↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぜんうさ。  作者: 月白
PR
12/36

12 懐匂


「雪斗今日も休みだって」


 陽向がスマホを見ながら言う。


「結構長引いてるね」


 紅葉が少し心配そうに眉を寄せる。


「ここ最近、急に暑くなったり涼しくなったり、気温の変化激しかったしねぇ」


「たるんでるんだろ(笑)まぁ今はそんなに熱もないみたいだし、大丈夫っしょ!」


「そうだといいですけど……」


「……あ、そうだ」


 渚が思い出したように言う。


「これ、保護者会のプリント。昨日先生に言われてて、雪斗の家に届けないとなんだよね」


「あー言われてたね。家近いから持っていってくれって」


 言った側から、首を傾げる紅葉。


「ん?昨日言われて……なんで今それ持ってるの?」


「いやぁ…その〜………」


 一瞬の間。


「……えへっ♡昨日の帰り、急いでて忘れてた♡」


 渚の言葉に呆れる三人。


「私だけだとまた忘れるかもしれないし、放課後みんなで行かない?」


(雪斗くんの家………!?)


「みんなで行くのってどうなの?」


「まぁ、プリント渡すだけだし、いいんじゃね?そこまで酷いわけでもなさそうだし」


「……あの!えっと……私も行っていいですか?」


 遅れてこはるが言う。


「もちろん!それじゃみんなで行こうか!」


⸻


 ピンポーン


「はいはーい」


 ……!!


 こはるの心臓が大きく跳ね上がった。


 玄関の扉が開く。


「あら、いらっしゃい」


「おばさん!先生から頼まれて、保護者会のプリント持ってきました!」


(お母さんの……声だ………)


 こはるの目に涙が溜まっていく。


 みんなにバレないよう、サッと涙を拭った。


「あら、ありがとう」


「雪斗、体調は大丈夫ですか?」


「もうだいぶ落ち着いているわ。でも今は部屋で寝てるみたいね」


「そっか」


「わざわざありがとう。暑かったでしょう?せっかくだし、上がってお茶でも飲んでいきなさい」


「え、いいんですか?」


「もちろんよ」


⸻


 リビング。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 カラン………


 氷の溶ける音が心地いい。


 そして……落ち着く匂い。


「……」


(……懐かしい………)


 閉じていた目を開き、周囲をゆっくりと見渡した。


 軽く紅葉とこはるの自己紹介をした後、陽向が雪斗の母親に尋ねた。


「そういえば……俺はよく来てますけど、渚が来るの久しぶりじゃないですか?」


「昔はあんなによく来てたのにね」


「いや……なんか思春期?と言うか……なんか恥ずかしくなっちゃって……」


「そんな柄じゃないのにね」


 紅葉がツッコミ、くすりと笑う母親。


「いつでも来ていいのよ」


「いいんですか!?」


 みんなの会話が盛り上がる。


 こはるは、その輪から少しだけ離れた。


 部屋の空気。


 匂い。


 音。


 すべてが懐かしい。


(…………)


 でも、


 胸の奥が、少しだけ苦しくなる。


 視線が部屋の隅に置いてある棚に向いた。


「……」


 棚の上の一枚の写真。


 そこに写っていたのは――


 小さな、うさぎ。


 ――ドクン


 ゆっくりと近づく。


 ――――ドクン


 心臓の鼓動がだんだん大きくなっていく。


 その時……


「その子ね、」


「!?」


 急な声にびっくりするこはる。


 後ろには、雪斗の母親が優しく笑っていた。


「はるちゃんっていうの」


「昔、飼っていたうさぎさんなのよ」


 ――キュッ


 胸が締め付けられた。


「……そうなんですか……」


 こはるの指先が、ほんの少しだけ震える。


⸻


「うさぎさんのこと……最初はね、全然分からなくて」


 母親は、懐かしそうに話し始めた。


「おうちに来て最初の頃かしら」


「ケージの外に出したら、急にぴょんぴょん跳ね始めて」


「足元のマットが気持ち悪いのかな?とか、何かが嫌なのかなってびっくりしちゃって、すぐケージに戻しちゃったのよ」


「あとで知ったんだけど、うさぎさんって、嬉しいときにジャンプするのよ」


「外に出れたー!わーい!って、はるちゃんは言っていたのに、すぐにおうちに戻しちゃって……可哀想なことしちゃったこともあるのよ(笑)」


「……」


 こはるは、静かにその話を聞いていた。


(……あの時のことだ……)


 ふと、写真の隣に目がいく。


 小さな皿。


 そこに乗っているのは、


 大好物のパインとバナナのチップス。


 こはるの視線が止まる。


「それ……」


 少しだけ迷って、


「嬉しいときに、ぴょんぴょん跳ぶやつ……ビンキーって言うんですよね」


「ええ、そうなのよ。こはるちゃん、よく知ってるわね」


 母親が微笑む。


 ほんの一瞬の間。


「急に広いところに出られたから、嬉しくて……」


 ――はっとする。


「……あ」


 言葉が途切れる。


「えっと……その……!」


 一瞬迷って、


「私も昔、うさぎ飼ってて……その……似たようなことが、あって……!」


 言ってから、しまったと思った。


「……あれ?」


 いつの間にか、すぐ後ろにいた紅葉がぽつりと呟く。


「こはる、うさぎ飼ったことないって言ってなかった?」


「えっ!?」


 こはるは慌てて顔を上げる。


「いや、その……!」


「いとこの家で飼ってて……少しだけ……一緒にお世話とかしたことがあって……!」


 自分でも、言い訳が雑だと分かる。


「へぇ〜」


 紅葉は、じっとこはるを見る。


「だから、そんなに詳しいんだ」


 そう言いながら、紅葉も写真を眺めていた。


「うさぎさんがおうちにいるって珍しいからね、こう言う話ができて私も嬉しいわ」


 母親が優しく返す。


 けれど、その視線が少しだけ残る。


「久しぶりにはるちゃんの話をしたからかしら……」


 ふっと笑う。


「なんだか……とても懐かしい感じがする」


 そう言って、写真に指をそっと添える母親。


⸻


 帰り際。


「今日はありがとうね」


「いえ!」


「雪斗にも伝えておくわね」


「うん」


「こはるちゃんも、紅葉ちゃんも。またいつでもいらっしゃいね」


「「はい」」


⸻


 玄関の扉が閉まる。


 静かな部屋。


 後ろから足音。


「……母さん」


 雪斗が少しだけ顔を出す。


「起きてきて大丈夫なの?」


「飲み物飲んみに来ただけ」


「わざわざ来たんだ……大丈夫だって言ったのに」


「そう言わないの。プリント持ってきてくれたんだから。あとでちゃんとお礼するのよ?」


「……わかってるよ」


 それだけ言って、またゆっくりと階段を上がっていく。


⸻


 母親は、ふと振り返る。


 棚の上。


 写真の中のうさぎ。


「……はるちゃん」


 くすりと笑う。


「……本当に、懐かしいわね」


⸻


 帰り道。


 夕方の空。


 こはるは、少しだけ俯く。


(……)


「……もう」


「……5月、か」


 少しだけ、目を伏せる。


「……あっという間……だなぁ」


 握った手に、無意識に力が入っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。