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二通

その朝は、父の書斎の窓の下で寝ていた。日が当たっていて、窓は半分開いていた。

 門のほうから、騾馬の足音がした。知っている足音だった。乳の匂いもした。

 来たのは、四人だった。トマと、トマより年をとった男と、女と、小さい子ども。年をとった男は、南の村の長だと、あとでジュベールが言っていた。女はミレーユといって、子はその子だった。

 ジュベールが玄関で迎えて、書斎へ通した。

*

 書斎の中で、紙の音がした。

「旦那様に、一通」と村長の声が言った。「それから、お嬢様に、一通」

 少し間があった。

「こちらも、私が預かる」と父が言った。

「では、お嬢様には」

「伝える。工事の返事は、私がする」

 また少し間があった。村長が、咳払いをした。

「……お嬢様の分は、どういたしましょう。宛名を、書いてしまいましたので」

「宛名のとおりに渡す。私が読んで、私が伝える。それでいいか」

「は。それで」

 村長の声は、まだ少し困っていた。困ったまま、それでいいことになったらしい。

 父は、一通目のほうを読み上げた。南の村が冬に困っていること。市に間に合わないこと。医者まで遠いこと。道を通していただきたいこと。

「承知した。測量には、もう協力している。工事も、こちらから止めることはない」

 それで、一通目の話は終わった。

 わたしは、窓の下から南の石へ移った。日が、そちらに回っていたからである。

*

 石の上で丸くなっていると、四人が庭に出てきた。ジュベールと、リゼットもいっしょだった。茶色い猫が、石の下の草のところで寝ていた。

 村長は、石の少し手前で止まって、帽子を取った。

「お嬢様。南の村の長でございます。このたびは、お庭をお騒がせいたします」

 リゼットが、「うん」と言った。

 村長はリゼットを見た。それから、わたしを見た。わたしは目を半分開けて、また閉じた。

 村長はもう一度リゼットのほうを見て、深く頭を下げた。リゼットも頭を下げた。挨拶は、それで済んだらしい。

 ミレーユも、帽子の代わりに前掛けを直して頭を下げた。トマは、帽子を胸に当てていた。

 子どもは、少し離れたところにしゃがんでいた。わたしのほうは見ていなかった。茶色い猫を見ていた。茶色い猫は片目だけ開けて子どもを見て、また閉じた。子どもは、しゃがんだまま動かなかった。

 子どもからは、干し草と、竈の煙と、乳の匂いがした。南の村の匂いだった。

*

 四人がジュベールに連れられて門のほうへ戻りかけたとき、庭の端で鎖を巻いていたテシエが、帳面を閉じた。ジュベールが戻ってくるのを待って、声をかけた。

「あの返事は」

「リゼットが受けた、という意味でございます」とジュベールは言った。「お嬢様の『うん』は、聞いた、という意味で」

 テシエは、少し考えた。

「では、最初の日のも」

「聞いただけでございます」

 テシエは帳面を開いて、最初のほうの頁を少し見た。

「それで足りていました」とテシエは言った。「旦那様のお許しはいただいていましたし、お嬢様には、伝えればよかったので」

 ジュベールは、うなずいた。テシエは帳面を閉じて、鎖のほうへ戻っていった。

*

 帰りぎわのことは、あとでベルトから聞いた。ベルトはそのとき、焼き菓子を一つ持って、厨房の裏口から門のほうへ出ていた。

 門の手前で、村長が一度振り返ったそうである。石の上では、わたしも茶色い猫も寝ていた。

「……ほんとうに、寝ておられるだけなんだな」と村長が言った。

「だから言ったろう」とトマが言った。

 ミレーユは子どもの手を引いていて、子どもはまだ茶色い猫のほうを見ていたという。

 ベルトは子どもに焼き菓子を渡して、その顔をしばらく見て、それから何も訊かずに戻ってきたそうである。

*

 夕方、父が書斎の窓辺の腰掛けのところへ来た。わたしは、そこで寝ていた。

 父は、二通目の封を切った。

「南の村の長からだ。おまえ宛てになっている。読むぞ」

 父は、宛名から読んだ。

「シャルヴィルのお嬢様へ。南の庭をお騒がせいたしますこと、お詫び申し上げます。お庭を踏み荒らさぬよう、測量の方々にもお願いしてございます」

 父は、紙をめくらずに続けた。

「道ができましたら、南の村から市まで、一時間で参れます。冬に子どもが熱を出しても、医者のところへ早く参れます。村の者は、みな喜んでおります」

 そこで、父は少し間を置いた。

「なお、測量の皆様の乳は、明朝もトマがお届けいたします。南の村の長より」

 父は、紙を畳んだ。二つに畳んで、もう一度畳んだ。

「伝えたぞ」

「うん」

 父は、畳んだ紙を、わたしの横の腰掛けに置いた。それから、自分の机に戻った。

 わたしは、紙に鼻を寄せた。

 村長の手の匂いと、インクの匂いがした。その下に、干し草と、竈の煙と、乳の匂いがした。紙は、少しざらざらしていた。

 わたしは、その上に顎を載せた。

 父は机のほうで、何か書いていた。一通目の返事だろう。ペンの音が、しばらく続いた。

 顎の下で、紙は南の村の匂いがしていた。


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