11 逸脱
朝。
やわらかな風が頬をかすめ……
ひらりと花びらが舞う。
「……」
こはるは、足を止めて空を見上げた。
淡い桜色。
気持ちの良い風を感じながら、少しだけ目を細める。
でも――
内心、ソワソワしていた。
(今日から高校2年生……)
(……クラスが変わる………)
(みんなと……)
(雪斗くんと同じクラスになれるといいな……)
⸻
校内。
「えー俺またおまえと同じクラスじゃん!」
「俺の名前ないんだけど」
「今年もよろしくねー」
「別々になっちゃったね〜…ショック〜」
クラス掲示の前には人だかりができている。
こはるは少しだけ背伸びをする。
(……どこだろう)
視線を動かし……何枚目かのクラス掲示。
一番上に雪斗の名前を見つけた。
「……あ」
精一杯背伸びをするが、身長のせいで掲示の下の方が見えない。
そこへ、
「おはよ」
雪斗が来た。
「おはようございます」
片手を上げる雪斗と、ぺこりと頭を下げるこはる。
「こはるは…何組だった?」
「私は……まだ見つけられなくて……でも、雪斗くんは…」
指を差す。
「お、俺4組なんだ」
「はい、私は……ちょっと名前が見れなくて……」
「この人だかりじゃね。ん〜……」
そう言いながら背伸びをして名前を確認する雪斗。
「あ、ちゃんと4組にこはるの名前もあるよ」
「え!ホントですか!?」
目を大きく見開く。
「やった!」
嬉しさのあまり思わず抱きつきそうになり……
ギリギリのところで踏みとどまり、そのまま手を握った。
「……あ、でも他のみなさんは……?」
手を握ったまま雪斗に尋ねるこはる。
掲示板に再び視線を戻す雪斗。
「ん〜……あ………残念……」
「えっ………」
掲示板を見たまま、ため息をつく雪斗。
その反応を見て、こはるの表情が曇る。
――その瞬間
雪斗は、ふっと笑う。
「全員同じクラスだよ」
キョトンとするこはる。
「もう!!びっくりさせないでください!!」
足ダンをするこはる。
「ごめんごめん……でもそろそろ………」
「??」
「流石にちょっと……手を離してくれると………」
そう言いながら、握られた手に視線を移す雪斗。
「あ、ごめんなさい!!」
雪斗のからかいも、恥ずかしさを紛らわせるためだったのだろう。
そんな時、後ろから渚達の声が。
「な〜に朝からイチャついてんのよ」
「……え?雪斗そういう感じなの?俺を置いて?いつのまに?!」
「春だねぇ」
三人が一緒に歩いてきた。
「ちちちちがいます!」
顔が少し熱い。
ぱたぱたと手で顔を仰ぐこはる。
隣の雪斗をチラッと見る。
表情はわからなかったが、少しだけ雪斗の耳が赤い気がした。
「お、腐れ縁はまだまだ続くんだな」
「よかったよかった。今年もよろしくね。」
「ほら〜、先生来るよ〜!そんなところにいつまでもいないで、教室入ろう!」
渚が手をひらひらさせる。
「あ、はい!」
ざわざわと、人の流れに乗って教室に入る。
⸻
教室に入って、しばらくすると。
「はーい、席つけ〜」
ガラガラと、去年と同じ担任の先生が入ってきた。
「よかったね、みんな同じクラスで」
紅葉は小さく笑いながら、自分の席へ戻って行った。
前に陽向、少し後ろに紅葉。
斜め前には渚。
そして、右の前の席には雪斗。
(みんな同じクラス…)
全員に一度視線を送った後、
(……よかった)
上機嫌に笑うこはるであった。
⸻
新年度が始まって数日後。
授業も始まり、その日も体育のためにグラウンドへ出た。
「今日は体力テストって言ってましたね。」
「よっしゃ!去年の記録更新してやる!」
「渚勝負しようぜ!ハンデやるから!」
「望むところ!」
燃えている陽向と渚を見て、冷めた視線を送る紅葉と雪斗。
「うわぁ〜なんであんなやる気なの……早く終わらせたい……」
「まぁ、悪目立ちしない程度にはやらないとね」
「………」
「ん?」
「本気ではやらないと…?」
雪斗が少しだけ笑う。
「ちゃんとやるよ」
「ふーん…ま、そういうことにしといてあげるよ」
「??……とりあえず、頑張りましょう!」
こはるは握り拳をふたつ作り、その両手を空高く掲げた。
⸻
上体起こし。
「いち、にー……」
ぷるぷるぷるぷる
「……」
「……あれ?」
「こはる大丈夫?」
体が起きてこないこはる。
足を押さえていた渚が声をかける。
「……ちょっと……もう起き上がれないです……」
パタン………
「え、うそ!」
⸻
シャトルラン。
♪♪♪♪♪♪♪♪〜 31
♪♪♪♪♪♪♪♪〜 32
「はぁ……はぁ……」
「…………」
その場で倒れ込むこはる。
「はぁはぁ……こはるさすがに……早すぎない……!?」
隣で走っていた紅葉。
余裕が無いのだろう。
いつもより大きい声でこはるに言い放ちながら、反対方向へと走って行った。
