランの1つでも用意しておくんだったと今更になって後悔した。
「じゃあ、ぶらぶらしながら決めましょうか。俺、そういうのも好きなんで」
颯斗は特に気にした様子もなく、柔らかな笑みを私に向けてくれた。
こんなノープランのデートに文句1つも言わず……私のことを慰めるように……。
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スタバでの談笑を楽しんだ後、私達は駅周辺のショッピングモールを2時間ほど歩いた。
その間に雑貨屋やゲームセンター等……颯斗君がレンタル彼氏初体験の私に合わせて考えてくれたデートスポットに立ち寄っては、2人で楽しい時間を過ごした。
どこへ行っても颯斗君がリードしてくれて、私が退屈しないようにユーモアを交えて声を掛けてくれた。
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「……」
その道中、洋服屋の前を横切る際……ウィンドウショッピングに立ち並ぶとても可愛らしい洋服が見えた。
目立った装飾こそなく、色合いも派手ではないけれど……シンプルな服が好きな私にはピッタリだ。
最近、なかなか気に入った洋服に巡り会うことができなかったからデートの記念に買ってみようかなと思ったその時……。
「とても似合うと思いますよ?」
颯斗君が心地よい甘い声音で私に囁いてきた。
「えっ?」
「莉奈さん、あの服が気になるんでしょう?」
「えっ? どうしてわかるの?」
「まあなんとなくです。 莉奈さんはああいうシンプルなのが好きそうだなって」
少し話しただけの関係なのに……私の好みまで理解できるんだ。
6年間付き合っている悠樹だって私のことを知るのに随分と時間を費やしたのに……。
颯斗君は悠樹と何かが違う。
うまく言えないけど……何かが。
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服を買った後、私達は休憩がてらカフェに入った。
「レンタル彼氏って、やっぱり変な仕事だと思いますか?」
「えっ?」
雑談の最中、唐突に颯斗君が尋ねてきた。
「初めて利用する方って、最初すごく緊張してるんですよね。莉奈さんも最初そうでしたし。だから気になって」
「正直、最初は怪しいと思ってた。
レンタル彼氏なんてホストと変わらないって……お金ばかりかかる遊びだって……」
「そうですよね……」
「でもね? こうして1日デートしている内に、それが私の偏見だってわかったの。
颯斗君はただ純粋に私を喜ばせようととしているだけなんだって……私とのデートを心から楽しんでいるんだって……そう理解できた」
「そう言ってもらえると、嬉しいです。
俺がレンタル彼氏になったのも誰かの気晴らしになりたいなって思ったからなんです。」
「そう……なんだ」
気晴らし……そのワードが私を一気に現実へと引き戻した。
そうだ、これは気晴らしだ。
颯斗君はあくまでレンタル彼氏で、私はただの客。
ただ単にサービスを受けただけ。
私達は……恋人同士じゃないんだ。
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「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ……良い気晴らしになりました」
デートを終え、私達は改札前で解散することになった。
「またデートしたくなったらいつでも連絡ください。 待ってますから」
「あっ!」
そう言い残すと、颯斗君は足早に去っていった。
そして私は、今日買った服を抱きしめて帰路についた。
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「……」
電車の窓から見える景色をぼんやりと眺めてみる内に……今日のデートが脳裏に蘇る。
楽しかった……ただただ楽しかった。
颯斗君と一緒に過ごした何もかもがキラキラと輝いている。
彼の顔を思い出すだけで……胸が温かくなる。
心を蝕んでいた寂しさや不安が……この数時間で随分と消えた。
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でも、私はそんなに強い人間じゃないようだ。
家に近づくにつれ……ようやく軽くなった心がまた重くなり始めた。
”寂しい……”
アパートに帰った頃には、心が悲鳴をあげ始めた。
なんか……颯斗君とデートする前よりずっと胸が苦しく感じる。
ピロンッ!
入浴を終えた直後、私のスマホに悠樹からのラインが届いた。
『今日ごめんな。来週こそ会おう』
私は少しだけ間を置いてから返信した。
『うん。待ってるね』
また悠樹が遠のいていってしまった……。
もうこのやり取りも指を動かすだけの作業と化している。
「なんで……どうして悠樹は……」
スマホを握る私の手がプルプルと震えた。
颯斗君はたった1日で私の不安や寂しさを払拭してくれたのに……どうして悠樹は私をずっと1人にするの?
どうして私の心を助けてくれないの?
悠樹の無神経さが私の胸に怒りを灯した。
”俺達の将来のために、精一杯頑張るよ”
口癖のように何度も悠樹から言い聞かされた言葉が脳内に響き渡る。
今まではそれで納得できていたけど……今はただの言い訳にしか聞こえない。
私、悠樹の奥さんになるんだよ?
将来のためだからって……私のことを放置して良いの?
悠樹は私の事……大切じゃないの?
私は……悠樹のことがわからなくなっていった。
次話は颯斗視点です。
もうほぼほぼ終わっているので、この後すぐに投稿します。




