第九話 鉄壁のアルベルト
今日は屋外で武術の授業だ。
武術は格闘術、剣術、槍術、弓術、馬術の五種目があり、教師はそれぞれの種目ごとに違う。
今日の授業は剣術。
今年の教師はすごい。
剣術の先生は、英雄譚にも名を残す放浪の自由騎士、二つ名「鉄壁のアルベルト」の異名を持つ、アルベルト先生だ。
広場には、防具を付けた生徒が集まっている。
立派な口髭を携えた七三分けの紳士、アルベルト先生が生徒たちの前に出る。
「今年から剣術の授業を受け持つことになった、アルベルト・エスクウォルです。よろしくお願いいたします」
生徒一同、姿勢を正す。
「よろしくお願いいたします!」
アルベルト先生が頷く。
「うむ、元気でよろしい」
アルベルト先生が広場の隅にある倉庫を指差す。
「あちらの倉庫に木製の武器が入っています。片手剣、両手剣の中から好きなものを選びなさい。盾も使用して構いません、準備が出来たら、またここに集合しなさい。入口の鍵は開けてあります」
その時、カイルが手を挙げた。
「先生。僕、自分の木剣があるんですけど、そちらを使っても良いですか?」
「ふむ、普段から使い慣れた得物の方が良いでしょう。構いませんよ」
カイルが深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
生徒たちは、それぞれ木剣と木盾を手に再度アルベルト先生の前に集まる。
レオンが選択したのは両手剣だ。
カイルの木剣を見ると、ガードが無く、刀身部分は少し曲がっている。
(なんだ? あの木剣)
初めて見る形状だ。
アルベルト先生がカイルの木剣を見て、少し驚いた顔をする。
「ほう、それは刀を模した木剣ですな」
「ご存知なんですか?」
「うむ、知り合いの剣士に刀を使う方がいましてな」
「この木剣は、僕の村を救ってくれた剣士さんに頂いたものなんです」
アルベルト先生はニコリと笑い頷く。
「それは大事にしないといけませんね」
「はいっ!」
アルベルト先生が生徒たちに向き直る。
「まずは素振りから始めます、各人ぶつからないよう距離をとって下さい。私は見て回って個別指導いたします」
生徒たちが木剣を振り、風を切る音が鳴る。
「ただ振るのではなく、正面に敵がいることを意識して振りなさい」
「はいっ!」
生徒一同、木剣を振りながら返事をする。
アルベルト先生は頷くと、生徒一人一人の近くに立ち、指導して回った。
「君は動きが硬いですな。もっと膝に柔軟性をもたせて、すぐ次の動作に移れるようにしなさい」
「君は前のめりになりすぎです。それではすぐ体勢を崩されてしまいます、もっと重心を意識しなさい」
その指導は的確だ。
アルベルト先生がレオンの前に立つ。
「ふむ、君の剣筋はなかなかですな」
「ありがとうございます!」
幼い頃から英才教育を受けてきたレオンは、剣術にも自信がある。
「ただ、少し攻めを意識しすぎですな、相手の反撃も考えて守りも意識しなさい」
「はいっ!」
(嘘だろ、素振りだけでそこまでわかるものなのか?)