「今までバレーとかダンスしかしてなかったから分からなかったけど……」
「こはる……あんた体力なさすぎでしょ(笑)」
カウントをしていた渚が笑っていた。
「はぁ…はぁ…」
少しだけ息を整えながら、こはるも困ったように笑う。
「みたいですね……」
(……やっぱり、体力がもたないな……)
⸻
長座体前屈。
ぐい〜っ……ぺたっ。
胸が隙間なく太ももにくっついた。
「え、こはるめっちゃ柔らか!」
「すご」
「……ふふん」
紅葉はもちろん、渚の記録をも更新したこはるは、初めて二人に余裕の表情を見せた。
⸻
立ち幅跳び。
「……」
軽く膝を曲げる。
(みんな、こんな感じで跳んでたよね……)
前の人の飛び方を真似して……
ぴょん、と跳ぶ。
記録……260cm。
男子でも、簡単には届かない距離。
それを……こはるは軽々と飛んだ。
「……え?」
「……は?」
渚と紅葉はもちろん、周りにいた生徒もざわついた。
「え、今飛んだの誰?」
「4組の……去年転校してきた子だよね?」
「あれ……男子でも無理じゃない?」
何やらみんなの視線を感じ、少し困惑するこはる。
「……あの………どうかしました……?」
「……こはる……めっちゃ飛ぶじゃん……」
「…? 渚さんは、もっと飛べるのでは?」
「飛べねぇよ!!」
⸻
50m走。
数人の生徒が横一列に並ぶ。
そこには渚と紅葉、そしてこはるの三人もいた。
「まさか……こんなところにライバルがいたとは……」
「ふふ〜ん……私だってやる時はやるんです!!」
「ちょっと……私が逆に目立つから……ふたりともやめて」
小声でそんなやりとりをしていると、
「位置について、よーい――」
「……」
パーン!!
ピストルの音と同時に、こはるは一気に飛び出した。
「ちょっ………!?」
女子の中でもかなり足が速い方の渚。
男子生徒も含め、皆その渚を見に来ていたのだが……
その渚の遥か先を走るこはる。
「はやっ…」
「まじか、水瀬負けてるじゃん」
「さっきめっちゃ飛んでた子だよね」
皆がざわめく。
先にゴールして膝をつくこはる。
こはるに追いつき、悔しがる渚。
最後にゴールして崩れ落ちる紅葉。
その三人を見て、雪斗はふっと小さく笑った。
⸻
廊下。
体力テストも終わり、廊下を歩くこはると渚と紅葉。
「楽しかったですね〜!」
「ムキー!!でも、総合得点では負けてないから!」
「渚さんすごいですね。私はすぐ疲れちゃって……今も足がガクガクしてますよ(笑)」
「あ〜はいはい、二人ともすごいすごい」
談笑しながら教室に入ると、
ガラガラ……
視線が集まる。
「???」
「月城さんさっきめっちゃ跳んでたよね!」
「足もあんなに速いの知らなかったよ!」
「前の学校でなんかやってたの?」
「ぜひ我が陸上部へ!!」
一斉に人が押し寄せる。
渚と紅葉はその人だかりから弾き出された。
「あいたたた……何よ急に……」
「……弾き出された……」
そんな二人に雪斗と陽向が近づいてくる。
「まぁ、あれだけ目立てばね」
「いい感じに渚が引き立て役になってたしな(笑)」
「なっ……うるさい!」
「でもこはる大丈夫かな。囲まれてるけど。」
質問攻めに合い、固まっているこはる。
「はぁ……ちょっと助けに行ってくる」
「いや、大丈夫でしょ」
こはるの元へ行こうとした渚を雪斗が止めた。
「え?」
渚達がこはるの方を見ると。
「えっと……」
一瞬迷って、
「特に何もやってないです。走ったり、飛んだりするのが好きなだけで」
小さく笑う。
「え、勿体無い!」
「可愛いし運動できるとか強くない?」
「そんなことないですよ!体力は全然ないですし!」
少しだけ表情は硬いが、それでもみんなの質問に対し、笑いながら受け答えをしていた。
「……ほんとだ。余計な心配だったかもね」
渚が笑って答えた。
「人見知り克服した感じ?」
「まぁ、前のクラスメイトもちらほらいるしね。全員知らない顔じゃないのもあるでしょ」
陽向と雪斗も笑いながらこはるを見ていた。
「でも、なんかこはるを取られちゃったみたいだね(笑)」
紅葉が冗談混じりに言うと。
「……!やっぱりちょっと行ってくる!!」
渚は鼻息を荒くして、人混みに突撃しに行った。
「出た(笑)あいつ結構独占欲強いからなぁ……」
陽向は呆れながら、人混みに割って入る渚を眺めていた。
「こらー!こはるが困ってるでしょ!」
「えーいいじゃん別に〜」
「ダメー!」
ぎゅっとこはるに抱きつく渚。
「ほら、行こ!」
「え、あ、はい!」
「水瀬さんずるいー!」
「月城さん!ぜひ我が陸上部に!!」
⸻
帰り道。
「それでは、私はここで!みなさんさようなら!」
夕方の空。
淡い光の中、ひとり歩くこはる。
「……」
少しだけ、空を見上げる。
「……もう、4月……」
「なんだか……あっという間だなぁ……」




