第十九話 ミレア・スカーレット
突然のミレアからレオンへの愛の告白に、部屋の中が静まり返る。
レオンはミレアの言葉の意味を頭をフル回転させて考えていた。
(付き合って欲しい? ミレアが俺に?)
言葉通りレオンに恋愛感情があるので交際したいという訳ではないだろう。
レオンにもそれぐらいわかる。
今まで、レオンに交際を申し込んできた女生徒たちは皆、熱を帯びた瞳でレオンを見つめていた。
しかし、ミレアからは、そのような感情を向けられたことは一度もなかった。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「レオン様と交際したい、という意味ですが?」
「私がお聞きしているのは、どういう目的があるのですか? ということなのですが」
「私がレオン様のことを好きだから……というのは理由になりませんか?」
「ミレア様、私はこれでも人を見る目はあるつもりです。ミレア様が私にそのような感情を持ち合わせていない、ということはわかります」
「うふふっ、レオン様は人をよく見ているのですね」
「もしかして、最近、学園で起きている一連の事件と何か関係あるのですか?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「私は昨今の一連の事件、気になって調べてみたんです。すると、ある共通点が浮かび上がりました」
レオンは夜に寮の自室で、事件の真相を突き止めようと紙に内容をまとめていた。
「共通点、とは?」
「被害にあった女生徒は、全員、私に告白した方たちだったのです」
「まあ、それは、すごい偶然ですね」
「そうですね。そしてそんな時にミレア様が私に告白してきた、恋愛感情がないにも関わらず」
ミレアは笑顔を崩さないが、瞳の奥に焦りが見えた。
「これは偶然では片付けられません。ミレア様、最近の一連の事件、何かご存知なのではありませんか?」
部屋の中に静寂が訪れる。
少しして、ミレアが小さく息を吐いた。
「さすがは神童、一筋縄ではいきませんね」
「それでは、やはり何か知っているのですね」
「ええ、黒幕の正体も見当がついております、残念ながら証拠はありませんが」
「ミレア様が私と交際しようとしたのは、私に告白して被害に遭う女生徒が、これ以上増えないようにするため?」
「そこまでお見通しなのですね。それでは誰が、どのような目的で、そのようなことをしているのかはご存知ですか?」
レオンは首を横に振る。
「そこまでは、わかりませんでした」
「レオン様に告白して被害に遭われた女生徒の方々は、私の派閥で保護しました。すると、皆話してくれましたよ」
「ユバ先生は、詳しいことはわからなかったとおっしゃってましたが?」
「ええ、彼女たちなら話せないでしょうね。レオン様、あなたに迷惑をかけないために」
「私に?」
「彼女たちは、涙ながらに語ってくれました。レオン様に近づくなと警告された、と。残念ながら個室越しであったり、書き置きであったりで実行犯を目の当たりにした訳ではありませんが。もしレオン様の名前を出したら、先生方にレオン様が事件に関与していると疑われるかもしれないと思い、話せなかったと言ってました」
「私を……守るために?」
ミレアが頷く。
「ええ、そうです。犯人側も、それをわかっているから、あそこまで大胆な行動に出れたのでしょう」
「でも、そんなことして何の得になると言うのです? 私が女性に好かれるのを嫌う理由は?」
「レオン様、あなたは狙われているのです」
「誰に?」
「一年四組、子爵令嬢のシーラ・スタンデンです」
「たしか派閥を率いていて、ミレア様の派閥と対立している方ですよね?」
「そうです。彼女は周囲の者に、レオン様を自分のものにすると吹聴していました」
「私は物ではありませんよ?」
「そういう娘なのですよ。彼女にとって男は自分を引き立てるためのアクセサリー感覚。他者は自分にとって有益か無益か、上か下かしかありませんもの。そして、相手より上に立って優越感を得るためには、手段を選びませんわ」
「ずいぶんシーラさんについてお詳しいのですね。たしか国は違う筈ですが、以前から交流が?」
「彼女のような方が私の国にもおりまして、以前は友人だと思っていたのですけど……」
そう言うミレアの表情は、微笑んでいるが、どこか哀愁を帯びていた。
「それなら。私と交際したら、今度はミレア様が嫌がらせを受けてしまうのでは?」
「うふふっ、お優しいのですね。ご心配には及びませんわ、私をどうこうしようとする生徒がこの学園にいると思いまして?」
ミレアは公爵令嬢、全学年で家の格が最も高い。
