解放1
次が一応最終話になります。よろしくお願いします!
マチルダの一歩がもたらした空白は、その分だけ人形を人目にさらした。
そこに、その女がいた。
人形の顔、スヌーヌの顔、それを彼に背負わせたハマーマの、かつては妻と呼ばれた女だ。
今ですら妻を名乗り、だのにその面相以外には何の興味もない、夫の亡霊に追い縋る女。とうとう息子さえ失った女。
それが、人形の顔を見た。
スヌーヌ自身が目を疑っても彼女だけは「見違え」やしない、あの顔。
「わたくしのよ」
彼女はつぶやく。
ちょうど酌を注がれた男がどうしたと訊く。彼女はこたえる。
「あれ、わたくしのだわ。何でだぁれも気づかないのかしら」
かつては若すぎる妻と言われた。力ある家の一人娘が何を言い出したって叱る者などない。わがままに、傲慢に、その男が欲しいと父に願った。それを叶えてしまう父親だって問題のはずだけれど、当時は誰も彼も好き勝手していい時代だった。まだ狂王のいない頃の、混乱の時代のことだ。
今では相応に熟した女が、
「あれ、あのお顔。うつくしい。わたくしのいとしいお方だわ。どうしてわたくしから盗ったりしたの。どうやって? わからないわね」
わがまま娘のままに首をかしげる。
ぐいぃ、と歯軋りに合わせて首を、かたむけた、まま、立って、ゆらゆらふらふら、わからないわね、わからないわ、
「ね」
酒杯はもう放り投げて走った。
「ああ、だんなさまっ」
人魚の心には歌しかなかった。
人形すらいなかった。
だって歌の最中だから仕方がない。
でも、忘れてはいけなかったのだ。
コドクにもきつく言われていたのだから。お前の《声》は……。
だんなさまっ、と女が激しく飛びかかってきたのも、人魚はぶつかって倒されて歌を止められてからやっと気がついたくらいだった。
うた、とちゅうだったのに。
人魚はつぶや、こうとするが人形を失ったのに気づいて息を呑む。声を呑む。
手を伸ばした先で女が微笑んでいる。
「わたくしのものを盗ったりしてはだめなのよ。ね、だんなさま」
そして喋るけれど人魚の声、《声》が、が、あ、あ、あ、あ。
「あ、ああ、ああああアアアア!!!!!」
分裂する。
「返し」
ごぽ。
「返してェ!」
ごぽり。
「わたし!」
ぼたっ。
「わたしのォオおおオ……」
ぼたぼたぼたぼたっ。
人魚の口から吐き出されたものに近くの人間が悲鳴をあげる。「助けてぇ!」と一つが叫ぶとどれもこれもが身勝手に叫びだした。
それは魚だ。
きらきら光る美しい鱗を持った魚。
いろんな少女の顔をした、魚。
人魚は必死になって口をおさえる。だがその指の隙間からびたびたっと不気味な「魚」はまだまだまだまだまだまだまだまだ飛び出してくる。跳ね回る。あれだけ調和した素晴らしい歌声だったものが、地の果てから響く亡霊のごとく、しかし一つ一つはあくまでも愛らしい少女の声でわめきたてる。
「助けて!」
「食べられる!」
「もういや!」
「私を人間に戻してよぉ!」
ぼたぼたぼたぼたっ。
「いやいやいやあああ!」
「おかあさん!」
「おとうさん!」
「たすけたすけたすけてええええええ!」
マチルダも悲鳴をあげて逃げ出した。
「いいいい行かないで!」
「待って!」
「ねえってば!」
振り向かない。誰も振り向かない。一心に逃げた。化け物っと叫びながら、あるいはそんな言葉口にする間も惜しんで逃げた。
あんなに人の群がっていた広間に、残ったのはほんの少しだ。
腰が抜けたサーラブ、人形を抱いた女とその息子、王女と血脈、かろうじて踏みとどまったネスル、カルブ、ビルニーク、ドッブ。
「あらら、やっちゃったか」
