38日目 幻影の円 〜消えたはずの手、背を押す〜
在庫/三十八日目・朝
・水:1.5L(変化なし…のはず)
・食:海藻 微量
・塩:微量
・火:なし
・記録具:ペン 使用可
・所感:数字は残る。だが、心は削れる
朝。
目を開けると、潮の人の影はどこにもなかった。
昨日まで隣にいたはずなのに、いつの間にか消えていた。
「在庫の数字と同じだ」と思った。
あるはずなのに気づけば消える。
午前。
光の帯がまた、遠くの空に揺れていた。
昨日よりも近い。
耳の奥であの声がこだまする。
…もう全部忘れていいんだよ。
全身が震えた。
忘れることは死ぬことと同じだ。
私は必死に帳を握りしめた。
この紙はまだ私の証なのだと。
午後。
砂に崩れた影が、ふと動いた。
海のきらめきの向こうに、ありえないものを見た。
潮の人が立っていた。
否。
そこに「いる」はずがない。
昨日、確かに消えたはずなのだ。
だが私の視界には、あの日の姿が映っていた。
彼女は言葉を発しない。
ただ、両手を掲げて…〇を描いた。
砂に、空に、水面に。
幾重にも円を描き、私を見つめた。
「また…救おうとしているのか」
声にならぬ囁きが喉を擦った。
私は立ち上がろうとした。
だが膝は笑い、砂に崩れる。
そのとき、風が吹いた。
背中を押されたように感じた。
振り返れば、潮の人がそこにいた。
笑みを浮かべていた。
だが…首を振った。
「一緒には…行けない?」
答えはない。
ただ微笑みと〇だけが残った。
夜。
光はますます近づいていた。
砂の上に、私は円を描いた。
震える指で、何度も、何度も。
潮の人がそこにいたような錯覚を胸に抱きながら。
所感:
幻か、真実か。
だが私は、背を押された。
〇は残る。
記録が消えても。
記憶が消えても。
あの円だけは、私を進ませる。
在庫/三十八日目・夜
・水:1.5L(変化なし)
・食:海藻 微量
・塩:微量
・火:なし
・記録具:ペン 使用可
・所感:円が刻まれた。幻の手が背を押した。




