移す日
晴れた朝だった。
前々日の雨は、庭の草からはもう落ちていた。南の石には、そろそろ日が来るころだった。
階段を下りたところに、リゼットが立っていた。両手で杯を持っていた。乳の匂いがした。
「トマさんの、今朝の乳です」
リゼットは、それだけ言って、厨房のほうへ歩き出した。乳の匂いも、いっしょに行った。
わたしも、そちらへ行った。
厨房は、いつもより暑かった。ベルトが、夜明けから竈にも窯にも火を入れていた。八人と、見ている人の昼の分だそうである。
食器棚の上には、ギヨームの敷いた布がある。乗ると、布の下まであたたかかった。リゼットが、杯を棚の端に置いた。
乳を飲んだ。それから、横になった。
棚の下で、ベルトがリゼットを見た。
「よく知ってたね」
「今朝は、昼まで窯を使いますから」
外で、朝の鐘が鳴った。
*
厨房の窓は、半分開いている。
南の庭のほうから、テシエの声がした。
「綱を張ってください」
それから、ジュベールの声がした。
「マルク、もう半歩、左へ」
しばらくして、木のきしむ音がした。丸太の音だった。
ピエールが、水を飲みに入ってきた。
「旦那様が、始めのとこだけ立って見ておられた。いまは書斎だ」
ベルトは、鍋を見たまま訊いた。
「いま、どこまで」
「丸太に載せたとこだ」
ピエールは、水を二杯飲んで出ていった。
窓の外で、ジュベールの声がまたした。
「右、もう少し」
さっきより、少し息が短かった。
*
マルクが、水を飲みに来た。
「ジュベールさんが、綱を持ってる。トマさんは、市に乳を届けてから来るって。そこまでは、ジュベールさんが代わるんだ」
「指図は」とベルトが訊いた。
「外からは、テシエさんが見てる。ジュベールさんも、してる。おれに『もう半歩』って言って、自分も半歩動いてる」
マルクは、水を飲んで、それから付け足した。
「上着は、梨の木の枝にかけてある」
マルクが出ていくと、母が入ってきた。前掛けをしていた。ベルトの横で、パンを切りはじめた。
*
窓の外で、きしむ音が止まった。
「沈みました」と、助手の声がした。
「板を」とテシエが言った。「その上に、砂利を」
少しして、砂利をあける音がした。荷車一台ぶんくらいの音だった。
ピエールが、また水を飲みに来た。
「沈んだよ。門の手前の、低いとこで。でも板があった。砂利も、門の脇に積んであった」
「そうかい」
「おれが、雨のあと二日ぬかるむって言ったからだ」
「言ってたね」とベルトは言った。
ピエールは、水を一杯だけ飲んで出ていった。
*
門のほうから、荷車の音がした。トマの荷車の音は、もう知っている。
ジュベールの声がした。
「トマ、こちらへ」
そのあとのジュベールの指図は、息が短くなかった。
ギヨームが、水を飲みに来た。
「トマが着いた。ジュベールさん、綱を離した」
ベルトは、鍋をかき回した。
「いま、どこまで」
「ジュベールさんの上着のとこまで」
母が、パンを切る手を止めた。ギヨームを見た。それから、また切りはじめた。
*
昼に、八人が戻ってきた。テシエと、ジュベールもいっしょだった。
母は、パンの籠を置いて、いちばん前にいたギヨームに訊いた。
「日は、当たってた」
「当たってました、奥様」
「そう」
母は、籠をまた持って、卓に置いた。
トマは、帽子を取ってから座った。村の若いのは、トマの隣に座った。ジュベールは座らなかった。上着を着ていた。袖に、梨の木の葉が一枚ついていた。
ベルトは、テシエに一杯目のスープを出した。
*
昼すぎ、窯の火が落ちた。棚の上が、少しずつ冷えてきた。
わたしは棚を降りて、庭に出た。
南の生け垣の切れ目から、東の門のほうへ、草の倒れた筋が通っていた。
石のあったところに、くぼみがあった。石の形をしていた。底の土は湿っていて、白っぽかった。土の匂いがした。
日は、くぼみにも当たっていた。
わたしは、そこでは寝なかった。
くぼみの縁の土は、もう乾きはじめていた。底のほうは、まだ湿っていた。




