小川 莉奈⑤
莉奈視点です。
悠樹との幸せを取り戻そうと、私は彼のアパートに足を運んだ。
婚約破棄からそれほど時間は経っていないのに、随分と懐かしく感じる。
ピンポーン……。
期待を胸に私はチャイムを押した。
大丈夫、悠樹は必ず私を受け入れてくれる……私の苦しみを理解してくれる。
だって6年も交際して、婚約までした仲なんだから……。
ガチャ……。
「はい……」
チャイムを鳴らして間もなく扉が開いた。
「悠樹……久しぶりだね」
久しぶりに見る悠樹の顔は、想像よりずっと穏やかに見えた。
てっきり私を失ったショックから立ち直れずにいると思っていたのに……。
「莉奈……何しに来た?」
それ以上に驚いたのは、私を見た瞬間に固まった悠樹の表情だ。
私の顔を見たら、涙を流して喜んでくれると思っていたのに、どうなっているの?
「あのね? ちょっと話があるの、少し上がらせてくれない?」
「ここで聞く。 赤の他人を上がらせたくなんかないからな」
「あっ赤の他人って……ひどくない?
私達、婚約までした仲じゃない!」
「一方的に婚約破棄した女に非難されたくなんかねぇよ。
そんなのどうでもいいから、さっさと用件を言え。
俺だって暇じゃないんだ」
冷めきった声……感情のない目……。
それらは全て、私への興味のなさを強く示しているように見えた。
なんなの?
私と久しぶりに会えたんだから、もっと話したいことがあるでしょう?
悠樹のあんまりな態度に少しイラつきを覚えたが、それを口にするとドアを閉められると悟った私は単刀直入にここへ来た目的を話すことにした。
「わっわかった。 ねぇ、悠樹……私とよりを戻しましょう?」
「……は?」
「私……颯斗君に騙されていたの。
颯斗君、私にプロポーズしてくれたくせに……私を捨てて別の女の所に行ったの。
しかもあいつ……浮気相手との結婚資金を稼ごうとして、私からお金をだまし取ったの。
ひどいでしょう?
”結婚しようって約束した女を裏切る”なんて……人間のやることじゃないわ」
「……」
「それでね?
やっとわかったの……。
私が本当に愛しているのは、悠樹だって。
悠樹じゃなきゃ……ダメなんだって……。
私、ようやくわかったんだ」
「……」
「だから悠樹……もう1度やり直して?
私と……結婚して?」
「それだけか?」
「えっ?」
「言いたいことはそれだけか?
だったらもう帰れ」
悠樹はそう言うと……信じられないことに、ドアを閉めようとした。
私は反射的に両手でドアを抑え、部屋に戻ろうとする悠樹を引き留めた。
「ちょ……ちょっと待ってよ!」
「離せよ。
俺はお前とやり直す気なんて微塵もない。
用が済んだらさっさと帰れ」
「なんでそんなこと言うの!?
私……戻って来たんだよ?
自分が間違っていたことに気が付いて、悠樹の所に帰って来たんだよ?」
「知るか!
今更お前が戻って来たって、俺にとっては迷惑なだけだ。
頼むから帰ってくれ。
俺、これから”彼女”とデートなんだ。
待ち合わせに遅れちまうだろ?」
「……は? かの……じょ?」
悠樹の言葉の意味が一瞬、理解できなかった。
いや、数秒時間を費やしても……脳が全く情報を処理できない。
「彼女って……何? なんのこと?」
「何って……俺が今、付き合っている子のことだ」
「はっはぁ!?
付き合っているって何?
私というものがありながら……浮気してたの!?」
「浮気ってなんだよ。
俺達とっくに別れて赤の他人だろう?」
「別れてない!! 私達はまだ付き合ってるじゃない!!」
「何を言ってるんだ? お前から婚約破棄を言い出して、俺達終わっただろう?」
「確かに婚約破棄はしたけど……私、悠樹と別れるなんて言った覚えはない!!
だから私と悠樹は、まだ付き合っているの!!」
そうだ……。
私が悠樹に突き付けたのはあくまで婚約破棄。
別れ話じゃない。
だから、私達はまだ恋人同士のはず!
しばらく会っていなかったけど、遠距離恋愛という言葉だってあるんだから。
何も問題ないはずよ!
「むちゃくちゃなこと言うな。
とにかく俺とお前はもう関係ないんだ」
「なんで……なんでそんなひどいこと言うの?
悠樹、私の事愛してるんでしょう?
プロポーズまでしてくれたじゃない!」
「全部過去の話だ。
俺が大切なのは、今付き合っている彼女だけだ」
「大切って何?