アルベルト先生がカイルの前に立つ。
「ほう、君の動きは私の知り合いの剣士によく似ている。村を救ってくれた剣士にその木剣を頂いたと言っていたが、その剣士に教わったのかね?」
「いえ、剣士さんの戦いを間近で見ていたので、これまでその戦い方をイメージして素振りしてきました」
「なるほど、それは良い師に出会えましたね」
「はいっ!」
アルベルト先生がコロロンの前に立つ。
コロロンは素振りをやめて座り込んでいた。
「君、なにしているのだね? 素振りをしなさい」
「先生。儂、木剣を振りすぎて腕が痛いです」
アルベルト先生が目を見開く。
「いま始めたばかりですぞ?」
コロロンはやれやれといった感じで立ち上がる。
「妖精族の筋力は、他種族の方々よりも弱いんです。種族差も考えていただかないと困ります」
アルベルト先生が一瞬呆気にとられた表情をするが、すぐに顔を引き締める。
「それは思い至りませんでした。それなら、広場を走り込みなさい」
「えっ?」
「腕が痛いだけなら、走ることはできますな?」
「い、いえ……素振りします」
コロロンは慌てて木剣を手に取り、素振りを始めた。
素振りを終え、休憩を挟む。
生徒たちは、汗を拭き、水分を摂り、仲の良い友達と談笑する。
チャゴとトッポがレオンを賞賛する。
「レオン様、アルベルト先生に褒められるなんて流石です」
「レオン様の聡明さは聞き及んでおりましたが、まさか剣術にも長けているとは」
レオンは首を横に振る。
「いや、守りをもっと意識しろと言われた。まだまだだな」
「レオン様は奥ゆかしいですな」
「それに比べて……」
チャゴとトッポが横目でカイルを見る。
カイルはフワフワの白い被毛の獣人族の男生徒と話をしている。
「あのカイルってやつ、一人だけ変な木剣使ってアルベルト先生の気を引いてずるいですよね」
「平民のくせに出しゃばりすぎなんですよ、聞いた話では孤児だとか。生まれの卑しい者はこれだから」
レオンは二人の陰口をドン引きして聞いていた。
「チャゴもトッポも、そんなことは言うものじゃない、私は家柄で人を見るようなことは好きじゃないって前にも言ったろ」
レオンがそう言うと、二人は不満そうな顔で俯いた。
アルベルト先生が声を張り上げる。
「休憩は終わりです。集合して下さい!」
生徒たちがアルベルト先生の前に集まる。
「これからは、二人一組になって打ち合って下さい。ただし、木剣とはいえ、本気で打ち据えたら怪我をします」
それはそうだ、特に防具の隙間に当たりでもしたら、骨折してしまうだろう。
「体に当てずに寸止めして下さい。まずは軽い打ち合いから始めて、慣れてきたら少しずつ強度を上げていくと良いでしょう。あまりムキにならないように」
生徒一同頷く。
「はい!」
「それでは、始めて下さい」
レオンが手を挙げる。
「先生、質問よろしいでしょうか?」
「なんですかな?」
「先生と手合わせすることはできますか?」
生徒たちがざわつく。
「ふむ、よろしいですがそれだと一人余ってしまいますね……君」
アルベルト先生がカイルを指差す。
「なんでしょう?」
「君もこちらに入りなさい」
「えっ? あっはい、わかりました」
レオンとカイルがアルベルト先生の元へ行く。
「みなさんも始めて下さい」
生徒たちは、それぞれ相手を見つけて、打ち合いを始めた。
「さて、まずは君から行きますか、名前は?」
「レオンです」
アルベルト先生が木製の片手剣と盾を構える。
「それではレオン君、来なさい」
「最初から全力でも?」
アルベルト先生が微笑む。
「ええ、よろしいですよ」
「では……」
レオンは地面を蹴り、一気に距離を詰める。
木剣を上から、横から、下から、斜めから、縦横無尽に振り斬撃を放つが、そのことごとくをアルベルト先生は木盾で受け止めた。
木を激しく打ち付ける乾いた衝撃音が広場に炸裂する。
生徒たちは、自分らの手を止め、二人の戦いに目を奪われた。
(堅い……全然攻撃が通る気がしない!)
まるで、巨大な壁を相手に木剣を打ち付けているようだとレオンは感じた。
(鉄壁の名は伊達じゃないってことか。しかし俺は両手剣で先生は片手剣、リーチはこちらの方がある。このまま片手剣の範囲外から攻撃を続けていれば、いつかは……)
そう思った瞬間、レオンの袈裟斬りをアルベルト先生は受け止めず、受け流した。
レオンの体勢が崩れる。
(しまっ……)
気付けば、アルベルト先生の突きがレオンの胸元で止まっていた。




