第四話 川作り
レオンは父の部下の紹介でサンライト領で一番大きな工房に来ていた。
いかにも熟練の職人といった風貌の工房長がレオンをもてなし、応接間で水門の設計図に目を通している。
「なるほど、水門ですか」
「はい、作ることは可能でしょうか?」
「だいぶ大きいですね、素材も必要になりますが、作ることは可能でしょう」
「費用は?」
「そうですね、概算ですが、これぐらいで」
提示された金額は、父から貰った金をほぼ使い切ってしまう程だった。
これでは人を雇う金は残らない。
「もう少し、お値下げしてもらえませんか?」
工房長は少し困った表情を浮かべる。
「そう言われましても、我々も商売ですから、特に今は、洪水の復旧関係で職人たちはフル稼働しております、作るまでには時間もかかるでしょう」
レオンは食い下がる。
「そこをなんとかなりませんか? 街を救うためなんです!」
工房長が驚いた表情をする。
「街を救う……とは?」
「はい、この水門は洪水から街を守るために必要なんです」
「詳しく、お話いただけますか?」
レオンは話した、洪水を防ぐために、新しく川を作り、そちらに余分な水を逃がすこと。
干ばつになった時のために、水門を設置して新しい川に流れる水をせき止め、街の水を確保することを。
「なるほど、そのための水門ですか」
「この事業が成功すれば、多くの命を救うことができます」
工房長は腕を組み、目をつぶって天井を見上げる。
そして、目を開き、レオンの目を真っ直ぐ見る。
その瞳は、レオンも工房長も真剣だ。
「わかりました、お引き受けしましょう! 代金はこれぐらいでいかがでしょう」
提示された金額は、先程よりもだいぶ少なかった。
「こんなに下げていただいて、よろしいのですか?」
「この度の洪水では、私の弟夫婦も亡くなっております、姪もまだ貴方と同じぐらいの年齢だったのですが……あのような悲劇が起きないようにするためならば、協力は惜しみません」
レオンは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
工房長は慌てる。
「よして下さい、領主様のご子息が私のような者に頭を下げるなど」
レオンは頭を上げる。
「それで、作成はいつ頃になるでしょうか?」
「さっそく明日から素材を仕入れて作業いたします」
「えっ? 職人は出払っているのでは?」
工房長はニヤリと笑った。
「この私がおります。この街で一番の腕を持っていると自負しております、大船に乗った気でいて下さい」
レオンが頷く。
「わかりました、よろしくお願いします」
レオンと工房長は、固く握手を交わした。
工房を出て、護衛に話しかける。
「次は、アノ村にいきます」
「それでは、馬車にお乗り下さい」
馬車に乗り込もうとしたところ、声が掛かった。
「レオン様!」
振り向くと、街の子供たちだった。
「みんな、久しぶりだね」
「レオン様、あの日以来会えなくて僕たち心配してたんです」
「最近、忙しくてね」
「お勉強ですか?」
レオンは子供たちに事情を話した。
「川を作る? 川って作れるものなんですか?」
「それはやってみなければ分からない、でも川ができれば、ララのような悲しいことには、もうならないと思う」
そう言うと、子供たちは、話し合いを始めた。
「それじゃ、もう行くよ」
「あの、レオン様」
ダグが一歩前にでる。
「僕たちも、レオン様のお手伝いできませんか?」
「え?」
「また、あんなことにならないなら、僕たちも川を作りたいです」
「たしかに人手は欲しいけど……」
川作りのための穴掘りは重労働だ、子供の力では厳しいだろう。
「お願いします!」
「お願いしますレオン様!」
「僕たちにもレオン様の力になりたい!」
子供たちがレオンに詰め寄る。
その瞳は真剣だった。
「うん、わかったよ」
子供たちは大喜びする。
「ただし、お父さんとお母さんにも説明して、許可が貰えたらだよ」
「わかりました!」
「さっそく聞いてきます!」
レオンが子供たちを見回す。
「川作りを始めるときは、声を掛けるから」
子供たちは、さっそく両親に話をするため、自分たちの家へと帰って行った。
馬車に乗り込み、アノ村へと向かう。
アノ村は川から離れた場所に位置していて、村人たちは毎日時間をかけて川まで水を汲みにきている。
新しい川はアノ村の近くを通り、川作りの恩恵を一番受ける村だ。
この村であれば協力も取り付け易いだろう。
そう思っていた、しかし……。
アノ村、村長の家。
部屋の中には、レオンと護衛、口髭を生やした村長と短髪の青年がテーブル越しに向い合って座っている。
レオンと村長が話をする。
「川を作る……ですか」
村長は乗り気ではない表情だ。
「この事業が成功すれば、これまでのように長い時間をかけて川まで水を汲みに行かなくても良くなります。悪い話ではないと思いますが」
「しかし、資料を見たところかなり大規模になります。我々にも生活がありますし、この報酬では……」
「これ以上の報酬は難しいです、何とかお願いできませんか? 川ができれば、多くの命を救うことができるのです」
「それは川の近くの街の話ですよね? 我々の村には関係のないことです」
