数えない
冬至の儀から、十日が経った。
二つ目の噂が、残った。
一つ目の噂、つまり政治の合図だったという話は、三日で消えた。消えたのは、ロシュフォール侯が自分で否定したからである。
「合図などではない」と侯は言ったという。「あのご令嬢は、わたしの背中の房を、二度引かれた」
この証言は、たいへん正確だった。
正確すぎたので、誰も信じなかった。
*
二つ目の噂は、残った。
あの方は、どこかお悪いのではないか。
これは、強い噂だった。強いというのは、言っている人間が善意だという意味である。
悪意の噂は、三日で消える。言っている本人が飽きるからである。
善意の噂は、消えない。心配は、何度でも繰り返せる。
十日のあいだに、館に見舞いの品が十四件届いた。
わたしは、そのうちの菓子だけ食べた。
*
父は、何も言わなかった。
父が何も言わないときは、何かをしている。
していたのは、人を動かすことだった。
十日のうちに、父は七人と会い、二つの書状を出し、一つの会合を断った。断ったのは、王弟派の集まりである。
これを、わたしは知らなかった。
知らなかったが、館の中の空気が変わったのは分かった。人の歩く速さが変わる。扉の閉まる音が変わる。ジェルマンが眠らなくなる。
猫は、こういうことに気がつく。
気がつくが、理由は分からない。
*
十一日目の夜、わたしは庇の上にいた。
灰色のものが来た。
庇の端に、前肢を揃えて座った。
「下が、よどんでいる」
「うん」
「君の家ではない。もっと遠くだ」
「ふうん」
「王宮のほうだ」
わたしは、王宮のほうを見た。
灯が、いつもより多かった。
「食べるの」
「食べる」とそれは言った。「あれは、よく食べられる」
そして、こう続けた。
「食べても、減らない」
わたしは、庇の上で伏せた。
「それ、こまるの」
灰色のものは、しばらく黙っていた。
「こまらない」
「ふうん」
「腹は、ふくれる」
二匹は、それ以上、何も言わなかった。
わたしは、よどみというものを見たことがない。見たことがないので、心配のしようがない。
猫は、見えないものを心配しない。
*
十三日目の昼に、使いが来た。
王宮からである。
紙は、厚くなかった。香も焚いていなかった。封は、蝋ではなく、紐だった。
わたしは、それを嗅いだ。
紙とインクの匂いしかしなかった。
中身は、こうだった。
近いうちにお訪ねしたい。求婚ではない。庭を歩きたい。
署名は、リュシアン。
家名がなかった。
*
王子は、三日後に来た。
従者は、二人だけだった。
応接室には入らなかった。庭に出た。
庭は寒かった。木は葉を落としていて、石の道が湿っていた。
わたしは、歩いた。
王子も、歩いた。
少しのあいだ、二人とも何も言わなかった。
「オデット嬢」
「うん」
「噂を聞きました」
「うん」
「房のことです」
「うん」
わたしは、歩いていた。
庭の南側に、日が当たっているところがある。石が、少しあたたまっている。わたしは、そこへ向かって歩いていた。
「わたしは」と王子は言った。「あれを聞いて、三日ほど笑っていました」
「ふうん」
「そして、四日目に、少し考えました」
わたしは、日の当たる石の上に着いた。
そこで、止まった。
「あなたは」と王子は言った。「何も企んでいない」
「うん」
「本当に、何も」
「うん」
王子は、わたしの横に立った。
立って、同じ日の中に入った。
「それは」と彼は言った。「いま、この国で、たいへん珍しいことです」
*
わたしは、石の上に座った。
王子は、少し迷って、それから、同じ石に座った。
応接室のときと同じである。
この人は、一度座ってしまうと、あとは早い。
「オデット嬢」
「うん」
「わたしの叔父が、動いています」
わたしは、聞いていた。
「叔父は、わたしを継がせたくない。理由は、わたしが王宮を嫌っているからです。嫌っている者は、長く座れない」
「ふうん」
「叔父の言うことは、正しいのです」
王子は、膝に肘を乗せた。
「わたしは、あの建物が嫌いです。香が強い。人が多い。昼寝をする場所がない」
わたしは、彼を見た。
この人は、いま、わたしが十一話で言ったことを、そのまま言った。
