再会4
うーん。切れ目が難しいです。とりあえず、投稿します。
にやにやにやと笑いつつ、銀髪の若者が手を叩いた。
「首尾よく言ったなぁ。おめでとう?」
都に着くなり姿を消し、ついさっき一座の、というより兄弟のもとへ戻ってきた彼の祝福は、表情のせいもあって、いまいち素直に受け取れない。この拍手に晴れやかな笑顔で答えたのは座長ひとりだった。
「ありがとう! いやあ、君たちのおかげだよ! 何もかも! まったくね! 人魚様様だ」
「ははっ、人魚ねえ。まあ毎日よく歌わせてたらしいじゃねえか。どこに行っても聞いたぜ。今日はどこそこでやってた、なんてな」
宰相サーラブの使いを総員でありがたく見送った午後だ。
黒い雲は低く溜まりやたら不吉な感じがしたのに、反して成果は上々だった。
酒場という酒場で馬鹿に騒いでみせたおかげだろうか。
近く屋敷の宴にて芸を披露せよとのお達しを受け、座長と若い踊り子は舞い上がっていた。一方年長者は男も女も固く引き締まった顔でネスルを見る。
いよいよ、時が来たのだ。
「ほほう、狙いは此度の宴じゃったか」
「主催は?」
「サーラブ」
「宰相様か」
「主君殺し」
「それはまた随分な大物じゃ。釣り上げた、いや、釣り上げてもらったと言うべきかな」
「大物かな? 小物でしょう?」
「弟は点が辛いわね」
「でも否定しねぇよなあ」
「うふふふ」
たとえば獣の息づかい、風に擦られる木の葉を、まとめて森のざわめきと呼ぶしかないように、流れに任せる血脈の会話をうまく聞きわけ意味を見つけるのは、外の人間には難しい。やわらかな含み笑いだけが耳に残った。
「つうかさ、あんたらどうすんの?」
「どう、とは?」
不思議そうに問い返した座長に、だからさァ、と銀髪の若者は呆れる。
たんっと地を蹴り人魚のかごに飛び乗る。それで小揺るぎもしないのは、かごの頑丈なつくりと若者の身軽さの賜物だろう。
「人魚。どうすんの? 何? 何事もなく踊って歌わせて帰ってくるって? 嘘だろ?」
こんこんこん。指の関節で骨組みを叩く。人魚がきょとんと天を見上げる。
カルブははっと息を呑む。
「まさか、かごから出すのは駄目なのか?」
今更だなぁ、と銀の若者がわらった。
「駄目に決まってんだろ。ここんところずっと、アンタ何見てたの?」
「話にならないね」
「あんたらには無理だろ」
「ろくなことにならないわ」
「賭けてもいい」
老人と童女がうんうんとうなずく。
「だ、だけど君たちは連れ出してたじゃないか!」
掃除や食事、下の世話。機会はいくらでもあった。それで人魚に不都合が起こったなんてこと、ないのに。
金の若者は初めて会った日と同じように軽い口ぶりで尋ねる。
「僕らとあなたがたが同じだと言いたいの? 馬鹿にされてる?」
「しかしそれでは……!」
「困るって? 勝手だね」
せせら笑う若者の指が金色の髪を絡ませて遊ぶ。カルブは仲間たちと視線を交わした。誰も拒否されるなんて思いもしていなかったのだ。皆焦りと不安を隠せない。
座長がはっと顔をあげた。
「そ、そうだ! それでは君たちが例の剣舞を披露してくれるというのはどうかね。これなら、まあその、いざという時にも安心だろう」
「ふうん。それは逃げ足の早い奴だけ連れていこうってことでいいのかな?」
身も蓋もないが、そういうことだ。しかしうなずくわけにもいかないので、座長ははくはくと口をふるわす。それでも最後の一線、一番身勝手な提案だけはしない。彼の誇りはコドクたち血脈にとって非常に好ましいものだ。
が、ネスルがようやく「ほざいた」。
「……たとえば、その、あんたらが人魚を連れて同行する、というのは、どうだ」
彼にしては随分歯切れ悪い言い方だった。
「自分らの手には負えないから、僕らが世話してくれってこと? いざって時、自分らは自分らで逃げるので、僕らは僕らでやってくださいって?」
「ふむふむ。言葉にするとますます図々しい話じゃなあ」
だから外は嫌なのだ。
自分の欲や目的……たとえば正義のふりをした偽善や復讐のために、簡単に他人を利用する。
「……すまん」
謝りはしても、撤回はしない。
「いや、気になさるな、お若いの」
「期待なんてはじめからしていないわ」
「大体が、あなた方だけで行こうとしないんだもんね」
優しい笑顔でさらりと言い切る兄弟たちに乗っかるでもなく、童女は隣の男を見上げる。
「それで? どうする気だ、コドク」
コドクは顔をしかめた。
「毎度毎度……巻き込むなよ、俺を」
「仕方あるまい。コドクだからな」
「人魚は行かせない」
「まあそうなるわね」
「んじゃ俺らだけかあ」
「いいからさっさと降りろ」
「へいへい」
長い銀髪がさらさら舞った。見惚れる踊り子なんか目もくれずかごを覗きこむ若者の笑顔はあたたかい。愛情に満ちている。
「よ、久しぶり。元気にしてたか? ちびっこ」
「うあ?」
上から急に降ってきたのが不思議で堪らないらしく、人魚はぱちぱちまばたきした。伸ばされた小さな手を、若者は優しくつつく。
「ちっさいなぁ。相変わらず」
「馬鹿ね。一週間やそこらで変わるわけないじゃないの」
「それ以前の話だろうよ、姉。人魚だもの」
童女がくつくつ笑い、女の耳がほんのり色づく。
「そ、それより、あんた、帰ってきたからには見つけたんでしょうね?」
「んん。いや、それがさぁ。時間かかりそうなんだよ」
これと決めた獲物はまず逃さない性分だ。やけに楽しそうな顔は、山の外では珍しい。
「あら」
「珍しいね」
「だから言ったろ。回りくどいのは苦手なんだって、俺は」
銀髪の若者は肩をすくめる。
「では、とりあえずそちらは置いておくとしようか」
「どうかしら」
口を挟んだ占の姉に、弟たちが首を傾げる。
「何だよ、姉」
「他にやりようがあるの?」
「違うわ。そうじゃなくて、まあ何となく? 違うんじゃないのって思うだけ」
「ふむ。占か」
「まあそんなところね」
肩をすくめた女は、眉をあげる角度まで弟そっくりだ。
フリーヤの夜に季節外れの雨が降りはじめる。それは吉兆か凶兆か、浮かれた誰かが賭けを持ちかけたのに、皆吉兆と言い張って、結局話はなし崩しになってしまった。こんな雨さえ、人々の酔いをさますことはできそうにない。
遠く乾杯の声を聞き、童女は静かに目を伏せる。
「新しい時代に!」
弟の話を思い返す。
宮殿から煙のように消えてしまったという、王女ユマオだけが気がかりだった。
ありがとうございました。