「まったく、相変わらずの危険物ぶりじゃなあ」
「ちゃんと耳をふさいでおきなさいね、妹の娘」
「うるっせえな。ったく」
何でもないことのように囁きあう血脈にも、びちびちと「魚」が跳ねてくる。
「たすけてぇ!」
しかし銀髪の若者はそれを涼しい顔で踏みつけた。素足で。
「きゃあっ」
「うるせえっつってんだろ。黙れ魚肉」
ドッブがうげえっという顔をしたところは大変貴重だったのに、誰も見ていなかったのは残念な話だ。
「おや、お前、靴はどこへやったんじゃ?」
「白々しいな。あんたがこないだ盗ったんだろ。奇術に使うとか言ってさあ」
そうだったかな、歳かのう、と老人は明後日の方を向いてすっとぼける。
銀髪の若者が唸る。
「こういう時だけ年寄りぶんなよ、化けの兄。大体その皮、いつまで被ってんだ?」
ネスルらがびくっと震える。老人は飄々として頬を撫でる。
「おお、言うようになったな。盗りの。確かに随分使っとるが……これは気に入っておるからなあ。ふむ。しかしまあ、そうじゃな。小さな弟の祝いにしようか」
「それまでは年寄り扱いしろってか」
しれっと待機を希望した老人に、銀髪の若者はため息吐きつつ落ちていた踊り子だか娼婦だかの薄絹を拾った。それをざっくり結んでいけば、あっという間に網の完成だ。同じことをしていた金髪の若者が茶化す。
「化けの兄さんの顔を見るなんてどれくらいかな? 十年じゃきかないんじゃない?」
「三十年は前よ。だってそれ、わたしが頼んだやつでしょう?」
「そうじゃなあ」
壁にもたれていたコドクが笑う。美しいが、どうしてもどこか陰の濃い笑顔だ。退廃と破滅を強く孕み、世を斜めから見下ろし、それでいて傲慢ではなく。面白いことなんてまるでないように唇を歪める。
「あんたは生粋の嘘つきだな。化けの兄。あれから何度か遊んだろ」
「……さて」
老人は……少なくとも今は老人にしか見えないその男は、ここで初めて、本物の笑みを浮かべた。艶かしい微笑だった。
赤毛の女のはとことん謎めいていて、覗いたところで正体など決してわからない。掴ませる気も毛頭ない。そこがたまらないと燃える男らをひらひらかわす。
対して彼は暗喩的である。
そこに意味があるのがはっきりわかる。読めるなら読んでみろ、と正面から見る者を挑発してくるのだ。
この俺の幾重の化けの皮、剥げるものなら剥いでみろ。
奇術の種を暴いてみせろ。
今のところ、それはコドクと美しの君にしかなせぬ業であった。
「あんたがどんな舞台に上がるかは、あんた次第だけどな。とりあえず魚は捕まえてくれ。老人にもできる簡単な仕事だろう?」
できないから誰も彼も逃げ出しネスルたちは棒立ちになっているのだが、美しの君は娘の頭をそっと覆ったまま微笑む。
「確かに、簡単だ」
この二人の要望をはね除けるのは、無理ではないが重労働だ。
老人は渋々うなずいた。
「悪いな」
「埋め合わせは必ず」
「期待しておるぞ。まったく、こやつらがもうちっと肝が据わっておればのう」
流し目なんて食らっても、ネスルたちの硬直は早々解けそうにない。
魚どもは基本的に人魚から逃れたい一心、人の助けを求めて跳ねるがまあ遅い。広間の誰かに寄っていくならよいのだが、大概は外へ逃げた人間を追いかけようとする。十や二十じゃない。五十を越えるのが哀れっぽく泣きながらそうするのだ。
集まった「お上品」な育ちの人間たちにはたまったものじゃなかろう。
もちろん、海ならともかく陸では血脈に敵うわけがないけれど、この総数に対して動けるのがほんの五人である。数の利は侮れないので、老人(少なくとも今はそう見える)はやっと重い腰をあげた。
