幕間:魔王の独白
これは、いずれ魔王となる私が、何もかもを捨てて故郷を抜けた後の話だ。何もかもといっても、大切なものは一つしかなかったけれど。
友と呼べる少女だ。姉妹とも呼べる少女だ。師とも呼べる少女だ。
似たような境遇で育ち、話が合う少女のことは、友と呼べるはずだ。
共に笑い、共に食べ、共に寝た日々を過ごした少女は、姉妹と呼べるはずだ。
武を、知を、その他数々を教わった少女は、師と呼べるはずだ。
その少女を捨てて、故郷を抜けた。
譲れないものがあったからだ。許せないものがあったからだ。
だから奪った。だから壊した。
記憶を、友情を、関係を……壊した先に、なにもなくても。
故郷を抜けて、村を転々とし、時に奪い、時に殺し、そうしながら生きてきた。
罪の意識は感じなかった。私が蔑まれるのは当然で、そんな奴らを殺すのも当然。
辛いかと問われれば辛かったと答える。苦しいと問われれば苦しかったと答える。しかし、悪いかと問われれば、悪くはなかった。
不幸のどん底の中で、身を焦がすほどの黒い炎の猛るままに暴れまわるのは、悪くはなかった。楽しいわけではない、幸せなわけではない。しかし、どうしようもなくやめられなかった。
商人から食料を奪い、殺されそうになったら殺し返す。そんないつもの日常を繰り返していたある日のことだった。
標的の馬車に乗っていた男に、蔑み以外の感情を向けられた。……憐憫だった。
男は領主だ。小さい国の、小さい領地の、小さな主。そこで男は、領主と兼任して孤児院を経営していた。
驚いた。孤児院には、獣人も、エルフも、ドワーフも、魔族も、混血種もいた。あらゆる種族が、一つの場所で共に生きていた。
―――今日からここが君の家だ。ここにいるみんなが君の家族だ。
私はそこで暮らすことになった。
孤児院での暮らしは、充実していた。初めて、やわらかい生地の上で寝る安心感を覚えた。久しぶりに、温かい食事の味をかみしめることができた。
時間の経過とともに孤児院になじんだ私は、他の孤児とも家族と呼べる関係性を結んだ。
兄と呼べるドワーフと、姉と呼べる獣人と、妹と呼べるエルフと、ライバルと呼べる魔族と、親友と呼べる混血種と……
……そして、第二の父と呼べる人が、私にもできた。
世界を憎んではならない。世界の醜い部分を憎むより、世界の美しい部分を慈しみ、大切にしなさい。
第二の父の教えだ。綺麗ごとだと切り捨てるのは簡単なのに、なぜかそれを破る気は起きなかった。
孤児院での日々は、私の何よりも尊い宝物だ。心から幸せだったと口にできる。もしかしたら、この胸の内に燻る炎を心の奥底にしまい、記憶から忘れ去ることを選び、その幸せを一生甘受する未来もあったかもしれない。
その未来は……ああ、反吐が出そうだ。
少なくとも、その未来が訪れなかった私はそう思う。
その幸せな空間にあてられ、いつか、私と同じ想いの人たちを救ってあげたいと、世界にはこんなに尊いものがあるのだと教えてあげたいと、そう口にしていた時のことは、今の私には恥ずべきことだ。
その世界の醜い部分に、私の幸せはまた奪われたのだから。
孤児院が燃やされ、領主が殺された。
領主は、国家反逆罪の濡れ衣が着せられた。経営する孤児院の子供に洗脳教育と戦闘訓練を受けさせ、いずれおこす反逆のための駒にするために育てていたと……そんな根も葉もないうわさを吹聴された末にだ。
領主はその場で斬殺。そして、孤児院と一緒に燃やされた。
私はその時狩りに出ていて、その死に関わることはできなかった。狩りから戻ってきたときには、孤児院はすでに燃えていた。
ごうごうと、勢いを増す炎を目前に、私は膝をつくことしかできなかった。
そして、思い出した。幸せはいつまでも続かないことを。世界は簡単に人の幸せを壊すことを。
思い出した。生みの親が殺され、悲しみが過ぎた後に残った感情を。
胸の内にある火種。前はもっと大きかったはずなのに、今は火種と呼べるほど小さくなってしまった、もう消えるはずだった炎が……孤児院を糧に燃える炎の勢いに呼応するように、猛る。
私は、その黒い炎の名を知っていた。その炎の名は……憎悪といった。
そして私は、『憎悪者』のスキルを獲得したのだ。
私は、第二の父殺害の指示を出した貴族の屋敷を襲撃した。そして、どうしてそのようなことしたのかを問いただした。
亜人は悪趣味な貴族に需要があるから、適当な理由をでっちあげて孤児院を燃やした後、孤児を保護したと見せかけ奴隷商に売りに出すつもりだったと。
「死ね」
その貴族は魔法で燃やした。燃やすことが、一番手っ取り早く相手をより苦しませる方法だと知っていたから。
「ごめんお父さん。教え、もう守れそうにないや」
世界に美しい部分があるのは知っている。父のおかげで知ることができた。けれど、醜い部分も確かにあって、その醜い部分に虐げられるのは、私の大切な人なのだ。
「全部、壊そう」
世界が私の幸せを壊すなら、もう幸せなんて望まない。愛を求めてもいつか失うのなら、もう最初からいらない。綺麗な世界を醜さが汚すのなら、もう世界なんて滅べばいい。
「綺麗も、汚いも。全部壊す」
憎悪のままに暴れた先に、何も残らないのだとしても、気が晴れることすらないのだとしても。これからやることに、何も意味がないのだとしても。
この憎悪を抱えたまま何もしないことだけは、できないのだから。
そして私は、かつての友である少女と再会し、殺し合う運命を結ばされた。




