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ぜんうさ。  作者: 月白
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8/36

8 初甘


「月城さん何食べる?」


 振り返った渚が、メニューが載っているタブレットを見せてきた。


 人と並んで歩くのって、こんなに賑やかなんだ。


 こはるは少しだけ目を細めながら、差し出されたタブレットを受け取った。


「えっと……」


 色とりどりのケーキに、視線が泳ぐ。


(すごい……)


「迷ってるなら……これは?新商品のやつ!」


「バスクチーズケーキ」


 横から紅葉が指差す。


「あ、それそれ!絶対うまいやつ!」


 陽向が身を乗り出した。


「じゃあ俺、そのチーズケーキで!」


「俺もそれでいいかな」


 雪斗が短く答える。


「はーい、了解〜」


 渚がタブレットを操作する。


「ちょっとトイレ行ってくるから注文お願いね!」


「あ、俺も行く」


 陽向と雪斗が席を立った。


⸻


「……さてと」


 二人の姿が見えなくなった瞬間、渚がにやっと笑い、タブレットを忙しなく操作しだした。


「いやでもさ〜」


 表示されているのは別のケーキ。


「絶対こっちでしょ(笑)」


 いちごで、うさぎの耳を形どったケーキ。


「……あぁ、学校で言ってたバニーのやつ」


 紅葉が呟く。


「……あとで文句言われるよ」


「いいのいいの!絶対こっちの方が面白いって!」


 くすくす笑いながら、渚はそのまま注文を書き換えた。


⸻


 こはるは、もう一度タブレットに目を落とす。


 そこにあるのは、同じケーキ。


(これ……)


 ふわっと、胸の奥がくすぐったくなる。


(雪斗くんが好きって言ってたやつ……)


 少し迷ってから、顔を上げる。


「あ、あの……」


「私も、これにしていいですか?」


 指差したのは、バニーケーキ。


「おっ、了解!」


「これ、可愛いから結構人気商品なんだよ(笑)」


 渚が嬉しそうに笑った。


⸻


 しばらくして、二人が戻ってくる。


「いやー出たでた」


「よくそんな事言えるな……」


 席に着いた雪斗が、テーブルに運ばれてきた皿を見て固まる。


「……ん?」


 雪斗の席に置いてあるのは………バニーケーキ。


「……え?」


「いや、本当はこっちが食べたかっただろうなって(笑)」


 渚がニヤニヤしながら言う。


 陽向も肩が震えていた。


 雪斗は、呆れたようにため息をついた。


「何やってんだよ…….」


「ごめんね……間違えて頼んじゃった……店員さんに言ってこようか?」


「……もういいよ……このケーキで……」


 視線を逸らしながら、小さく答える雪斗。


 渚と陽向はニヤリと目を合わせた。


「ほらやっぱり〜(笑)」


「ゆきとちゃんかわい〜」


「なっ!これは仕方ないから食べるだけで、別に俺が頼んだんじゃないだろ……」


「ってこはるも紅葉も笑うな」


 頬を赤くしながら抗議する雪斗に、周りはくすくすと笑っていた。


⸻


「……ていうかさ」


 ふと、渚が口を開く。


「もうすぐバレンタインじゃん?」


「私は今年も友チョコだけかな」


 紅葉がケーキを一口食べながら言う。


「別に、渡したくなるほど好きな人もいないし」


「渚は?」


 そう振られて、渚は少しだけ視線を逸らした。


「わ、私も……友チョコだけかなぁ〜」


「あ、俺は貰う専門なので!今年もよろしくね!」


「気にしたことないけど、くれるならもらうよ」


 にっこり笑う陽向と、興味がなさそうにケーキを食べている雪斗。


「べ、別に、毎年の恒例行事みたいになってるからあげてるだけだし!そこに特別な感情とか無いから!勘違いはしないでよね!」


 急に饒舌になる渚を見て、紅葉はクスリと笑っていた。


⸻


「……チョコを渡す日、ですよね?」


 こはるが、少し考えながら言う。


「そうそう」


「まぁもうちょい先の話だけどね〜」


(好きな人に、かぁ……)


 ふと、視線が動いた。


⸻


「……ていうかさ」


 渚がこはると雪斗を見比べる。


「なんで二人は名前呼びなの?」


「え?」


 こはるがきょとんとする。


「いや、雪斗さ、月城さんのこと“こはる”って呼んでるじゃん?」


 ピクっ


 一瞬だけ、身体が固まる雪斗。


「あ、その……私がお願いしたんです!」


 少し慌てながら続ける。


「昔から名前で呼ばれることが多くて……名前で呼んでもらった方が……その、落ち着くというか……」


「だから、よかったら、みなさんも……」


 少しだけ俯いてから、顔を上げる。


「——こはる、って呼んでください」


⸻


「なにこの、かわいい生き物!」


 渚がすぐに笑う。


「じゃあこはるね!」


「……こはる……了解」


 紅葉も静かに続く。


「お、距離一気に縮まった感じ?」


 陽向が笑う。


「見ての通り、変な奴らだけど、よろしくな!」


「1番変なのはアンタだけどね」


 渚が突っ込む。


「まぁ……とりあえず改めてよろしく」


 少しだけ間をおいて、


「…こはる」


 最後の一口を平らげた雪斗が、こはるを見て笑いながら言った。


 こはるは少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、


「……はい!」


 小さく頷く。


 ケーキを一口食べる。


 甘い。


 ふわっと広がる味に、思わず目を細めた。


 ——こはる。


 さっき呼ばれた名前を、ふと思い出す。


 胸の奥が、少しだけあたたかかった。

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