第二十三話 噂
レオンはシーラの取り巻きたちに笑顔を向けると、彼女たちは顔が赤くなった。
「これから野営の授業で、広場に移動しないといけないんだけど」
「いえ、お時間は取らせません」
「聞きたいことってなに?」
「あの、レオン様がミレア様と交際されているというのは本当ですか?」
「うん、本当だよ」
ミレアとの交際を肯定すると、サミーたちはヒソヒソと話し始めた。
(なんだ? 俺とミレアが付き合っていることは、もう周知されているはずだが、なぜ確認を?)
「あの、レオン様……大丈夫なんですか?」
「大丈夫……とは?」
「ミレア様が公爵家の名を利用してレオン様と付き合ってると、みんなが噂しています」
(はぁ? なんだその話は?)
サミーの後ろにいる、他の女生徒たちも続く。
「この学園では、身分の差は関係ないと先生方もおっしゃってます」
「レオン様、ミレア様との交際は考え直した方が良いのでは?」
「他の生徒も、みんながレオン様のことを心配しています」
(みんな……ね)
「私はミレアが好きで付き合ってるんです。みんなが噂してるって言う話だけど、サミーさんは誰からその話を聞いたの?」
「え、えっと……それは……みんなです!」
「だ、そうだけど。みんなは今の話知ってる?」
レオンは友達に話を振る。
チャゴ、トッポ、カイル、モフオが応える。
「いや、初耳ですな」
「少なくとも、一組でそのような噂は聞いたことがありません」
「例えそうだとしても、レオンが大人しく従うとは思えないけど」
「レオンとミレアはお似合い、考え直す必要ない」
シーラの取り巻きたちは、レオンたちの言葉にたじろいだ。
レオンは一歩踏み出すと、サミーの両肩に優しく手を乗せ、瞳を真っ直ぐに見つめる。
サミーは、耳の先まで真っ赤になった。
「サミーさん」
「ひゃ、ひゃい!」
「これでその噂がデタラメだったってことが分かっただろ? サミーさんは、誰が流したかも分からない噂話と私の言葉、どちらを信じる?」
「は、はひ! それはもう、レオン様ですっ!」
「良かった。それじゃ、また同じようなデマが流れた時は、否定してくれるかい?」
サミーはコクコクと頭を上下に振った。
レオンは満面の笑みを浮かべ、サミーの肩から手を離す。
「ありがとう、変な噂が広まる前に教えてくれて助かったよ。君たちにも、頼めるかな?」
今度は、サミーの後ろにいる三人にも目線を向けると、三人とも顔を赤くして頷いた。
「それじゃ、私達は次の授業に向かわないといけないから」
そう言ってレオンは背を向け歩き出すと、その背後でサミーが腰砕けになり、その場に力なく座り込む。
サミーは恍惚とした表情で、遠ざかって行くレオンの背中を見つめていた。
その夜、レオンは寮の自室でペンを走らせ、今日の出来事を情報整理していた。
「接触してきたのはシーラさんの取り巻き、サミー、アネット、ネル、レイナの四名、いずれも五組」
紙に情報を書き込んでいく。
「この四名は、シーラの側近ではない。派閥においてはその他大勢。シーラの派閥はほぼ四組と五組で構成されており、側近の女生徒は全て四組」
側近とは、派閥のトップのすぐ近くに仕え、身の回りの世話や補佐をする者のことだ。
ミレアの派閥で言えば、モモが該当する。
側近は派閥においてトップに次ぐ地位を確立している。
学生なのだから、別に実権がある訳ではないのだが、派閥内ではそれが暗黙の了解だ。
「誰から聞いたのか個人名を答えなかったことから、噂しているみんなというのは、おそらくシーラの派閥メンバーのことだろう」
もし、派閥メンバーの個人名を出してしまえば、仲間を売ったことになりかねない。
そんなことになれば、派閥内での立場は悪くなってしまうだろう。
「では、この噂を流した目的は何か?」
考えられる可能性を書き出していく。
「一つは俺とミレアの仲に不和の種を蒔き、別れさせること。もう一つは、ミレアの評判を貶めること。あるいは、その両方か?」
ミレアの派閥とシーラの派閥は対立している。
表立って争っている訳ではないが、特にシーラ側の派閥メンバーが、ミレア側の派閥メンバーを無視したり、陰口を叩いたりして対抗意識を燃やしている、というのは周知の事実だ。
「では、その噂を流したのは誰か? シーラ? 側近? あるいは……」
ペンを走らせるレオンの手が止まる。
「誰も、噂を流していない」
レオンは腕を組み、右手を顎に添え思考を巡らせる。
思い起こすのはミレアの言葉。
『彼女は取り巻きに指示しておりません』
派閥というものは、トップが指示していなくても勝手に動く。
俺とミレアが付き合っていると聞いた日から、モモさんは気を利かせて、俺とミレアのために食堂の席を確保してくれている。
誰に指示された訳でなく、自分から自発的に。
それは、善意から来る行動だ。
今日、サミーさんたちは俺に何て言っていた?
