第二十四話 密会
ミレアと交際を開始してから一週間後、レオンは再びサロンを訪れていた。
レオンとミレアがテーブルを挟んで向かい合わせに座り、ミレアの側近がレオンとミレアの前にお茶を差し出す。
「夕飯の鐘が鳴りましたら、部屋の片付けに伺います」
「ありがとう、よろしくお願いします」
そう言ってミレアは側近たちにニコリと微笑む。
「恐れ入ります。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい」
ミレアの側近たちは頭を下げ、部屋を後にした。
レオンとミレアはお茶を一口飲み、受け皿にカップを置く。
世間話を少しした後、本題に入る。
「最近、嫌がらせが起きたという話は聞かないですが、ミレアの方はどうです?」
「そうですね、私の情報網でも被害に遭った女生徒は確認できておりません」
「ミレア自身は何かされたりしてないですか?」
「ええ、私の周囲には常に人がおりますもの、危害を加えることは出来ませんわ」
「それは良かった」
レオンは胸を撫で下ろした。
「そういえば最近、私とミレアの気になる噂を耳にしまして」
「噂、とは?」
「ミレアが公爵家の名を利用して、私と付き合っていると」
「ふふっ、面白い噂ですわね」
「ミレアはこの噂、どう考える?」
「男性の方は女性の方が身分や能力が高いと、プライドが傷付くという方も中にはおります。おそらく、レオンのプライドを刺激して、私と仲違いさせようとしたのではありませんか?」
「なるほど、そういう意図もあるかもしれませんね」
「レオンはどう考えます?」
「ミレアの名を貶めるため、という可能性もあるかと」
「そうですね、あるいはその両方ではないでしょうか」
「噂の出所を突き止められませんか?」
「実はレオンと交際する以前より、その手の噂は何度か流されているのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、ですが私の派閥の情報網をもってしても、噂の発生源を特定することは出来ませんでした。今回の噂も、調べても何も出てこないと思いますよ」
やはり、誰かが明確に流した噂ではない。
だから噂の発生源に辿り着くことは出来ない、ということか。
(厄介だな……)
正面からぶつかってきてくれた方が、まだ対処のしようはある。
実家にいる時は、兄のマルシスに散々嫌味を言われたが、それでも俺と向き合ってはいた。
しかし、今度の相手は俺と向き合わない。
向き合ったのは、サミーさんのように善意で動いた人たちだ。
「実はその噂のことで、ミレアにお願いしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「その噂を私に教えてくれた女生徒たちに、その噂はデタラメだから否定してくれと頼んだのですよ」
「まあ、それはありがとうございます」
「もしそれで彼女たちの立場が悪くなるようでしたら、ミレアの派閥で保護していただけませんか?」
「その女生徒たちは、シーラさんの派閥の方でしょうか?」
「ええ、そうです」
「分かりました、何かあれば保護いたします」
「ありがとうございます」
レオンは深々と頭を下げる。
「うふふっ」
すると、ミレアが笑い出した。
(なんだ? 何か変なこと言ったか?)
「なにか、おかしなこと言いました?」
「いえ……」
ミレアはレオンの目を見る。
「レオンは相変わらず、お優しいのですね」
そう言って、ミレアは微笑んだ。
一通り情報共有を終え、レオンは部屋の出口へと向かい、ミレアも出口の近くまで付き添う。
「それでは、また夕食時に食堂で会いましょう」
「ええ、楽しみにしております」
レオンは扉を開け部屋を出る。
その姿をミレアは笑顔で見送った。
(最初は胡散臭い男だと思っていたけれど、信頼できそうね)
ミレアはレオンのことを、何か裏があると思っていた。
文武両道、容姿端麗、気立ても良く、人格者。
まさに非の打ち所がない。
驚くべきは、誰もレオンのことを悪く言わなかったことだ。
人というものは、例え何も悪いことをしていなくとも、表面上では仲良くしていても、陰では悪く言われていたりする。
それは、利害であったり、嫉妬であったり、ストレスの発散であったり、自尊心を守るための防衛本能であったりと理由は様々だ。
しかし、レオンのことについては、不自然なくらいに誰も悪く言う者はいなかった。
ミレアは、レオンが何か情報操作をしているのではないかと考えていた。
けれど、これ以上嫌がらせの被害者を増やさないためには、レオンと付き合うしか方法は思い浮かばなかった。
だからこそレオンを信用できずに、本当の理由は隠して、表面上の交際をしようとしていたのだが。
(世の中には、ああいう方もいるのですね)
いざ話してみれば、レオンも学園で起きていることを自分なりに調べ、被害に遭った女生徒たちを本気で心配していた。
彼女たちはレオンの恋人でもなければ、友達ですらない。
一度は振った相手、同じ学園の生徒、ただそれだけなのに。
そして、今度はシーラ派閥の者までをも気に掛けている。
「シノブ」
ミレアが扉の方を向いたまま声を掛けると、部屋の物陰から一人の女生徒が音もなく現れる。
少し小柄な体、肩口ぐらいまである黒髪をポニーテールにしている。
「お呼びでしょうか?」
ミレアは振り返ると、ソファーへと向かい腰を掛ける。
シノブはその横に移動し、片膝をついた。
「先程の話、聞いていましたね?」
「はい、学園に妙な噂が流れているとか」
「おそらく、調べてもまた空振りでしょうね」
「どうなされるおつもりですか?」
シノブは現在鎖国している蒼嶺国の忍者の末裔だ。
忍者とは、主君に仕え、諜報、破壊工作、侵入、暗殺を生業とする、影として生きる者達。
シノブの両親は、仕えていた主君が討たれ、中央大陸に逃げ延びる。
シノブは中央大陸で生を受け、両親から幼い頃より忍びとしての技を叩き込まれた。
今ではその技は、ミレアのために使われている。
「彼氏があそこまで真剣に頼んでるんですもの、レオンに接触した四名の女生徒、彼女たちが何かされた場合教えて下さる?」
「よろしいのですか? 彼女たちはシーラ派閥、敵に情けをかけるおつもりで?」
シノブはミレアの派閥に入ってしばらくした後、ミレアの人柄に惚れ込み、己の素性を明かして主になって欲しいと頼み込んだ。
以来、ミレアはシノブに学園内の情報収集を頼んでいる。
「彼女たちは敵ではありません、ただ流されているだけ。そういう意味では、彼女たちもシーラさんに踊らされている被害者なのかもしれません」
「寛大な御心、感服いたします」
シノブはミレアの派閥に所属しているが側近ではない。
表向きは。
彼女が忍びであることは、シノブの両親とミレアしか知る者はいない。
裏でミレアを支える、影の側近だ。
「やっていただけますか?」
「ミレア様のご命令とあらば」
「それではお願いします」
「はっ!」
シノブが頭を下げ、立ち上がると、静かに部屋から退室する。
ミレアは目を閉じ、数秒後ゆっくりと開く。
「このまま、何も起きなければ良いのですけど」
ミレアはポツリと呟いた。




