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エルグラント 〜勇者学園の神童〜  作者: 武崎豊
第三章 恋の嵐
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第二十三話 噂

 レオンはシーラの取り巻きたちに笑顔を向けると、彼女たちは顔が赤くなった。


「これから野営の授業で、広場に移動しないといけないんだけど」

「いえ、お時間は取らせません」

「聞きたいことってなに?」

「あの、レオン様がミレア様と交際されているというのは本当ですか?」

「うん、本当だよ」


 ミレアとの交際を肯定すると、サミーたちはヒソヒソと話し始めた。


(なんだ? 俺とミレアが付き合っていることは、もう周知されているはずだが、なぜ確認を?)


「あの、レオン様……大丈夫なんですか?」

「大丈夫……とは?」

「ミレア様が公爵家の名を利用してレオン様と付き合ってると、みんなが噂しています」


(はぁ? なんだその話は?)


 サミーの後ろにいる、他の女生徒たちも続く。


「この学園では、身分の差は関係ないと先生方もおっしゃってます」

「レオン様、ミレア様との交際は考え直した方が良いのでは?」

「他の生徒も、みんながレオン様のことを心配しています」


(みんな……ね)


「私はミレアが好きで付き合ってるんです。みんなが噂してるって言う話だけど、サミーさんは誰からその話を聞いたの?」

「え、えっと……それは……みんなです!」

「だ、そうだけど。みんなは今の話知ってる?」


 レオンは友達に話を振る。

 チャゴ、トッポ、カイル、モフオが応える。


「いや、初耳ですな」

「少なくとも、一組でそのような噂は聞いたことがありません」

「例えそうだとしても、レオンが大人しく従うとは思えないけど」

「レオンとミレアはお似合い、考え直す必要ない」


 シーラの取り巻きたちは、レオンたちの言葉にたじろいだ。

 レオンは一歩踏み出すと、サミーの両肩に優しく手を乗せ、瞳を真っ直ぐに見つめる。

 サミーは、耳の先まで真っ赤になった。


「サミーさん」

「ひゃ、ひゃい!」

「これでその噂がデタラメだったってことが分かっただろ? サミーさんは、誰が流したかも分からない噂話と私の言葉、どちらを信じる?」

「は、はひ! それはもう、レオン様ですっ!」

「良かった。それじゃ、また同じようなデマが流れた時は、否定してくれるかい?」


 サミーはコクコクと頭を上下に振った。

 レオンは満面の笑みを浮かべ、サミーの肩から手を離す。


「ありがとう、変な噂が広まる前に教えてくれて助かったよ。君たちにも、頼めるかな?」


 今度は、サミーの後ろにいる三人にも目線を向けると、三人とも顔を赤くして頷いた。


「それじゃ、私達は次の授業に向かわないといけないから」


 そう言ってレオンは背を向け歩き出すと、その背後でサミーが腰砕けになり、その場に力なく座り込む。

 サミーは恍惚とした表情で、遠ざかって行くレオンの背中を見つめていた。


 その夜、レオンは寮の自室でペンを走らせ、今日の出来事を情報整理していた。


「接触してきたのはシーラさんの取り巻き、サミー、アネット、ネル、レイナの四名、いずれも五組」


 紙に情報を書き込んでいく。


「この四名は、シーラの側近ではない。派閥においてはその他大勢。シーラの派閥はほぼ四組と五組で構成されており、側近の女生徒は全て四組」


 側近とは、派閥のトップのすぐ近くに仕え、身の回りの世話や補佐をする者のことだ。

 ミレアの派閥で言えば、モモが該当する。

 側近は派閥においてトップに次ぐ地位を確立している。

 学生なのだから、別に実権がある訳ではないのだが、派閥内ではそれが暗黙の了解だ。


「誰から聞いたのか個人名を答えなかったことから、噂しているみんなというのは、おそらくシーラの派閥メンバーのことだろう」 


 もし、派閥メンバーの個人名を出してしまえば、仲間を売ったことになりかねない。

 そんなことになれば、派閥内での立場は悪くなってしまうだろう。


「では、この噂を流した目的は何か?」


 考えられる可能性を書き出していく。


「一つは俺とミレアの仲に不和の種を蒔き、別れさせること。もう一つは、ミレアの評判を貶めること。あるいは、その両方か?」


 ミレアの派閥とシーラの派閥は対立している。

 表立って争っている訳ではないが、特にシーラ側の派閥メンバーが、ミレア側の派閥メンバーを無視したり、陰口を叩いたりして対抗意識を燃やしている、というのは周知の事実だ。


