第二十二話 女として
放課後、シーラは寮の自室に帰ると、ベッドの前に立ち、枕を掴む。
脳裏に浮かぶのは、食堂でレオンと楽しそうに話すミレアの姿。
シーラの顔が醜く歪む。
シーラは枕を握りしめると、壁に向かって力の限り投げ付けた。
「なんなのよ! あの女、見せ付けるみたいに!」
枕はボフ!と音を立て、ベッドの上に落下した。
シーラはドカリとベッドに腰掛け、足を組み、親指の爪を噛んだ。
「あの女、目障りね……」
シーラにとってミレアは目の上のたんこぶだった。
成績も上、家柄も上、派閥の規模も上、そして類稀な美貌。
何一つ勝てるものがない。
シーラには、それが耐えがたい程の屈辱だった。
一つだけ、勝てていると思っていたものがある。
男だ。
ミレアはシーラのように男遊びすることもなく、学業に励んでいた。
シーラはそれを、心の中で見下していた。
あれだけの美貌を持ちながら、男一人落とすことが出来ない。
女としての魅力は、自分の方が上だと。
そして、それを確固なものにするために、レオンに目を付けた。
成績優秀、眉目秀麗、周囲からの信頼も厚く、将来有望なこの男をものにできれば、他の女生徒からは羨望の目で見られるだろうと考えていた。
そのために、他の女に取られないよう、取り巻きたちにはレオンを自分のものにするとほのめかし、レオンに近付く女を排除しつつ、交友関係や好みなどの情報を集めていたのだが、無駄になってしまった。
「どうにかして、別れさせることはできないかしら」
もし、あの二人を別れさせてレオンを自分のものに出来れば、ミレアよりもシーラの方が女性としての魅力は上、ということになる。
思い出す。
食堂で微笑むミレアの姿。
あの女が幸せになるのは許せない。
何もかも持っているなんてずるい。
……でも、相手は公爵令嬢。
他の女生徒たちのように、取り巻きたちも嫌がらせをすることは出来ないだろう。
どうにかしてミレアの弱点を見つけることは出来ないものか。
シーラは口角を上げ、ポツリと呟く。
「少し、調べる必要がありそうね」
───
数日後、授業開始の鐘が鳴り、ユバ先生が教壇の前に立つ。
ユバ先生の担当教科は戦術だ。
「本日の授業については、戦闘職種についてです。戦闘職種は大きく分けて二つある、と言う話を以前しましたが、誰か説明できる方はいますか?」
レオンは颯爽と手を挙げる。
「そうですね……それではカイル君、説明して下さい」
「は、はい!」
カイルは席を立ち、答える。
「戦闘職種は大きく分けて、前衛と後衛があります。前衛は剣や槍などの近接戦闘を行い、後衛は弓や魔法などの遠距離攻撃を行います」
「素晴らしい、正解です。皆さんカイル君に拍手」
教室内に拍手が巻き起こる。
レオンも拍手をしながら、カイルの成長に喜びを感じていた。
(カイル、ちゃんと勉強会で復習したことを覚えてるな。やれば出来るじゃないか)
カイルが照れながら着席する。
「それでは、なぜ前衛と後衛に分ける必要があるのでしょうか? 答えられる方はいますか?」
(おっ、これは今までの授業にはなかった話だな)
レオンは颯爽と手を挙げる。
「それではレオン君、説明して下さい」
「はい!」
レオンが席を立ち、答える。
「はい、それぞれの役割に集中するためです。前衛も後衛も、それぞれ一長一短があります。全てを一人で行おうとすると、装備も重くなり、対応も遅れます。即断即決できるように、集団戦においてはあらかじめ役割を決めておく必要があるのです」
「素晴らしい、まだ授業をしていないのに完璧です。皆さんレオン君に拍手」
教室内に拍手が巻き起こる。
(ふっ、さすが俺。完璧な回答だな)
レオンは満足気に着席する。
「そうです、前衛も後衛も、それぞれ一長一短あります。前衛の長所については、近付いて相手を確実に仕留めることができることですが、短所は近づいた分それだけ反撃されるリスクも高まることです」
ミレアが手を挙げる。
