第六話 やるべきこと
レオンは屋敷の庭で杖を持ち、魔法の詠唱をしていた。
いままで何度も魔法の詠唱をしてきたが、魔法が発動したことはない。
しかし、その日はいつもと違った。
体内に力が巡っているのが感じられる。
(これは……いける!)
「……流るる川の如く、その身を委ね、黄昏に染めよ」
詠唱を終え、杖を天に掲げる。
「アクアランス!」
呪文を唱えると、力が杖へと流れ込む。
すると、水の槍が空に向かって勢いよく打ち上がった。
空中に水滴が舞い、陽光を反射してキラキラと輝いている。
「魔法が、使えた……」
魔法教師が拍手を送る。
「素晴らしい、これでレオン様も魔法使いです!」
人族で魔法を使える者は少ない。
魔法を扱う素養だけでなく、魔法を学ぶ必要があるからだ。
素養だけでも、学ぶだけでも魔法は使えない。
そして、魔法を学ぶことができるほどの高度な教育を受けれる者は少ない。
ゆえに、人族の魔法使いは希少なのだ。
(しかし俺は神童、この結果にも納得がいくというものだ)
「いえ、先生の教え方が上手いのですよ」
魔法教師の顔が綻ぶ。
「ご謙遜を。三百年の歴史を誇るサンライト伯爵家において魔法を使うことができたのは十名ほどだとお聞きしています。今代ではレオン様一人、誇って良いのですよ」
(やはり俺は特別のようだ)
別の日、屋敷の庭。
レオンは剣術指南役の稽古を受けていた。
手には木剣を持ち、指南役と打ち合う。
庭に木剣を打ち付け合う乾いた音が響き渡る。
「やあっ!」
レオンが果敢に攻めるが、そのことごとくを指南役が受け止める。
指南役が上段から振り下ろす。
レオンはそれを受け止め、弾き返した。
指南役の体勢が少し崩れたところに、横薙ぎで胴を狙う。
レオンは指南役の胴の手前で木剣を止める。
指南役の木剣はレオンの首筋で止められていた。
相打ち。
「そこまで!」
指南役が声を上げる。
レオンは一歩下がり、息を吐く。
指南役が笑う。
「ははは! ついにレオン様に一本とられてしまいました」
「いえ、相打ちです。完全な一撃を入れた訳じゃない。ハミル兄様は、あなたに一撃を入れたとお聞きしました」
「それは、つい昨年のことです。成人されているハミル様とレオン様を比べられるものではありません」
「そうでしょうか?」
指南役が頷く。
「もう一対一であれば、大人でもレオン様に敵う者は少ないでしょう」
「先生のご指導のおかげです」
「レオン様のたゆまぬ努力の成果ですよ。これからも鍛錬を怠ることなく続ければ、さらなる成長が望めるでしょう」
「精進いたします」
(俺はただの天才じゃない。天才である上に努力できる天才、神童だからな)
セレネアの部屋。
レオンはセレネアのハープの演奏を聞いていた。
小さい手で一生懸命音色を奏でている。
たどたどしい手つきで、ところどころ止まる時があるが、それでも間違えずに最後まで演奏できた。
レオンはセレネアの頑張りに感動し、拍手を送る。
「セレネア、すごいじゃないか。間違えずに弾けたし、前よりだいぶ上達したぞ」
セレネアが満面の笑みになる。
「ありがとうレオン兄様!」
「お前は音楽の才能があるのかもしれないな」
「お兄様の演奏も聞きたいです」
セレネアがレオンにハープを渡す。
「わかった、曲は何がいい?」
「幻の大陸でお願いします」
レオンはハープを弾き鳴らす。
指は滑らかに動き、時に軽やかに、時に激しく感情を乗せて弦を弾く。
幻の大陸とは、妖精族の住む西大陸のことである。
西大陸は遥か昔より、妖精王が結界を張り外部からの侵入を防いでいるので、こちらから渡ることは難しい。
たまに蜃気楼のように大陸が見えることから、幻の大陸とも呼ばれている。
レオンは、まだ見ぬ大陸に思いを馳せた。
演奏が終わると、セレネアは目を輝かせレオンに拍手を送る。
「兄様の演奏、すごいです! 私、先生の演奏よりも、お兄様の演奏の方が好きです」
レオンは笑顔で応える。
「ありがとう、セレネア」
(俺は芸術の才能も一級品だ)
セレネアの部屋を出ると、廊下でマルシスが待ち構えていた。
「よう、レオン」
レオンはまた嫌味を言われるのかと、少し身構える。
「なんでしょう? マルシス兄様」
マルシスは頭を掻く。
「その、お前には今まで色々と済まなかったな」
レオンは予想もしなかった言葉に目を見開く。
「どうしたのですか? 突然」
「その、レオンお前はすげえよ、洪水を防ぐなんて父上もできなかったことを成し遂げて。それに比べて俺はなにしてるんだって思ってな」
「マルシス兄様……」
「俺も、お前のように、自分のやるべきことっていうのを見つけてみようと思う。まだ何をすればいいのか分からないけど」
レオンは笑顔で頷く。
「はい、マルシス兄様なら必ず見つけられると思います」
マルシスは顔を真っ赤にし、レオンに背を向ける。
「それだけだ! じゃあな」
マルシスは自分の部屋へと帰って行った。
(俺の他者へ与える影響力、自分で自分が恐ろしくなってくる)
街を歩いていると、レオンに気付いた領民たちは、大人も子供もすぐに挨拶に来る。
その目は、男性であれば尊敬、女性であれば熱を帯びた瞳でレオンを見つめていた。
花束を持った女性がレオンの前に出る。
花屋の娘で、川作りにも参加していた。
たしか成人したばかりのはずだ。
「あの……レオン様。この花、受け取って下さい!」
レオンは花屋の娘から花束を受け取る。
色とりどり、大小さまざまな花がセンス良く配置されており、良い匂いが鼻をくすぐる。
(これはいいな、後で俺の部屋に飾ろう)
「私にいただけるのですか?」
「はいっ!」
花屋の娘の顔は耳の先まで真っ赤で、目は潤んでいる。
「ありがとうございます」
レオンが笑顔でそう言うと、花屋の娘は鼻血を流してその場に崩れ落ちた。
「えっ?」
花屋の娘は気絶している。
娘の父が慌てて駆け寄り、娘の肩を叩いて名前を呼び掛けている。
(俺の美貌がそうさせてしまったのか?)
