線
父の書斎の窓は、半分開いていた。その下の日向で寝ていると、テシエの声がした。
「線が出ました」
紙を広げる音がした。
「いちばん短い線は、南の庭を通ります。石のところで、二歩も外れません」
父は何も言わなかった。
「東へ曲げる線も引きました。果樹園の端を削ります。郡の費用が増えます。トマの一時間が、一時間と少しになります」
「少しとは」
「騾馬の足で、四半刻ほどです。冬は、もう少し」
父は、しばらく黙っていた。
「郡に出す前に、少し時間をくれ」
「承知しました。郡には、十日後に出します」
テシエは、それで帰った。父は、窓のところに来なかった。
*
その夜、厨房に何人か集まった。
言い出したのは、馬屋の若いのだった。
「誰も、道に反対してるわけじゃない」
「してないよ」とベルトが言った。
「でも、技師さんに知っといてもらったほうがいいことは、あるんじゃないか。本当のことを、本当のとおりに」
誰も止めなかった。ピエールが、豆の籠を膝に載せたままうなずいた。ギヨームは、腕を組んだままうなずいた。
わたしは、食器棚の上で聞いていた。
*
次の朝、南の石の上にいると、ピエールが庭に出てきた。テシエは石の手前で鎖を巻いていた。
「技師さん。この庭は、雨のあと、二日はぬかるみます」
テシエは帳面に目を落とした。
「どのあたりですか」
「門から、石のあたりまで」
「では、そこは砂利を厚く敷きます。ぬかるむところほど、道にする甲斐があります」
ピエールは、少し口を開けて、それから閉じた。
「……そうですか」
「教えていただいて、助かりました」
ピエールは、豆の籠を持ち直して帰っていった。
昼前に、ジュベールが来た。三番の杭を見て、それからテシエのほうへ歩いてきた。
「朝のうちは、このあたりに霧がたまりやすうございます」
「東の線のほうでも、同じだけたまります」とテシエは言った。「霧の朝は、どちらの線でも八時から始めます」
ジュベールは、うなずいた。
「さようでございますか」
それだけ言って、戻っていった。
昼すぎには、ギヨームが来た。腕を組んでいた。
「あの石は、四人じゃ動きませんよ」
テシエは、すぐには答えなかった。わたしと、石と、ギヨームを順に見て、それから帳面に目を戻した。
「確かめます」
ギヨームは、少し待った。テシエは、それ以上何も言わなかった。
*
夕方、石が冷えてきたので厨房の棚に戻った。
テシエが、南の庭で何かしているのが窓から見えた。石のまわりに鎖を回していた。しゃがんで、石の根元の土を指で掘っていた。それから、石から東の門までを、歩幅で測りながら歩いていった。
厨房では、それぞれが自分の話をしていた。
「ぬかるむって言ったら、砂利を敷くって」とピエールが言った。
「霧がたまると言ったら、東も同じだと」と、通りかかったジュベールが言った。
「おれのは、まだ答えがない」とギヨームが言った。
馬屋の若いのが、黙って鍋の蓋を拭いていた。
*
次の日の昼、テシエが厨房に来た。ベルトがスープを出した。
テシエは、スープを飲む前にギヨームのほうを見た。
「昨日の石ですが」
ギヨームが、腕をほどいた。
「八人で動きます。根元は浅いです。東の門まで、荷車が入れます」
ギヨームは、しばらく何も言わなかった。
「……八人ですか」
「八人です。四人では動きません。おっしゃるとおりでした」
ギヨームは、それでまた腕を組んだ。
ベルトが、スープの鍋の前に立ったまま、テシエを見た。お玉を持っていた。
「技師さん」
「はい」
「石を残す案も、比べていただけますか」
テシエは、スープを一口飲んだ。
「比べます」
ベルトは、それで鍋のほうを向いた。二杯目をよそって、テシエの前に置いた。
誰も、それ以上何も言わなかった。
*
その日の夕方、わたしは南の石の上にいた。日は西に回っていて、石の西側だけがあたたかかった。わたしは、そちらにいた。
テシエが、鎖を巻き終えて石のところへ来た。帳面を閉じていた。
「端をお借りしてもよろしいですか」
「うん」
テシエは少し考えて、それから、石の東の端に腰を下ろした。日の当たっていない、冷たいほうである。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
テシエは、門のほうを見ていた。
「ここにいると、帰ってくる人が見えますね」
「あたたかい」
テシエは、うなずいた。帳面は、開かなかった。
それからもう少しのあいだ座っていて、立ち上がった。
「明日は、郡へ出す書類をまとめます。こちらには参りません」
「うん」
テシエは、門のほうへ歩いていった。
わたしは、石の東の端に鼻を寄せた。
日の当たらない側なのに、そこだけ、少しあたたかかった。人が座っていたところの、あたたかさだった。




