第五話 まるで御伽噺のような
新世暦十一年、レオン十一歳。
その日、水門の前には新しい川ができる瞬間を一目見ようと大勢の人が集まっていた。
その中には、父と兄妹、レオンとハミルの母カトレラの姿もある。
レオンから少し離れた位置で家族が見守る。
「レオン、しばらく見ない間に、また大きくなりましたね」
正妻と側室は、レオンたちが住む本邸ではなく、それぞれ別邸で暮らしている。
子供たちの教育に参加することもできない。
今から百年程前、正妻が自分の贔屓する子を確実に領主にするために、他の子を毒殺しようとした。
側室の子だけでなく、自分の産んだ子でさえも。
そのせいで三名の子が犠牲になった。
事態が明るみになり、正妻は毒をあおって亡くなった。
正妻が償いのために自ら飲んだのか、誰かに飲まされたのかは分からない。
その事件の後、サンライト伯爵家では、妻は別邸で暮らし、子の教育に参加させない、実権を持たせないという慣習ができた。
会うことができるのは、誕生日や成人の儀式などのお祝いの他、子が面会を申し込めば、月一回会うことができる。
「まったく、この子たちは、全然会いにきてくれないんだから」
ハミルが苦笑する。
「まあ、レオンも忙しかったし」
カトレラが目を細めてハミルを見る。
「ハミル、あなたにも言っているのですよ」
レオンが声を張り上げる。
「水門、開きます!」
護衛が水門のハンドルを回す。
(工房長に小型の模型を作ってもらって実験した時はちゃんと水が流れた、大丈夫なはずだ)
水門がゆっくりと上に上がっていくと、水が勢いよく新しい川へと流れていく。
やがて、水が川を満たした。
新しい川の誕生である。
「本当に、川ができちまった……」
群衆の一人が呟く。
次の瞬間、大歓声が上がる。
レオンの周りに人々が集まり、口々にレオンを称えていた。
ハミルが笑う。
「ははは、レオンやったな」
マルシスが目を見開き驚いている。
「あいつ、マジかよ……」
セレネアが飛び跳ねる。
「レオン兄様、すごい、すごーい!」
そのとき……。
「ふっ、ふふふっ、あーはっはっは!」
父ザインが突然笑い出した。
いままで、父が笑う姿を見たことがなかった、ハミル、マルシス、セレネアが驚愕する。
「えっ?」
「父上が笑った?」
「ウソ……」
いや、分かりづらいが稀に微かに微笑むことはある。
しかし、ここまで明確に大笑いすることなど一度もなかった。
カトレラも、始めて見るザインの姿に目を見開いている。
「まさか、本当にやり遂げてしまうとはな」
ハミルが頷く。
「ええ、レオンはすごい奴です」
「川を作り出し、人々を救う……まるで、神話や御伽噺に出てくる英雄だな」
マルシスがレオンを眺める。
「英雄……」
誰もやったことのないことを、レオンはやり遂げた。
それも、たった十一歳の少年が。
村長の息子がレオンに尋ねる。
「川の名前は何にするんですか?」
レオンがきょとんとする。
「名前? そういえば考えてなかった」
ダグが手を上げる。
「レオン様、僕たち考えたんですけど、レオン川っていうのはどうでしょう?」
レオンが少し困った顔をする。
「ええっ? 私の名前? それはちょっと恥ずかしいかな」
護衛が笑顔でダグの意見に賛成する。
「レオン川、いい名前じゃないですか」
周囲の領民たちも声を上げる。
「おい、新しい川の名前はレオン川だってよ」
「レオン川!」
「素晴らしい名だ」
「レオン様、万歳!」
その様子を眺めているザインは、目を閉じ静かに頷く。
「ふふっ、レオン川か……これは別の名にしたら、領民たちの不興を買うな」
陽の光が、レオンの金色の髪を明るく照らす。
人々の中心で明るく笑うレオンは、光り輝いて見えた。
そして、新しい川は、レオン川と命名された。
レオンの名は、川の名前とともに、後世に語り継がれていくことだろう。
それから一ヶ月後、再び大雨が領地を襲った。
レオンは屋敷の窓から外を眺める。
雨粒が窓と地面を激しく打ちつけ、大きな音を鳴らしていた。
(大丈夫だ、水はレオン川に流れている。もう洪水になることはない……はずだ)
レオンは川を作る以外にも、浸水地域を設定し、川の水位が一定以上になれば、地域で相互協力して避難できる態勢を整えた。
もし、川が氾濫したとしても、人命が失われることは防げるだろう。
雨は連日連夜降りそそいだ。
その雨量は、前回洪水が起きたときよりも、明らかに多く感じられた。
ようやく雨が上がると、空は昨日までの天気が嘘のように晴れわたっていた。
レオンは護衛とともに、以前洪水が起きた場所へと足を運ぶ。
到着すると、そこには雨が降る前と変わらぬ街の景色があった。
レオンはその光景を目に焼き付け、両手を天に向かって高く掲げた。
「やった……やったぞ!これで、街は救われた!」
護衛は、レオンが領主の子息として、貴族の一員として、正しい振る舞いができるように、いつも感情を抑えていたのを知っている。
そのレオンが感情を爆発させて大喜びしている。
護衛は、静かに微笑む。
(レオン様、良かったですね)
街の子供がレオンに駆け寄る。
「レオン様!」
「みんな……」
子供たちがレオンを取り囲む。
「レオン様! 昨日まで、あんなに雨が降っていたのに、街はなんともありません!」
「レオン様のおかげです!」
レオンが子供たちと肩を抱き合う。
「いや、みんなが頑張ってくれたからだよ、みんながいなければ川は作れなかった」
「レオン様……」
子供たちの中には、感激して泣いている子もいる。
子供たちは、お互いの顔を見合わせて頷き、ダグが一歩前に出る。
「レオン様、僕たち、レオン様についていきます」
「えっ? 川はもう作り終わったよ」
ダグは首を振る。
「違うんです。これからも、レオン様が何かする時は、僕たちも手伝いたい。レオン様のお役に立ちたいんです!」
「それは、私に忠誠を誓うってこと?」
「はい!」
子供たちはレオンを真っ直ぐな瞳で見つめる。
レオンは首を振る。
「いや、それは駄目だ」
子供たちが目を見開いて驚くと、レオンに詰め寄る。
「どうしてですか?」
「忠誠を誓うなら、私個人にではなく、この街の人々に忠誠を誓って欲しい」
「街の人々にって、どういうことですか?」
「この街の人々のためになることをして、みんながより暮らしやすい街にして欲しいってことさ。できるかい?」
「人々のためって何をすればいいんですか?」
「それは一人一人が考えることだよ。自分に何ができるか、何がしたいのか考えて行動する。そうすれば、自ずとするべきことが見つかるよ」
「でも、僕たちレオン様みたく頭が良くないから、何をすればいいのか分からないよ」
「ダグの家は農家だよね?」
ダグは頷く。
「美味しい野菜を作って食卓に届けるのも、街の人たちの役に立ってる。それだって街のためになってるんだよ」
「そんな小さなことでいいんですか?」
「誰かのためを想ってすることに、大きいも小さいもないよ」
子供たちは顔を見合わせ、レオンに向き直る。
「うん、僕もレオン様みたいに、人のためにできることをする!」
「僕も!」
「私も!」
レオンが頷く。
「うん、みんなならできるよ」
「でも、レオン様がまた何かするときは、僕たちにも声を掛けて下さい」
レオンは満面の笑みで応えた。
「うん、ありがとう」
その後レオンは、領民たちの間からいつからか神童と呼ばれ、慕われるようになっていった。




