第十話 地獄の様相
レオンはアルベルト先生に頭を下げる。
「ありがとうございました!」
生徒たちは、二人の戦いに拍手を送る。
「すげえ、やるなあ」
「あの鉄壁の異名をもつアルベルト先生と、あそこまで善戦できるなんて」
周囲から賞賛の声が上がるが、レオンは納得できていなかった。
(善戦? あれが? 全然駄目だったろ。こちらの攻撃は全く通じない、対してアルベルト先生の攻撃はたったの一回。その攻撃も、いつ入れられたのかすらわからなかった)
レオンはアルベルト先生とのあまりの実力差に愕然とする。
(でも、まだ三年近くある。それまでに強くなればいいだけだ)
アルベルト先生がレオンにアドバイスする。
「レオン君は攻撃に意識が集中するあまり、崩されたときが脆い、相手の動きをもっとよく見ると良いでしょう」
「はいっ! ご指導ありがとうございます!」
(くっ、素振りのときにも攻撃に意識が集中しすぎだと言われていたじゃないか)
アルベルト先生がカイルを見る。
「次は君だな」
「はい! カイルです!」
アルベルト先生が構える。
「それではカイル君、来なさい」
「お願いします!」
カイルが駆け出し、アルベルト先生に斬撃を連続で放つ。
アルベルト先生はそれらを盾で受け止める。
レオンは二人の戦いを注視していた。
(カイル君は、あの鉄壁をどう崩すつもりだ?)
カイルもレオンのように果敢に攻めるが、ことごとく盾で防がれてしまう。
そこでカイルは正面からだけでなく、アルベルト先生の盾を持つ手の反対側、右側面に回り込んで、盾の防御を封じようとする。
しかし、アルベルト先生は体の向きを変え、常にカイルを正面に捉える。
そして、カイルの横薙ぎを盾で受け流し、斬撃を放つ。
(やはり駄目か?)
レオンがここまでかと思ったアルベルト先生の斬撃を、カイルは体捌きで躱した。
(なにっ!?)
「むっ」
アルベルト先生が低く唸る。
カイルは斬撃を躱すと同時に木剣を上段から振り下ろす。
アルベルト先生はそれを盾で受け、シールドバッシュでカイルの木剣を跳ね上げた。
そして、体勢を崩したカイルの首筋にアルベルト先生の木剣が止められる。
一瞬の静寂。
カイルにもレオンと同じだけの拍手と賞賛の声が上がる。
しかし、レオンだけはカイルの方が自分よりも実力が上だと実感していた。
自分がわけのわからないまま入れられた一撃を、カイルは躱して反撃までしてみせた。
レオンは木剣を持つ手を強く握りしめる。
(俺も、まだまだだな……)
次の日、教室は朝から騒然としていた。
教壇の上には、真っ二つに折られたカイルの木剣。
カイルは自分の席に座って俯き、意気消沈している。
ユバ先生が口を聞く。
「昨日、カイル君がお風呂から上がって部屋に戻ったら、カイル君の木剣がこのような状態になっていたそうです。誰か心当たりのある方はいませんか?」
レオンは昨日のカイルの言葉を思い返す。
『この木剣は、僕の村を救ってくれた剣士さんに頂いたものなんです』
カイルは嬉しそうにそう語っていた。
きっと、カイルの宝物だったのだろう。
その木剣が、今は見るも無惨な姿に変わっている。
レオンは自分のことのように胸が痛んだ。
まさかこの学園でこんなことが起きるなんて。
いったい誰がやったんだ?
疑いたくはないけど、外部の犯行であれば誰かが見かけているだろうし、生徒の誰かがやったと見るのが妥当だが……。
教室内がざわつく。
「お前、なにか知ってる?」
「いや、ずっとお前と一緒にいたんだから、わかる訳ないだろ」
「いったい誰がやったんだ?」
「やったやつ、名乗り出ろよ」
ユバ先生が深く息を吐く。
「何か知っていたとしても、この場で声を上げるのは難しいでしょう。どんな些細なことでも構いません、心当たりのある方は、私のところまで来て下さい」
その話は他の組、学年にまで波及し、午前中の授業の合間の休憩時間は、その話題で持ちきりだった。
レオンはチャゴとトッポの三人で昼食をとった後、廊下を歩いていた。
チャゴとトッポがニヤニヤと笑いながら口を開く。
「いやあ、それにしても、あいつの顔傑作でしたね」
「そうだな、調子に乗ってるからあんなことになるんだ」
レオンは二人に聞き返す。
「あいつって誰のこと?」
「やだなあレオン様、あの平民、カイルのことですよ」
「あんな汚い棒が折れたぐらいで、あそこまで落ち込むなんて滑稽ですよ」
レオンは眉をひそめる。
「お前たち、人の大事にしている物を、そんな風に言うものじゃないぞ」
「いいんですよ、レオン様。あいつ平民のくせに出しゃばってレオン様より目立とうとするからです。天罰ですよ天罰」
「あの汚い棒を折ってやった時はスカッとしました」
(ん? 待て、いま何か変な言葉を聞いたぞ……折ってやった?)
レオンの中で嫌な予感が膨らんでいく。
「あの、ちょっと気になったんだけど。カイル君の木剣が折られた件、なにか知ってる?」
チャゴとトッポは顔を見合わせ、笑いながらレオンに応える。
「知ってるも何も、あの汚い棒を折ったのは我らです」
「なかなか硬い木だったので、薪割り用の斧で叩き割ってやったんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの頭の中が真っ白になる。
(……は? ……斧で、叩き割った? ……カイル君の木剣を? ……チャゴとトッポが?)
そう理解し、レオンは我に返る。
「チャゴ! トッポ! すぐに……」
すぐにユバ先生に事情を説明して、カイル君に謝りに行け、そう言おうとしたところで、三人の背後から声がした。
「そうか、お前らがやったのか……」
振り返ると、怒りの形相のカイルがそこにいた。
強烈な殺気を纏っている。
そんなカイルを、チャゴとトッポが煽る。
「なんだ、聞かれてしまったか」
「これに懲りたら立場をわきまえるんだな」
(もういい! お前たちは喋るな!)
「お前ら黙れ! カイル君、これは……」
レオンがカイルに弁明しようと前に出た瞬間、カイルの拳が飛んできた。
カイルの右拳がレオンの左頬に直撃し、吹き飛ばされて仰向けに倒れる。
レオンは何が起きたのかわからず混乱している。
体を起こすと、口の中が切れていて鉄の味がした。
(痛てて……殴られたのか?)
レオンがカイルを見上げると、固く握った両拳をワナワナと震わせ、頬には涙が伝っていた。
(泣きたいのは、こっちも一緒だよ……)
チャゴとトッポが激昂する。
「キサマ、レオン様に何をする!」
「自分が何をしたかわかっているのか!」
三人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
制服の襟や袖を掴み合い、拳が激しく行き交う。
それを見ていた生徒が止めに入るが、カイルだけでなく、王国の正規騎士だったチャゴとトッポもそれなりに強い。
止めようとした生徒が巻き込まれて負傷する。
廊下は生徒が倒れ、女生徒の悲鳴が上がり、廊下の壁や床に血痕が飛び散る、地獄の様相を呈していた。
そして、生徒が先生方を呼びに行き、三人は取り押さえられた。
レオンの頭の中に、素行が悪ければ退学もありえるという言葉が反芻される。
(どうか、夢であってくれ)
そう願うが、頬の痛みと口の中に広がる鉄の味が、これは現実だと告げていた。