「では、その噂を流したのは誰か? シーラ? 側近? あるいは……」


 ペンを走らせるレオンの手が止まる。


「誰も、噂を流していない」


 レオンは腕を組み、右手を顎に添え思考を巡らせる。

 思い起こすのはミレアの言葉。


『彼女は取り巻きに指示しておりません』


 派閥というものは、トップが指示していなくても勝手に動く。

 俺とミレアが付き合っていると聞いた日から、モモさんは気を利かせて、俺とミレアのために食堂の席を確保してくれている。

 誰に指示された訳でなく、自分から自発的に。

 それは、善意から来る行動だ。

 今日、サミーさんたちは俺に何て言っていた?


『あの、レオン様……大丈夫なんですか?』

『他の生徒も、皆がレオン様のことを心配しています』


 そう、彼女たちは俺のことを心配していた。

 そこに、俺とミレアを別れさせるために嘘をついたり、ミレアを貶めようとする意思はなかったように思える。

 よかれと思って俺に話しかけた。

 そんな感じだった。

 もし、そうだとすれば……。


『彼女は派閥のトップという自分の立場を理解しています、その上で周囲にレオン様をものにすると吹聴したのです』


 ミレアは確かにそう言っていた。

 例えば、こういうのはどうだ?


「もし取り巻きの誰かが、ミレアが俺と付き合うために、公爵家の権力を使ったのではないか、みたいな可能性を口にしたとしよう」


 再びペンを走らせる。


「そこで、シーラさんが、もしそうであるならば俺が不憫だ、みたいな話をしたとする。その場合、取り巻きたちはどう動く?」


 俺が心配だという話になるだろう。

 そして、噂というものは、人から人に伝わっていくほど、その内容は変質していく。

 もし、「その可能性もあるよね」から「そうに違いない」という話になってしまえばどうなるか?


 そんなことをする奴は許せない、となるのではないか?

 悪意ではない、善意だ。

 そして、その善意の矛先は?

 レオンの背中にゾクリと悪寒が走る。


 しかし、この仮説が本当だとして、ここまで意図して人を操作することができるものなのか?

 自分の手は汚さず、悪意を隠し、善意であることを装い、他者の善意を刺激して争わせる。


 彼女は裁かれない。

 なぜなら彼女は悪事も働かなければ、指示もしていないからだ。

 もし、それで嫌がらせや誹謗中傷といった悪事が明るみに出ても、裁かれるのは実行犯だけ。


 煙のない所に、争いの火種を自ら作り出し、火を立て、煽り、争いを大きくし、自分は離れた所から争って傷付く人たちを見て、ほくそ笑む。

 彼女は表に出ない。

 表に出て争うのは彼女ではないからだ。


『自分は安全な位置から人を操り他者を貶める、私の最も嫌悪すべき精神性の持ち主です』


 人には良心というものがある。

 善悪を判断し、正しい行いをしようとする心の働きだ。

 俺がミレアと偽装交際しているのは、学園の秩序を守るためとはいえ、友達も騙していることには抵抗がある。

 チャゴとトッポはカイルの木剣を壊すという悪事を働いたが、自分たちの過ちに気付き、仲直りすることができた。

 もしも、この噂がシーラの目論見通りなのだとしたら……。


「それは敵視しているミレアを貶めるだけでなく、シーラを信じて従う派閥の仲間をも裏切る行為だ」


 もはや悪意があってやっているのかどうかも疑わしい。

 人として本来備わっていなければならない、良心が欠如しているとしか考えられない。

 もし、そんな人がいるのだとしたら、それはもう人ではなく。


「怪物……」


 レオンはポツリと呟いた。

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