先生からは、この学園内では身分の差は関係ないと言われてはいるが、卒業した後のことも考えると、国が違ったとしても、おいそれと手が出せないだろう。
「シーラさんが自分の取り巻きに指示しているのであれば、嫌がらせを止めさせることをできるのでは?」
「彼女は取り巻きに指示しておりません」
「それでは、取り巻きたちがシーラさんのために勝手に動いていると?」
レオンは、チャゴとトッポがレオンを勇者にするためにカイルの剣の腕を脅威に感じ、嫌がらせをしたことを思い返していた。
「少し違いますわね」
「どういうことでしょうか?」
「彼女は派閥のトップという自分の立場を理解しています、その上で周囲にレオン様をものにすると吹聴したのです。つまり、これはどういうことか分かりますか?」
「そう言えば自分の取り巻きたちがどういう行動を起こすのか分かっていた。そして、もし発覚したとしても自分はいくらでも言い逃れができる」
「そして、その責を負うのは実行犯のみ。自分は安全な位置から人を操り他者を貶める、私の最も嫌悪すべき精神性の持ち主ですわ」
「それなら、私がシーラさんと表面上でも付き合えば嫌がらせは止むのでは?」
「それはお勧めしません。もしレオン様がシーラさんと付き合ったとして、レオン様に好意を寄せる相手が現れたとしたら、彼女はどういう行動に出ると思いますか?」
「取り巻きを利用して排除する」
「そういうことです。それに彼女、親元から離れた開放感からか、結構派手に遊んでおりますわよ? 男生徒のみならず、先生にも手を出したとか」
レオンはその話にドン引きする。
「えっ? それ大丈夫なんですか?」
「学園の規則に、先生と生徒が付き合ってはいけないなんてありませんもの」
「でも、ほら。成人した男性と付き合うってことは、そういう行為もするってことですよね? もし複数人と付き合って出来てしまった場合は困ることになるのでは?」
「それならば心配ありません、レオン様はコンドームという物はご存知ですか?」
「なんです、それ?」
「ここ最近、主に色街で出回っている物です。薄いゴムを男性のアレに装着することによって子が出来ることを防ぎます。避妊具とも呼ばれておりますわ」
「それを使ってシーラさんは遊んでいると?」
「間違いありませんわ、ユネシア商会から彼女が大量に仕入れたとの情報を得ましたもの。それに、それを使用したとしても、確実に防げる訳ではない。行為中に外れてしまったり、破けてしまうこともあるという話も聞きます」
「もしそうなったら……」
レオンの背筋にゾクリと悪寒が走る。
ミレアがニコリと笑みを浮かべた。
「ええ、場合によってはレオン様の子ということにされて、責任をとらされるかもしれませんわね」
ミレアは恐ろしい可能性をレオンに告げた。
「さすがにそれは、人としてどうかと」
「あら、托卵なんて珍しい話じゃありませんよ。二股をかけている方は、どちらの子か分からなければ条件の良い相手を選びます。レオン様は優良物件ですから選ばれる可能性は高いですわね」
「いや、嬉しくないのですが」
「それでもシーラさんと付き合う覚悟があるのでしたら、私は止めませんが」
「いえ、私はまだ父になるつもりはありません」
「ふふっ、賢明な判断です」
(そうなると、今後シーラさんの取り巻きによる被害者を増やさないためには、ミレアと付き合うしか方法はない、ということか)
レオンが考え込んでいると、ミレアが静かに告げる。
「勿論、レオン様が他に好きな方が出来たら、別れて差し上げます。その時は、その方を私の派閥でお守りいたしますわ」
「それでは貴方の名に傷が付くのでは?」
「私、ファルベールでは婚約破棄されていまして、これ以上傷付く名は持ち合わせておりませんの」
「もしや先程、以前は友人だと思ってた方というのは……」
「ご想像にお任せしますわ」
ミレアの提案は悪い話ではない、むしろレオンだけでなく、ミレアの派閥とは関係のない女生徒まで守れるよう立ち回っている。
そうなると気になるのは。
「なぜ、最初から事情を説明していただけなかったのですか? 学園の秩序を保つためであれば、最初からそう言っていただければ良かったのに」
「ええ……でも、これは言ってもいいのかしら?」
(なんだ? ここまで手の内を明かして、何をためらうことがあるんだ?)
レオンがミレアに笑顔を向ける。
「大丈夫です、言って下さい。ここまで腹を割って話をしたんです、滅多なことでは腹を立てませんよ」
「そうですか、それでは……」
ミレアはレオンに美しく微笑みかけた。
「貴方、胡散臭いんですもの」
場の空気が凍りつく。
(はああああああ!?)