そんな日々を過ごしていたある時、とんでもない噂を耳にした。
次の領主様には、レオン様が相応しいという噂だ。
どうやらその噂は、サンライト騎士団にも広がりを見せている。
(冗談じゃない! 俺にはやるべきことがあるんだ。それに、今まで仲の良かったハミル兄様との絆にヒビが入ったらどうするつもりだ)
レオンはあせっていた。
街に出て子供たちと遊んでいると、その話題になった。
「レオン様は、領主様になられるのですか?」
レオンは首を横に振る。
「ならないよ」
子供たちは顔を見合わせる。
「どうしてですか? 僕、レオン様に領主様になってもらいたいと思ってます」
「僕もそう思う」
「私のお父さんは、ここまで民のことを想って下さるお貴族様はいないって言ってました」
レオンがみんなを宥める。
「みんな落ち着いて、次の領主にはハミル兄様がなる。兄様は民のことを考えて下さる、素晴らしい人だよ」
「それでは、レオン様は何になられるのですか?」
レオンが目を閉じる。
「私は……」
夕食を済ませた後、レオンはハミルの部屋の前に立っていた。
レオンは一度深呼吸をすると、扉を叩く。
「だれ?」
部屋の中からハミルの声がする。
「ハミル兄様、私です」
「レオンか、入りなさい」
部屋に入る。
「レオン、どうしたんだい? こんな時間に」
「兄様にお話がありまして」
「立ち話も何だから、椅子に座ろうか」
椅子に座り、領内で流れている噂の話をした。
ハミルが笑う。
「なんだ、そんな話か」
「怒っていらっしゃらないのですか?」
「レオンがどうしても領主になりたいって言うなら応援してもいいけど、レオンは領主になるつもりはないんだろ?」
レオンが勢いよく首を縦に振る。
「はい! そうなんです! ご存知だったのですか?」
「レオンは昔から、自分にはやるべきことがあるって言ってたじゃないか」
「良かった、兄様に嫌われるんじゃないかと心配してました」
「そんなことで可愛い弟のお前を嫌いにならないよ」
レオンはほっと胸を撫で下ろした。
「ところで、レオンのやるべきことって何なんだい? 前に聞いたときは教えてもらえなかったけど」
「それは……誰かに口に出して言ったら、叶わなくなるような気がして」
ハミルが微笑む。
「レオンのやるべきこと、叶うといいな」
「はい! ありがとうございます」
(本当に良かった。領主になってしまえば、俺は俺のやるべきことができなくなる)
新世暦十二年、レオン十二歳。
レオンは父に呼ばれて、父の部屋に来ていた。
「レオン、お前に勇者学園から入学試験を受けてみないかとの連絡がきた」
「勇者学園から」
(やはり来たか……)
「知っているのか?」
「はい、勇者を養成するために、昨年新設されたばかりの学校ですね」
父が頷く。
「そうだ。三年間学んだ後、最も優秀な成績を納めた者に勇者の称号が与えられる。しかし……」
父は少し考え込み、再び口を開いた。
「お前には国王から姫との縁談の話も来ている。私としては、無理に試験を受ける必要はないと思っているが」
「いえ、私は勇者学園に入学いたします」
即答だった。
父は一瞬目を見開くと、微かに微笑んだ。
「そうか」
俺は幼い頃より、ある想いがあった。
なぜ俺はこんなにも優れているのか。
溢れんばかりの才能。
それを奢ることなく研鑽を続ける謙虚さ。
困難に立ち向かう勇気。
誰とでも分け隔てなく接し慈しむことができる慈愛心。
己を律し常に正しくあろうとする正義感。
そして、人目を引くこの美貌。
まさに、神の作りし最高傑作。
……少し言い過ぎかもしれないが、実際そうなのだから仕方ない。
その俺がやるべきことは何か?
領主?
国王?
違う、俺はそんな小さい器に収まるような男じゃない。
聖書の最後の一節。
『奇跡の力を持つ聖女と、世界を救う勇者が、魔王を打ち倒し、この世に平穏をもたらす』
この言葉を聞いたとき、俺の体に電流が走った。
そう、俺のやるべきことは、世界を救う勇者だ!
「入学するには試験に合格せねばならないが、お前なら問題ないだろう。しっかりやりなさい」
「はいっ!」
レオンは力強く頷いた。
新世暦十三年、勇者学園。
レオンは鐘の音で目を覚ます。
何か懐かしい夢を見ていた気がする。
ここは勇者学園の寮の一室、その最上階だ。
勇者学園は全寮制。
通常、寮は相部屋なのだが、貴族の子息と令嬢には一人一室が与えられる。
レオンは部屋の窓を開け放つ。
空は快晴、遠くで鳥の鳴き声が聞こえてくる。
窓から入ってくる風を受け、大きく息を吸い込んだ。
今日から、勇者学園での一日が始まる。
「私は、私のやるべきことをやる。必ず、世界を救う勇者になってみせる!」
俺はこれからの勇者学園での日々に胸を躍らせた。




