神の山4
よろしくお願いします。
ドッブが地面に下ろしたかごを、男らはあらためて観察した。
木製で、丈夫さの割に軽い。
樹に見合わぬ大きさの果実がふくれにふくれて垂れてきた瞬間、その枝ごと切り取ってしまったように見える。もちろん意図してそうつくっているのだろう。
天から斜めにうねる枝は先にゆくほど葉が茂り、これと果実をつなぐ点からしなやかに弧を描き丸い底へ骨が組まれている。磨き重ねた漆の深い色と艶。
よくよく目を凝らせば貝殻が描かれているのがわかった。規則的に重なりあい、鱗の体をなしていて、しかも一つ一つ種類が違う。一つの骨の太さは子どもの腕くらいしかないというのにみっちり描きこまれている。
ネスルは、それが海の象徴だと正しく読みといた。まああの黒い扉を思い出せばわかりやすい。
枝葉もまた繊細なつくりだ。このかごは全体を一本の太い幹から彫りだされたようで、すべてをひとつに繋げる年輪の波があった。あの神山にはこれができるほどの巨木がいくらもあるのだ。途方も無い年月をあの化け物たちと超えてきたものが。
内側の細工まではよく見えなかったが、どうもどこかに香袋か何かを仕込んであるらしく、近づくと優しい花の香りがする。あの死者の香りだ。何の花かまでは、山育ちでないネスルたちにはわからないけれども。
見事だった。
千の技巧が詰めこまれていると言われても驚きはない。見れば見るほど美しい。
しかし一体このかごはどう開けるんだと男らは首をひねった。
骨と骨の間は男の腕ひとつ突っ込むのがやっと。鍵も見当たらない。骨もはずせそうにない。これほどの一品を乱暴にして壊すなんて論外だ。これでは中身だけ連れ出すのは不可能である。
「……まあ、見世物だからな。いいんじゃないか、これで」
ネスルがそう結論づけた頃にはとっくに朝だった。
男らが周りでああでもないこうでもないと苦戦しているのに、少女は出られないかごの中で呑気に眠っていた。その寝息も不思議と重なって聞こえる。
人形は腕にしっかり抱えられていたので、やはりよく見えないままだった。どうやら色違いの服らしく、少女は桃色の生地に、襟、裾、腰から下、と徐々に密度を増して青い刺繍が入っている。人形は、緑に青の刺繍だ。
そこまで確認して、今度はドッブとカルブ二人でかごを持った。
思いの外軽い荷物だとドッブは言うが、小さいとは嘘でも言えないかごである。こんなもの抱えて山を下ったのだから、いくら若くとも疲れは溜まる。荷物がなくとも息が乱れるネスルではさすがに手を貸せない。ビルニークは三人分の荷物をまとめ持ち、手が空いたカルブはやれやれとため息をついた。まさかかごごと運ぶ羽目になると知っていたら、拾おうなんて思いやしなかったのだが。
疲労困憊の四人が、連れの一座とようやく合流できたのは、もう夕暮れ間近、次の町に入る順番待ちの列でのことである。
ほんの数日離れている間に大荷物を手に入れてきた四人を、仲間たちは目を丸くして迎えた。
「なんだ、遅いと思ったら……」
「なによ、その子。拐ってきたの?」
「人聞き悪いこと言うなよ……」
まああながち外れているのでもないが。
「ちょっと流れで、なんというか、まあ、拾ったんだよ」
こう歯切れの悪いネスルは珍しいので、踊り子たちは首を傾げた。ひとり座長だけは経緯よりも少女本人に気を取られていた。なんとはなしに近づき、少女の不可思議な声に気がついたのだ。
「……どうも変わった子だねえ」
「あんまり、頭がよくないみたいなんだ」
ドッブが控えめに言い、
「おまけにそっから出らんねえときてる。まさか道の真ん中に置いてくわけにいかねえだろ」
ビルニークが投げやりに言葉を足した。この青年は素直すぎるきらいがあって、それは美点にも欠点にもなる。
「それはまた……厄介事じゃなかろうね?」
「知るかよ。ネスルが連れてくっつーから連れてきたんだ。見世物にできるってさ。実際、歌は」
うまい、と言おうとして口ごもる。
そんな簡単に評して良いものではない気がした。根拠などないが、思ったのだ。
座長はふむと顎をさすった。ひげを蓄えているのは威厳というか「らしさ」の演出みたいなもので、実際えらく様になっている。
「まあ、よかろうよ。歌うというなら一度それを聴いてみらんとな。わしには判断つかんところだ」
話し込んでいるうちに、街門がどんどん近くなってきた。色々な疑問はひとまず脇に置いて、若い踊り子の中からひとりを呼ぶ。
「マチルダ、ひとまずこの子の世話を頼むよ」
「えっ! 何であたしが……」
「マチルダ」
ネスルが声をかけると、マチルダは渋々かごに近づいた。無遠慮に、人というより獣を見るような気軽さで、骨組みの隙間から中を伺う。
そして派手に叫んだ。
「いやあ! 気持ち悪っ! 何なのそれ!」
そこでようやく少女は目を覚ました。なあに、なあに、と首をかしげる腕の中、「かわいいおにんぎょう」がぶらぶら揺れる。
「……き、キモチワルイ、な」
ネスルの声が珍しく引っくり返ったが、誰も何も言わなかった。
艶めく黒い長髪はまるでざわめく星空のよう。しかしそれがごつごつした木のかたまりから直接にょきにょき生えている。
埋め込まれた右の瞳は青い水底の揺れるよう。しかし顔にはそれだけで、左目も、眉も鼻も唇もない。
服が華やかに整っているぶん、かえって不気味さが増している。
「あれれ、れれ? かみのけたいへんだよ? くしゃくしゃだよ?」
のほほんと笑い、髪を指で梳いてやる少女以外、心は一つ。
「かわいいねえ」
……化け物。
ちょっと細かく分けすぎたでしょうか?
次回からは、一話がもう少し長くなるかもしれません。
読んでいただき、ありがとうございました。