青年が村長の肩を叩く。
「ちょっと父さん」
「なんだ?」
「ちょっと話したいから、こっち来て」
「……わかった」
村長が笑顔でレオンに向き直る。
「レオン様、少々席を外しますが、お許しいただけますでしょうか?」
レオンが笑顔で頷く。
「ええ、いいですよ」
「ありがとうございます」
村長と村長の息子は、一礼して部屋を出る。
扉が閉まると、レオンはすかさず扉まで行き聞き耳を立てた。
「レオン様!?」
護衛が驚いてレオンに声を掛けると、レオンは人差し指を口元に近づけ、静かにしてくれと合図を送る。
聞き耳を立てていると、扉ごしから村長と村長の息子が言い争っている声が聞こえてくる。
「父さんはあの話、断るつもりなの?」
「川を作るなんてことできる訳ないだろ、子供のお遊びだ」
「でもあの子、サンライト伯爵のご子息だよ? 資料もちゃんとしたものだったし、遊びってことはないんじゃない?」
「それこそ貴族の道楽だろ、そんなものに付き合ってられん」
「川が近くにできれば村の人たち、小さい子も重い水を時間をかけて長い距離を往復しないで済む。この前の洪水では多くの命が失われたって聞いた、みんな助かるんだよ?」
「やりたいなら勝手にやらせればいい。もし川ができたとしたら我々が助かるだけだ、手を貸す必要はない」
「父さんは、恩恵だけ受けるつもりなの?」
「それが賢い大人のやり方だ」
「もし本当に川ができて、その恩恵だけを受けることになったら、僕は父さんを心底軽蔑するよ」
「なんだとっ!? 生意気な口を聞くな!」
「父さんが引き受けないなら、僕が引き受ける」
「……勝手にしなさい」
レオンは素早く、もと座っていた椅子に座り直した。
部屋の扉が開く。
村長の息子が笑顔で前に出る。
「お待たせしました、レオン様のアノ村への依頼、お引き受けいたします」
レオンが椅子から立ち上がり、笑顔で手を差し出す。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
レオンと村長の息子が固く握手をする。
村長の息子の後ろでは、不機嫌を隠せない表情の村長が、その姿を眺めていた。
数日後、アノ村の外れに、レオンと護衛三名、街の子供たちと数名の親、アノ村の青年たちがショベルやつるはしを手にして集まっていた。
レオンが皆の前に出る。
「みなさん、今日から川の掘削作業をいたします、よろしくお願いします」
川の設計図を開く。
「まずは、現在地から、川の下流に向かって掘り進めます。川幅と深さについては、この通りにして下さい。多少の誤差は良いですが、掘りすぎても、掘らなすぎても駄目です」
皆が真剣に川の設計図を眺める。
水を逃がした先に水害が起きるのではないかという父の指摘は、新しい川を元の川に再接続させることで解決できた。
「私が逐次、指示を出します。みなさんも分からないことがあれば、作業の手を止めてでも、私のところに来て下さい」
一同頷く。
「はい!」
「それでは始めましょう」
日が傾くまで穴を掘り進める。
レオンもショベルを手にして一緒に穴を掘る。
しかし、硬い土や石に阻まれ思うように掘り進むことができない。
「あまり根を詰めすぎないように、休憩して水分を摂って下さい」
逐次休憩を挟みつつ穴を掘る。
やがて日が傾き、作業を終えるが、少ししか掘り進めることができなかった。
「完成までに、いったいどれだけ掛かるんだ」
誰かがポツリと言った。
レオンが明るく振る舞う。
「まだ初日です、慣れてくれば効率も上がります。明日からも頑張りましょう!」
そう言うレオンの額には汗が光り、手には豆ができていた。
「そうだな、まだ初日だ、弱音を吐くには早い!」
「レオン様、明日もよろしくお願いします!」
レオンは笑顔で頷く。
「はい! よろしくお願いします!」
別の日、レオンが作業に向かうため馬車に乗り込もうとすると、護衛以外の騎士団数名がやって来た。
「あれ? みんなどうしたの?」
騎士たちはレオンに一礼する。
「私たちも、レオン様の川作りのお手伝いをさせて下さい」
「いや、駄目だよ。騎士団の仕事があるでしょ」
父の騎士を勝手に連れ出すことは出来ない。
「はははっ! 今日は休みなので大丈夫です」
「いやいや、なおさら駄目でしょ! 休みなら休まないと」
「休日の時間を何に使うかは我らの自由です。ちょうど穴掘りでもして体を動かしたいと思っていたところなんですよ。それともレオン様は我らの自由を奪うおつもりですか?」
「みんな……ありがとう」
騎士たちは照れながら応える。
「よして下さい、これは我々がしたいからしてるだけなんですから」
それからも、川作りをする人は日毎に増えていった。
レオンが呼び掛けた訳ではない。
人づてに話を聞いた人々が集まって来たのだ。
今回の水害で自身や知り合いに被害があった人たち、最初は参加しなかったアノ村の人たち、反対していた村長、その他にも大勢。
報酬はない。
それでも、レオンの元には人が集まり続けた。
その数は、数千人規模にまで膨れ上がっていた。
さすがにレオン一人では指示が行き届かないので、グループ分けして、騎士団のメンバーや、村長の息子にも指示をするようお願いした。
そして……。




