9 贈想
放課後。
紅葉がスマホを見ながら、小さく声を上げた。
「見てこれ」
渚が身を乗り出す。
「なになに?」
画面には……猫がじゃれている動画。
「かわいい〜!」
「でしょ?」
「猫は何でこんなにも可愛いのか……ほんと癒される」
「あの子ら絶対に自分が可愛いって自覚してるよね(笑)」
少し遅れて、陽向も覗き込む。
「お?猫か。確かにかわいいけど…俺は断然犬派だな!」
「いやいや、猫一択でしょ」
「犬は芸ができるし、賢いじゃん!」
「猫だって鍋に入るよ」
「犬は……」
「いやいや猫は……」
軽く言い合いになりながら、二人は笑っている。
「こはるは?」
そんな様子を見ている渚が、こはるに話を振る。
「え……?」
少しだけ考えて、
「私は……犬、猫より、うさぎですかね?」
その言葉に、
「お、意外」
犬猫戦争をしていた陽向が笑う。
雪斗も少しびっくりしたのか、視線を持っていた本からこはるへ移した。
「意外と知られてないけど、うさぎって結構感情表現豊かだしな!」
「え、そうなの?」
紅葉が興味を持つ。
「って……昔、雪斗からめっちゃ聞かされた」
「……そんな言ってないだろ」
雪斗が少しだけ顔をしかめる。
「でも、実際飼ってみて初めて分かることも多いよ」
記憶を遡っているのか、視線を上に向ける雪斗。
「嬉しいと変なジャンプしたり……怒ると足鳴らしたりするよ」
そう言い、笑いながら足で床をタンッと鳴らしてみせた。
こはるは、その音に少しだけびっくりしたが、雪斗がうさぎの話を楽しそうにしているのが嬉しく、少しだけ目を細めた。
「へぇ〜」
「って言うか、雪斗うさぎ飼ってたんだね。」
「ん〜…昔ね……」
こはるの胸が締め付けられた。
「じゃあ雪斗もうさぎ派?」
紅葉が軽く聞く。
「……いや」
ほんの一瞬だけ、間が空く。
「……今は特に……」
視線を逸らしながら、続ける。
「……好きとか嫌いとか、そういうのはないかな」
(……)
帰り支度をしていたこはるの手は、止まっていた。
⸻
廊下。
「こはるはさ」
紅葉が何気なく言う。
「なんでうさぎ好きなの?」
「え……?」
少しだけ考える。
「そうですね〜……」
言葉を探すように、ゆっくりと続ける。
「ちゃんと、見てるんですよ」
少しだけ悲しそうに笑うこはる。
「ん?」
「一緒にいてくれる人のことを……ちゃんと見てるんです」
「……」
「嬉しいときとか、悲しいときも」
「……ちゃんと分かってて」
少しだけ視線を落とす。
「声は出せないですけど……」
「その分……」
「行動で伝えようとしてる、というか……」
「へぇ……」
紅葉は少しだけ目を細める。
「こはるも詳しいね。昔うさぎ飼ってたの?」
「飼ったことないですよ」
笑って答えるこはる。
「その割には、めっちゃうさぎの気持ちをわかってるみたいだったからさ」
「あ、あははは〜。ただ好きなだけですよ〜」
その反応に笑う紅葉。
少しだけ歩いて、
「でも」
ぽつりと続ける。
「雪斗も、うさぎに詳しかったよね」
「あれだけ詳しくて、好きじゃ無いわけないでしょ(笑)」
紅葉の言葉に、心が少し軽くなる。
「そうですね…!」
こはるは小さく頷き、笑顔で答えた。
「紅葉〜こはる〜早く帰ろ〜!」
下駄箱で叫ぶ渚。
「今行くー」
紅葉とこはるは足早に渚の元へ向かう。
⸻
「あ、すみません……少し寄るところがあるので、ここで失礼します!」
軽く会釈をし、いつもとは違う場所でみんなと別れるこはる。
さっきの紅葉の言葉を思い出しながら、目的の場所に寄り、帰宅をするこはるであった。
⸻
夜。
甘い匂いが広がる部屋の中で、こはるは溶かしたチョコレートをじっと見つめる。
「……」
ゆっくりと、型に流し込む。
(……うさぎ)
頭の中に、あの言葉が浮かぶ。
「……」
手が、ほんの少しだけ止まる。
(……好きとか嫌いとか、そういうのはないかな)
胸の奥が、少しだけ重くなる。
「……」
でも、
もう一度、チョコを流し込む。
(……それでも)
(嬉しいと変なジャンプしたり……怒ると足鳴らしたりする)
手は止まらなかった。
型の中で、少しずつ形になっていく。
丸い体。
小さな耳。
その形を見て、ほんの少しだけ目を細める。
(……)
少しだけ迷う。
でも、
手は止まらなかった。
「……よし」
小さく呟いて、そっと型から外す。
少しだけいびつな形。
(やっとできた…!)