「外の人間ってやつは、どいつもこいつも能無しだからなあ。無理だろ」
「そればっかりは否定できんな。まさか人形を奪うとは。恐れ入る」
人魚が「人魚」でいられるのは、人形の《声》を務めているからだ。そういう約束だったのだ。なにせ生来の人魚ではない、もとはただの町娘だから、厳しい制約あってこそ、人ならざる域の歌声を披露できる。木製のかごに入れたのも、そこに海を表す模様を刻んだのも、難解な古詩や絵画を学んだ血脈にしてみればわかりやすい、親切な取扱説明のつもりだった。ところがこんな「謎かけ」は外ではなかなか通用しないものらしい。簡単にかごを開けたがり、あげく人形まで取り上げようというのだから。
金髪の若者は人形を目でとらえながら言う。
「ねえ、結局どうする?」
「こっちは魚だけつかまえておけばいいんじゃないの」
「あれはコドクの兄がどうにかするだろ」
「それもそうじゃな」
「だから、俺に投げるなよ」
「だって適任でしょう?」
「じゃあやりましょうか」
「私はここで娘と待とう」
「やれやれ」
相変わらず間のない会話だった。他の面子が口を挟む隙などどこにもない。さっさと決めてさっさと行動し始めた。
慌てたのはネスルたちだ。果敢に声をあげた。が。
「おい、俺達は……」
「動くな。邪魔だ」
「そこのジジイでも守っとけよ」
「どうせこれ触れないんだろ?」
言うなり魚を放られたカルブが「うわっ」と声をあげて避ける。それでまた全員固まってしまった。
「何だよ、食ってみりゃいいのによ」
人魚だぜ、と銀髪の若者が笑う。
それは兄弟にも伝染した。あの集落に招かれた夜のように、広間にこだます含み笑い。
「やめとけ。そいつらじゃただの気狂いになるだけだ」
そこへコドクがやる気のない忠告をくれる。
「わからんぞ。一人くらいは正気を保つかもしれん」
「冗談でしょう、兄さん。大体こんなむさっ苦しいのが少女の声で歌ってごらんよ」
「そいつあ不気味だな」
「絶対に見たくないわね」
カルブはぞっとして足元を見下ろす。
「ねえねえねえ! 助けてってばあ!」
「おねがいだから! 何でもするから!」
人魚は泣きわめく。びちびちと跳ねる様はあまりにもいたましい。
「ほ、本当にこれが人魚……?」
「だからそう言ってるだろ」
「麗しき海の魔性だぜ」
「なり損ないだけどね」
「食えば不老にも不死にもなれる」
「体の中でわめかれても平気だってんなら、丸呑みしてみればいい」
丁寧な説明をもらっても、もちろん誰も手を出そうとはしない。いくら神秘的な力を持つからって、これを食べ、まして内側で騒がれるなんて。想像するだけで震えがおさまらなかった。平気なわけがない。一日もせず気が狂うに決まっている。
「だ、め……」
今にも消えそうなしゃがれた声が抗議した。
人魚と呼ばれた少女……いや化け物は、今や両手で自分の首を絞めるようにしてうずくまっていた。何とか止めようと必死だった。一つ呼吸するたびにまだ何か飛び出しそうなのを、ぐっと呑み込んではえずく。この繰り返しだ。それをなだめるように、老人が花束の香りを吸わせる。
コドクはうなずく。
「わかってる。冗談だ。これは全部お前が集めたお前の《声》だから、他の奴には食わせない。心配するな」
兄弟に目配せして人魚の目の前に魚を集める。その数、なんと五十以上である。すぐにでも食おうとする人魚の手を「まだ食うな」コドクの言葉が止める。
「全部揃ってからにしろ」
命じて、相変わらず面倒くさそうに、だがためらいなく人形をあやしている女に近づく。
その時やっと、帽子に仮面姿のスヌーヌは舞台付近に集合した彼らに近づき、低く囁いた。
