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贈り物

夜中に、腹が減った。


 腹が減ったら食べる。天蓋から降りて、廊下に出た。厨房に行けば、ベルトが籠に何か残している。残していない夜はない。


 階段の途中で、匂いがした。


 この館には、もう知らない人がいない。先週、全員が名乗りに来たからである。護衛も馬屋も洗い場も、匂いは全部覚えた。だから、知らない人の匂いはよく目立つ。暗い部屋に白い布が一枚落ちているようなものである。


 油と、煤と、よその家の石鹸。先週の人とは違う石鹸だった。


 知らない人は、階段の下の廊下を、低くなって進んでいた。膝と手をついて、壁沿いに、少しずつ。


 低いところで、少しずつ動くもの。


 これは、考えてどうこうするものではない。体のほうが先に決める。わたしは階段の手すりに乗り、手すりの上を三歩歩いて、四歩目で降りた。


 降りた先が、知らない人の背中だった。


 知らない人は前につんのめり、廊下の角の台に額をぶつけた。


 この館には、登りやすいように台がいくつも置かれている。この一年で、ジェルマンが置いた。いくつあるのかは知らない。どれも、ずいぶん丈夫にできている。


 知らない人は動かなくなった。


 手で、二度つついた。動かない。息はしている。こうなると、もう面白くない。


 それでも、獲ったものは獲ったものである。


*


 獲ったものは、見せに行く。そういうものである。


 誰に見せるかは、少し考えた。この家でいちばん狩りが下手そうなのは、父だった。匂いが薄いし、いつも天井を見ている。ああいう人は、自分では何も獲ってこない。


 運び方は知っている。首の後ろをつかむ。獲物も、仔も、そこを持つ。


 ただ、人間は重い。首の後ろだけだと襟が破れる。昔いた宿の親父は、酔って寝た男を外に出すとき、襟と帯を両方持ち、踵を床に滑らせていた。そのほうが音がしない。体のほうが、それを覚えていた。


 父の部屋の前まで、廊下を二つと角を三つ。知らない人の踵は、絨毯の上で一度も音を立てなかった。


 扉の前に、横向きに置いた。頭を扉のほうに向けて、手足をそろえた。こういうものは、きちんと並べて置く。


 それから少し離れて座り、身繕いをした。渡したあとは、相手が出てくるのを待つ。待っているうちに、絨毯の上で寝た。


*


 朝、扉が開いた。


 父は、一歩目を出しかけたところで止まった。足の下に、知らない人がいた。


 父は長いあいだそれを見下ろしていた。それから顔を上げて、廊下の先で座っているわたしを見た。


 父の手が、少し揺れていた。寒いのかもしれない。


「オデット」


「うん」


「……これは」


「獲った」


「なぜ、私の部屋の前に」


 訊かれたので、答えた。


「いちばん下手そうだったから」


 父は天井を見た。今度は本当に天井を見た。


 そのあいだに、ジェルマンが来て、護衛が来て、母が来た。ジェルマンは知らない人の額の瘤を見て、それから廊下の角の台を見て、何も言わずに台の角を布で拭いた。護衛のひとりは、知らない人の帯から、布を巻いた刃物を抜き出した。


 父は、その布を見た。


「……同じ巻き方だ」


 誰も何も言わなかった。


「一度目が逃げて、二度目を寄越した。同じ家が、同じ巻き方で」父はゆっくり言った。「そしておまえは、それを私に渡した」


「うん」


「私に始末をつけろ、ということだな」


「うん」


 いや、獲ったから見せただけなんだけど。


「メルシエ殿を呼べ」と父はジェルマンに言った。「布を見せる」


 母は、父の揺れている手と、床の知らない人と、わたしとを順に見た。


「あなた、それは──」


 そこまで言って、やめた。


 父は知らない人を護衛に任せて、それから、わたしの前まで来た。何か言うのだろうと思って待った。渡したものは、受け取ってもらわないといけない。


「……よく獲った」


 うん、と言った。それで足りた。


 わたしは天蓋に戻って、昼まで寝た。


*


 その夜、厨房の裏口に四人が集まった。何度目かは、もう誰も数えていない。


 言い出したのは、今回は馬屋の若いのだった。先週、洗い場の女の名前を初めて知った男である。


「あれは、猫が鼠を持ってくるのと同じじゃないかね」


 誰も笑わなかった。ベルトは鍋を拭く手を止めなかったし、ピエールは豆の筋を取りつづけた。


「うちの婆さんの猫は、雀を枕元に置いた」とギヨームが言った。


「うちのは、蛇」とピエールが言った。


「旦那様は、褒めておられたそうだよ」とベルトが言った。「猫を飼ってる家は、そうするもんだ」


 しばらく誰も喋らなかった。


 それが疲れとかそういうものを、ずっと通り越していることは、四人とも分かっていた。分かったうえで、豆の筋は取られつづけた。


「次に何か持ってこられたら」と馬屋の若いのが言った。「誰が受け取るか、決めといたほうがいいんじゃないかね」


 四人は互いの顔を見た。誰も、自分がいちばん狩りが下手そうだとは言われたくなかった。


 洗い場から、アネットが顔を出した。


「選ぶのはお嬢様だよ」と彼女は言った。「選ばれたら、褒めりゃいいのさ。旦那様みたいにね」


 それで話は終わった。いつも通り、何も決まらなかった。


*


 次の日から、父の部屋の前に、銀の盆が一枚置かれるようになった。ジェルマンが置いた。何のための盆かは、誰も説明しなかった。


 わたしはその盆を見て、少し考えた。


 その日、リゼットが運んできた台には、菓子がひとつ多かった。いつも一つ多い。


 ひとつ多いほうを、盆に置いた。


 翌朝、父はそれを朝食の前に食べたと、ジェルマンが言っていた。盆の前に立ったまま、天井を見ながら食べたそうである。


 盆は、今も置いてある。

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