犬や猫の形をしたチョコの隣。
少しだけ数の多くなってしまった別の形のチョコを、大切そうにラッピングしていく。
(雪斗くん、喜んでくれるかな……)
⸻
次の日の朝。
「どうぞ」
こはるが、小さな袋を差し出す。
「え、なにこれ?」
「バレンタインは……明後日ですけど、学校がお休みなので、先にお渡ししようかなと(笑)」
「すごーい!」
「ありがとう。あ、だから昨日途中で帰ったんだ」
「みんなに内緒にしたくて」
「食べていい?朝ごはん食べてないからお腹すいちゃった(笑)」
「初めて作ったので、見た目とか味とか……ちょっと変かもしれないですけど、それでもよければ!」
早速中を開ける二人。
「え…これで初めて作ったとかやば……めっちゃ可愛くない?」
「猫かな?可愛い。食べるの勿体無いね」
大絶賛の二人。
「お、なになに、俺のもあったりするの?」
陽向がひょっこり現れた。
「あんたのは無いよ。これは私たちの!」
渚は言うが、こはるはちゃんと用意していた。
「陽向君のもちゃんとありますよ」
陽向にも渡す。
「やった!ありがと!」
「こんな奴にあげなくてもいいのに!」
「こはるちゃんは優しいんだよ!って。こっちは犬じゃん!すげー!」
少し照れくさそうに笑うこはる。
(……あと、一つ)
手の中に残った、小さな袋。
陽向に続き、雪斗も教室に入ってきた。
自分の席の周りで騒いでいるみんなを見て、
「おはよ〜って……朝から賑やかだな」
「おはよー」
「うっす」
「見てみてこれやばく無い!?こはるが初めて作ったんだって。しかもチョーうまい(笑)」
次々とチョコを頬張る渚。
「おぉ…すごいじゃん!」
ゆっくりと、雪斗の方を見る。
「あの!」
「ん?」
「雪斗くんは……」
ほんの少しだけ、間を置いて、
袋を差し出す。
「こっちを!」
「?」
受け取った雪斗が、中を見る。
「……うさぎ?」
「はい。」
小さく頷く。
「うさぎのチョコです!」
「バニーケーキも好きだと言っていたので!耳が折れないように作るの大変だったんですからね(笑)」
雪斗は、少しだけそのチョコを見つめて――
「……ありがと」
短く答えた。
⸻
放課後。
「うまっ!」
陽向の声が響く。
「いいな〜私もう食べちゃった。それちょうだい」
「やらねーよ!」
「でも初めて作ったとは思えない出来だよな。甘さもちょうどいいし」
陽向と紅葉も笑いながら食べている。
「よかったぁ……」
こはるは、小さく息をついた。
ふと、視線が動く。
雪斗の方を見る。
「……」
袋から取り出したチョコ。
その中に、小さなうさぎの形。
雪斗はそれを見つめる。
「なんか……出来が良すぎて食べるのちょっと勿体無いね(笑)」
と言いながら、一口かじる。
「……どう……ですか?」
思わず、聞いてしまう。
「うん、おいしい…」
「……そうですか」
こはるは、優しく笑って小さく頷く。
(……よかった)
それだけで、十分だった。
⸻
こはる達が先に教室を出ていく。
静かになった教室。
「……」
雪斗は、手の中のチョコを見る。
少しだけ、指でなぞる。
「……」
ほんのわずかに息を吐いて、
もう一口かじる。
何も言わないまま、静かに食べ終えた。
⸻
帰り道。
「……」
夜空に浮かぶ、細い三日月を眺めるこはるが、
ふっと、小さく笑う。
(……難しいなぁ)
そう呟きながら、小さくステップを踏むこはるであった。