「悪い。まさかアレがここに来ているとは」
「あ? ああ、情報屋。ってことはお前が《顔》か!」
銀髪が今さら驚くので、こっちの方が驚いてしまう。
「何だよ、あの女の知り合いか?」
「そうだ。あの笑ってるひと、君の何?」
スヌーヌは一瞬ためらって、
「母、だ」
打ち明ける。サーラブがはっと彼を見たが、スヌーヌは気がつかなかったふりを貫いた。
「ふうん」
「お前、似なくてよかったなあ」
「まことにまことに」
「えっ」
そういう話ではないと思ったのはスヌーヌ一人ではなかろう。
「すっげえ馬鹿な女だ」
「狂う、というのは本来ああいうのを言うのじゃろうなあ」
「何であんなのと姉さんが同じ括りなのさ」
「外の奴らのやることだぜ。わかるわけねえって」
と、急に金髪の若者が立ち上がった。
「ああっ! あの女、顔だけじゃなくて髪にも触った! 弟の姉さんがっ」
「最近どうも耳が遠いが、何と喋っとるんじゃ?」
「まだ続けるの? それ。まあいいや。『まあだんなさまだんなさまだんなさま、色が変わられてしまっておかわいそう。でもご安心くださいませ。わたくし、ずううぅっとお側におりますわ』だって」
気持ち悪いくらいよく似た声と調子だった。
彼の喉からも何か湧いて出るのではないかと疑ったくらいだ。視線からそれを悟った金髪の若者に「僕は違うよ」と笑われてしまって、スヌーヌは赤面した。仮面のおかげで見えないけど、いや、そもそももう顔はないのだったな、と一人で打ち消す。母親を前にして、こんなに冷静でいられるのははじめてだった。
あらためて母を見る。
甘ったるい声、表情、それに見合わない老けた顔。
馬鹿な女。
本当、見るからに馬鹿な女だった。
一体どうしてこれから逃げられないと信じきっていたのだろう。顔に吹き出物一つでも見つければ泣きじゃくって腕をつねったあの手を、避けられないと思いこんでいたのだろう。不思議でしかたがない。
突っ立ったスヌーヌの足元にも魚が寄ってきてうるさいので、両手でつかまえて羽衣の網に放り込む。思ったより滑らかな手触りだ。
「お、やべえ気づいてなかった。助かった」
「往生際が悪いな、まったく」
「ふむ。最後のひとつじゃな」
「ありがとう」
どういたしまして、と返した声は我ながら随分穏やかだった。
そんな些細なことが嬉しくなって、スヌーヌは微笑む。仮面越しではあったけれど、顔のない男の微笑だったけれど、彼らには何だか通じる気がしたので。息の合ったお返しの笑顔がきれいだった。
馬鹿な女に近づいたコドクが何をどうしたのか、正確にわかったのは兄弟たちだけだろう。スヌーヌやサーラブはもちろんネスルにも、コドクの動きを追うことはできなかった。
瞬きしたかしなかったか、その間にもう、人形は彼の手に移っていた。
あんなにがっちり掴んでいただんなさまが消えたので、女は固まった。ぎしぎしと首を左右に動かし、コドクに行き当たる。
「だんなさま?」
「違う。これは小さな弟の姉。わかりやすく言うなら神だ」
思わず苦笑したスヌーヌだった。
あの少年の兄らしい、単純のふりした謎めいた言葉。他に何かある、と聞き返さないだけ、こちらのほうがまだましではあった。
「ち、ちがうわ。うそだわ。だって」
「顔も瞳も髪も違う。わからないってことは愛が足りないんだろ」
「うそよ。あなたはうそを言ってる」
ここで美しの君がため息を吐く。
「昔から不思議だったのだがな、お前は一体何を見ておるのだ? お前のだんなさまはお前のいる時には決して眠らなかったし、もう少しまぶたが薄くて頬が直線的だっただろう。それに平面的だった。こんなに複雑な感情を抱いてなかった。少なくともお前の前では」