『あの、レオン様……大丈夫なんですか?』
『他の生徒も、皆がレオン様のことを心配しています』
そう、彼女たちは俺のことを心配していた。
そこに、俺とミレアを別れさせるために嘘をついたり、ミレアを貶めようとする意思はなかったように思える。
よかれと思って俺に話しかけた。
そんな感じだった。
もし、そうだとすれば……。
『彼女は派閥のトップという自分の立場を理解しています、その上で周囲にレオン様をものにすると吹聴したのです』
ミレアは確かにそう言っていた。
例えば、こういうのはどうだ?
「もし取り巻きの誰かが、ミレアが俺と付き合うために、公爵家の権力を使ったのではないか、みたいな可能性を口にしたとしよう」
再びペンを走らせる。
「そこで、シーラさんが、もしそうであるならば俺が不憫だ、みたいな話をしたとする。その場合、取り巻きたちはどう動く?」
俺が心配だという話になるだろう。
そして、噂というものは、人から人に伝わっていくほど、その内容は変質していく。
もし、「その可能性もあるよね」から「そうに違いない」という話になってしまえばどうなるか?
そんなことをする奴は許せない、となるのではないか?
悪意ではない、善意だ。
そして、その善意の矛先は?
レオンの背中にゾクリと悪寒が走る。
しかし、この仮説が本当だとして、ここまで意図して人を操作することができるものなのか?
自分の手は汚さず、悪意を隠し、善意であることを装い、他者の善意を刺激して争わせる。
彼女は裁かれない。
なぜなら彼女は悪事も働かなければ、指示もしていないからだ。
もし、それで嫌がらせや誹謗中傷といった悪事が明るみに出ても、裁かれるのは実行犯だけ。
煙のない所に、争いの火種を自ら作り出し、火を立て、煽り、争いを大きくし、自分は離れた所から争って傷付く人たちを見て、ほくそ笑む。
彼女は表に出ない。
表に出て争うのは彼女ではないからだ。
『自分は安全な位置から人を操り他者を貶める、私の最も嫌悪すべき精神性の持ち主です』
人には良心というものがある。
善悪を判断し、正しい行いをしようとする心の働きだ。
俺がミレアと偽装交際しているのは、学園の秩序を守るためとはいえ、友達も騙していることには抵抗がある。
チャゴとトッポはカイルの木剣を壊すという悪事を働いたが、自分たちの過ちに気付き、仲直りすることができた。
もしも、この噂がシーラの目論見通りなのだとしたら……。
「それは敵視しているミレアを貶めるだけでなく、シーラを信じて従う派閥の仲間をも裏切る行為だ」
もはや悪意があってやっているのかどうかも疑わしい。
人として本来備わっていなければならない、良心が欠如しているとしか考えられない。
もし、そんな人がいるのだとしたら、それはもう人ではなく。
「怪物……」
レオンはポツリと呟いた。




