↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/34

曇り

その朝は、曇っていた。

 南の石に行ってみたが、日が当たっていなかった。触ると、冷たかった。石は、日が当たっていないと、ただの石である。

 茶色い猫も来なかった。

 厨房へ行った。食器棚の上には、ギヨームが敷いた布がある。乗った。竈の火で、棚の上だけはあたたかい。

 リゼットが、朝の台を下げに来て、棚の上を見上げた。

「茶色いのは、今日は」

「あいつ、今日は来ない」

 少しして、ジュベールが厨房に来た。外套の裾が、少し濡れていた。

「南の庭へ」とベルトが訊いた。

「曇りの朝は、杭の根元が乾きにくうございますので」

 ジュベールはそれだけ言って、棚の上を一度見上げた。わたしがいるのを確かめて、銀器の部屋へ戻っていった。

 そのあとでマノンが来て、同じように棚の上を見上げて帰った。ピエールは、豆の籠を持ったまま一度、裏口から南のほうを見た。誰も、何のためにそうしたのかは言わなかった。

*

 朝のうちに、測量の助手が二人、厨房の裏口に来た。ベルトがパンとスープを出した。二人は戸口の段に座って食べた。

「朝いちばんに、親方が南の庭を見に行ったんだ」と、背の高いほうが言った。「戻ってきて、石が空いてる、って」

「空が曇ってたからかい」とベルトが訊いた。

「空は見てなかったと思う。石を見に行ったんだ。空いてたから、測る、って」

 背の低いほうが、パンをちぎった。

「おれは、道具を取りに戻れって言われた。三番の替えの杭と、木槌。走って取りに行って、走って戻った」

「それで」

「戻ったら、親方が一人で石の上にもう鎖を通して、待ってた」

 ベルトは鍋をかき回していた。

「じゃあ、あんたは何を取りに戻ったんだい」

「杭だよ。三番の。打ち直したら、親方がすぐ測った」

「次は、おまえが取りに行けよ」

「次も、親方は先に鎖を張ってるよ」

 二人は、スープをもう一杯ずつもらった。

 わたしは棚の上で、それを聞いていた。

*

 昼すぎに、雲が切れた。

 厨房の窓に、日が差した。わたしは棚から降りて、南の庭へ行った。

 石は、まだ半分冷たかった。日が当たっている側に座った。

 三番の杭が、まっすぐ立っていた。新しい杭だった。また、新しい木の匂いと、助手の手の匂いがした。朝、走って取りに戻ったほうの手である。

 することは決まっている。

 わたしは杭のところへ行って、頬をこすりつけた。右から一度。左から一度。

 杭が、傾いた。

 鎖を巻いていた背の低い助手が、木槌を持ったまま固まった。それから、テシエのほうを見た。

 テシエは、帳面を見たまま杭のほうへ歩いてきた。杭を見た。わたしを見た。それから、帳面に目を戻した。

「もう測りました。そのままで結構です」

 助手は、木槌を下ろした。

 わたしは、杭の匂いを確かめた。もう半分くらい、わたしのにおいがした。それで石に戻った。

 石は、さっきよりあたたかくなっていた。

 屋敷のほうで、窓の開く音がした。父の書斎の窓だった。

「南は、済んだか」

「今朝、済ませました」とテシエが言った。帳面を見たままだった。「石が空いておりましたので」

「そうか」

 父は、少しのあいだ窓のところにいた。それから引っ込んだ。窓は、半分開いたままだった。

 帰りぎわ、テシエは石の横で足を止めた。顔は上げなかった。

「明日は、西の測点です。七時から。こちらには参りません」

「うん」

 来ない日の予定まで言う人は、初めてだった。悪くない。

*

 夕方、日が落ちて石が冷えたので、厨房の棚に戻った。

 少しして、テシエが厨房に来た。ベルトがスープを出した。昼までに、ベルトは南の庭へ二度スープを運んでいる。これで三杯目である。テシエは、それを黙って飲んだ。

 背の低い助手が、戸口から訊いた。

「親方、三番は直さなくていいんですか」

「あの杭は、また頬をこすられます」とテシエは言った。「もう測ってありますから、傾いていて困ることはありません」

「ほかの杭は」

「ほかの杭は、わかりません。まだこすられていませんので」

 助手は、それで黙った。

 ベルトが、鍋をかき回しながら訊いた。

「技師さん。南の村から町の医者まで、いまはどのくらいかかるんだい」

 テシエは、帳面を開かなかった。

「去年の冬、ミレーユの子が熱を出したときは、三時間でした」

 ベルトの手が、少し止まった。

「新しい道なら、二時間を切ります」とテシエは続けた。「雪の日でも」

 ベルトは、また鍋をかき回しはじめた。しばらく、誰も何も言わなかった。竈の火の音だけがした。

 わたしは、棚の上で目を閉じていた。

 それから、ベルトが言った。

「ミレーユの子は、いまは元気なのかい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。