「ちがうちがうちがうわこれは真実の愛なの!」
コドクが冷ややかに嗤う。
「真実の愛? なら何故間違える?」
おかしなことに、今まで誰が何を言ってもうろたえず自分の目だけ信じていた女が、コドクと女王の言葉には怯えふるえ聞きたくないと耳をふさいだ。
それは王たる者の静けさ故か、正気の残骸に触られたのか。女は叫んだ。
「しし真実の愛!」
スヌーヌは耳の後ろを擦る。
「それは金で買えぬものだ」
女王が柔らかく微笑む。
「し、しし、真実の、愛っ!」
「誰にも教わらなかったのか?」
コドクがげんなりと尋ねる。
「しししし真実の愛ィいいいいいいいっ!」
「そんなもの」
「あんたの中にはない」
女はついに膝をついて泣き出した。
「しんじつの、しんじつの……」
コドクが鼻で笑いとばす。
銀髪の若者そっくりの粗雑な仕草だ。本当は、若者がコドクを真似たのだったが。
「だったら一度くらい愛するだんなさまの名前を呼んでみろ」
「えっ冗談でしょう? 兄さん」
金髪の若者が大げさに目を丸くして女を見つめた。スヌーヌも同感だった。
女はざあっと青ざめ、慌てて周囲を見回す。
助けはない。
皆、白けた顔を隠さなかった。
老人がぽりぽりと額を掻く。
「ふむふむ。それで何の話をしておったかな。真実の?」
「ち、ちがうのよ」
「おや、どうした? 答えんか。真実の何だと言ったかな?」
「うそ、そんなはずない」
「ほんと信じらんねぇくらい馬鹿な女だな」
「わたくしはだんなさまを」
「ええ? ごめん聞こえなかったよ。誰だって?」
頬を口をふるえる手で包み撫でまわしながら、女はつぶやいた。
「くち?」
赤毛の女が肩をすくめる。
「自己愛なら溢れているわね。醜いったら」
「め? はな? ほお?」
「同感。これ並にひどいね」
と跳ねる魚をまたまたはたき落とした金髪がわらう。
「か、かお。おかお。え? なまえ?」
スヌーヌはため息をついた。
「顔、顔、顔。相変わらずそれしかねえんだな。あんたは昔から、最初からそうなんだ。気づかなかった俺も馬鹿だった。親父は確かに、ちゃんと答えをくれてたってのに」
逃げろ、生きろ、と父は言った。
スヌーヌはいつだって、この女から逃げてもよかったのだ。自由になってよかった。
私にはできないことがお前にはできる。
でも、親父、あんたはあんたなりのやり方で、最後には自由になったんだな。
姦通罪。
今までどうしても父に向き合えなかったのは、その言葉が重たくのしかかっていたせいなのだとスヌーヌは気づいた。
女王の気まぐれではなかったのだ。
そうじゃなきゃ、どうして父は、最後の夜あんなに晴れ晴れとしていたのか。お前のこと「だけ」が心残りだとつぶやいていたのか。
「ほら、今度は離すなよ」
コドクが少女に人形を手渡すと、少女はそれをきつくきつく、頬にあとが残るくらい必死に抱きしめてうなずいた。
「口を開けろ」
天に吠える獣のように大きく体をそらす。歌うように。
コドクが、またその兄弟たちが、その暗い口の奥めがけて「魚」どもを落とす。一尾一尾、丁寧に。少女は「魚」を噛み砕いたりしなかった。ごくん、と喉を鳴らすだけ。丸呑みだ。その細い喉でどうやったらあんなものを呑み込めるのか、ちっともわからない。そうしてまた浮かびあがってくる《鱗》の虹のようなきらめき。
「ないてるの」
これを丹念に撫でて満足した人魚がつぶやいた。
出会った日と変わらぬ美しい鐘のような声に、恐ろしい、と終始蚊帳の外だった男たちはふるえる。
ありがとうございました。