どうせマッチングアプリかなんかで出会った関係の薄っぺらい女でしょう?」
「マッチングアプリじゃない。
”お前と同じ”……レンタル彼女だった子だよ」
「れっレンタル彼女?」
「元々、癒し目的で利用していただけで……やましい目的なんてなかったけどな。
でもお互いに気持ちを確かめ合って付き合うことにしたんだ」
理解できない……できる訳がない。
レンタル彼女?
男からお金を巻き上げるだけの乞食みたいな卑しいだけの女じゃない。
そんな女と気持ちを確かめ合う?……付き合う?
ないないない……そんなのあり得ない。
いくらなんでも夢見すぎよ。
「おっお金目的よ!
レンタル彼女になるような女が、男と本気で恋愛なんてするわけないじゃない!!
悠樹……その女に騙されてるのよ!!」
颯斗君に騙された私だからわかる。
その女は悠樹のお金がほしいだけのハイエナだ。
悠樹からお金を絞るだけ搾り取って……本命のイケメンとの結婚資金にあてようとしているだけだ。
レンタル彼女なんてやるくらいなんだから……演技なんてお手の物よ!
「なんとでも言え。
とにかく、俺とお前はもう赤の他人だ。
これ以上、ウダウダ言い続けるなら……警察を呼ぶぞ」
警察というワードを聞いた瞬間、背筋に寒いものを感じた。
颯斗君との件で、警察に悪い印象を与えてしまっている私がまた何か問題を起こしてしまったら……下手をすれば刑務所に送られてしまうかもしれない。
そんな予感が頭を過ぎったが……それでも私は悠樹を諦めれられなかった。
「悠樹!」
悠樹を失いたくないあまりに、私は自分でも信じられないほどの力が湧き……ドアを無理やり開いて悠樹の腕にしがみついた。
でも悠樹は、うっとおしいと言わんばかりに冷たい視線を私に向けてきた。
「考え直してよ、悠樹!
私達、6年も一緒にいたじゃない!
こんな形で、私達の関係を終わらせても良いの!?」
「俺達の関係を終わらせたのはお前だろう?
もうマジでお前の事なんかどうでもいいんだ。
頼むからこれ以上、俺の人生を引っ掻き回さないでくれ」
何でよ……なんでそこまで私を邪険にするのよ。
私は颯斗君に騙された被害者なのに……どうして温かい言葉1つ掛けてくれないの?
「なんでそんなひどいことばかり言うの?
私、悠樹の事が本当に好きなのに……。
6年間付き合って婚約までした私より、ちょっとデートしただけのレンタル彼女の方が大切なの?
そんなのあんまりだわ……最低!!」
!!!
その瞬間、悠樹の目が変わり……私の腕が乱暴に振りほどかれた。
私はドアの前で尻もちをつき、そんな私を鬼のような顔をした悠樹が見下ろした。
「俺が最低なら……俺を捨ててレンタル彼氏を取ったお前はなんなんだよ!!」
「だからそれは、騙されて……」
「騙されたとしても……決めたのはお前自身だろう!
勇気を振り絞ってお前にプロポーズして……お前との結婚のために一生懸命働いて……やっと結婚できると思っていた矢先に、レンタル彼氏と付き合いたいからなんてふざけた理由で婚約破棄された俺が、どれだけ傷ついたか……お前にわかるか!?」
「そっそれは……」
「本当につらかった……苦しかった……。
そんな俺の心を、彼女は救ってくれたんだ。
ようやく吹っ切れると思ったら……いきなりやり直してくれだと?
どのツラ下げてそんなことが言えるんだ!?
いい加減にしろ!!」
今まで聞いたことがなかった悠樹の怒声……。
それが呪言のように私の体を床に縛り付けた。
そして怒りを吐き出した悠樹は再び能面のような顔に戻り、私に背を向ける。
「まっ待って、悠樹! 私……もう悠樹しかいないの!
1人ぼっちなんだよ!」
「そんなこと知るか。 1人が嫌なら、またレンタル彼氏に癒してもらえば良いだろう?」
悠樹は静かにそう言うと、部屋のドアにカギを掛け……私に背中を向けたままどこかへと立ち去って行った。
いやきっと、レンタル彼女の元に行ったんだろう……。
でも私は……追いかけることができなかった。
「……なんで?
なんでなの?」
悠樹の大切さを理解し、やっと彼の下に戻って来たのに……。
悠樹にはすでに新しい女がいた。
じゃあ私は?
私は一体……どこに行けば良いの?
誰の所に……帰れば良いの?
次話は前半が悠樹視点で後半が莉奈視点です。 いよいよ最終話! 気を引き締めて書き上げます!