「つまり、長所と短所は表裏一体ということでしょうか?」
「その通りです、それは後衛も同じです。相手が前衛であれば、近付かれるまでは一方的に攻撃することが可能ですが、近付かれたら弱い。攻撃した後、弓であれば次の矢をつがえて放つまで、魔法であれば詠唱して魔法を放つまでのタイムラグが発生します。前衛に近付かれてしまえば、後衛は成す術がありません」
コロロンが手を挙げる。
「儂なら、のろまな人族の魔法使いと違い、長い詠唱などなくても、呪文を唱えるだけで魔法を放てます。前衛にも後れをとることはないと思いますけど?」
「コロロン君の魔法の腕は、プリヌス先生より聞いています。他の方が詠唱を唱えている間に、十発近くの魔法を放てると」
「まあね、妖精族にとっては当たり前のことなんですけどね」
「コロロン君は魔法を使う時、どういう動作をしますか?」
「どうって、杖を構えて呪文を唱えますけど?」
「そうです。つまり杖を相手に向ける、狙う、呪文を唱える、魔法を放つの四挙動です。対して戦士であれば、剣を振るの一挙動。剣の間合いなら杖を構えた瞬間に斬られ、少し離れた位置で先に魔法を放てたとしても、回避されるか盾で防がれて距離を詰められた場合、その瞬間斬られます」
「……」
コロロンは絶句した。
「コロロン君のように、自分の得意なことに自信をもつことは悪いことではありません。ですが、お互いの弱い所を補い合うために、前衛と後衛という役割分担があるということも理解しておいて下さい」
エリーが手を挙げる。
「それなら、レオン様のように、剣も魔法も扱える方であれば、前衛後衛と分ける必要がないのでは?」
「そうですね。事実、魔王軍の兵は全員が魔法を扱え、前衛後衛の区分はないと言われています。両方扱えれば大きなアドバンテージとなるでしょう。しかし、人族で剣と魔法を高水準で備えている方は稀です。それに、両方できたとしても、魔法を行使するには多大な集中力を要します」
「つまり、剣を振りながら魔法を使えないように、魔法を使いながら剣は振れない。両方できたとしても、結局はやれることは一つ、ということでしょうか?」
「その通りです、それが一人の限界です。だから、役割分担が重要なのです」
モフオが手を挙げる。
「それなら、自分の長所を重点的に伸ばせばいいってこと?」
「そうではありません。モフオ君は槍が得意だとお聞きしましたが、もしモフオ君が戦士と魔法使いの三人パーティーを組んだと仮定しましょう、戦士の集団と遭遇したらどう戦いますか?」
「俺と戦士で前に出て戦って、魔法使いに後ろから援護してもらう」
「それで勝利を納めたとします。しかし、魔法使いが魔力切れになってしまった。そこへ、崖上から魔法使いの攻撃を受けたらどうしますか?」
「逃げるしかないです」
「しかし、モフオ君か一緒にパーティーを組んだ戦士が魔法を使えたらどうでしょうか?」
「反撃できる!」
「そうです、先程までは無かった勝ち筋が、手札が増えたことで見えてきます。自分の得意分野を伸ばすことは勿論大切ですが、勇者学園では様々な分野を幅広く学ぶことができます。この先、何が自分の糧になるのかは誰にも分かりません。ここで学べる内に、多くのことを学んで下さいね」
戦術の授業が終わり、次の授業場所へと移動する。
次の授業は野営、屋外広場でテントの組み立てだ。
レオン達が廊下を歩いていると、後ろから呼び止められる。
「あの、レオン様……」
レオン達が振り返ると、他の組の女生徒が四名いた。
「なんでしょう?」
「あの、私、五組のサミーって言います」
少し気弱な印象の、深緑色の髪をおさげにした少女が一歩前に出る。
(五組のサミー、知っている。俺とミレアが付き合うことになった日、ミレアから渡されたリストに書いてあった)
『こちらはシーラさんの派閥リストになります。レオン様を実力でどうこうできるとは思いませんが、一応お渡ししておきます』
「レオン様にお聞きしたいことがあるんですけど……」