「それ、わたしが言ったやつ」
「ええ」と王子は言った。「あなたに言われてから、ずっと考えていました」
彼は、少し笑った。
息でする笑い方だった。
「二十九年住んでいて、わたしは、あの建物が嫌いだと一度も思わなかった。嫌いだと思ってよいことを、知らなかったのです」
*
王子は、一刻ほどいた。
帰るとき、彼は父と少し話した。
わたしは、庭の石の上にいたので、何を話したかは知らない。
あとで父が教えてくれた。
「殿下は、こう仰った」
父は、めずらしく、茶を飲んでいた。
「『シャルヴィル家は、冬至の儀で、何の合図もしなかった。それをわたしは信じる。だから、いまのところ、わたしはこの家を数に入れない』」
「ふうん」
「そして、こう続けられた」
父は、茶を置いた。
「『数に入れないので、叔父が動いても、この家は巻き込まれません』」
わたしは、父を見た。
「それ、いいことなの」
父は、しばらく黙っていた。
「……たいへん、良いことだ」
そして、こう言った。
「この一月、わたしは、この家をどこにも入れないために七人と会った。殿下の一言で、それが全部済んだ」
父は、茶に手を伸ばしかけて、やめた。
「お前は、何もしていない」
「うん」
「房を引いただけだ」
「うん」
父は、天井を見た。
この人は、最近、よく天井を見る。
*
この件について、噂は三つ目ができた。
曰く、シャルヴィル家のご令嬢は、冬至の儀で、わざと失敗なさったそうだ。
曰く、あのような失敗をすれば、どの派にも数えられなくなる。
曰く、つまり、あれは、この家を争いの外に置くための——
曰く、二度引かれたのは、一度では足りないと判断されたからだ。
曰く、なんという——
わたしは、着替えのあいだ、マノンの話を聞いていた。
聞きながら、思った。
一回目、よく戻ったからなんだけど。
*
その夜、厨房では、また三人が集まっていた。
厨房に三人が集まるのは、十六回目である。
「ねえ」とベルトが言った。
「なんだ」
「お嬢様がお嬢様になられてから、一年経ったわね」
「経ったな」
「この一年で、何か悪いことあった?」
三人は、しばらく考えた。
ギヨームが、指を折りはじめた。
「お叱りを受けたのが、一回」
「それは、お嬢様が悪いわ」
「いや、あれは分かるだろ」とピエールが言った。
「分からないわよ」
「分かるだろ」
「あとは?」
三人は、また考えた。
長く考えた。
「……ないな」
「ないわね」
「クレールさんがいなくなったけど、あれは良いことだし」
「良いことよ」
「お嬢様が怒鳴らなくなったし」
「夜の灯も要らなくなったし」
「王子様が、床に座られるようになったし」
三人は、黙った。
「それ、良いことなのか?」
「分からないけど、楽しいわよ」
洗い場のアネットが、鍋を洗いながら言った。
「あたしはね」
「うん」
「もう、数えるのをやめたよ」
「数えるの?」
「お嬢様が何をなさったか、何をなさらなかったか」
彼女は、水を切った。
「数えても、合わないからね」
誰も、何も言わなかった。
*
わたしは、庇の上にいた。
冬の空は、よく晴れていた。星がある。
王都の屋根が、暗い中に続いている。
向かいの屋根に、茶色いやつがいた。
前より近いところに座っていた。
わたしは、庇の上に伏せた。
足は、もう痛くない。
一年である。
この体で、一年いた。
長いのか短いのかは、分からない。猫は、日を数えない。腹が減ったら食べて、眠かったら寝る。あたたかいところを見つけたら、そこにいる。
それだけを、三百六十五回やった。
その結果、どういうわけか、下の家は静かになり、父は天井を見るようになり、王子は床に座り、婚約者は声を出して笑い、灰色のものは食べるものがなくなった。
わたしは、何もしていない。
何もしていないのに、全部変わった。
——これは、どういうことなのだろう。
わたしは、少し考えた。
考えて、やめた。
考えるのは、面倒である。
わたしは、星を見た。
星は、何も言わなかった。
下の厨房で、灯がついていた。
じきに、朝である。
朝になれば、台が来る。
台には、いつも、何かが一つ多い。




