第十八話 新説
夜、男が一人、机の上に蝋燭を灯し、ペンを走らせていた。
犯行内容、手口、時間、場所、被害者、ありとあらゆる情報を書き出し、まとめていく。
「たしかに、これは単独犯とは考えにくい。各クラスの授業内容と照らし合わせれば、全てを一人で行うのは不可能だ」
男は小さく呟きながら、頭の中で内容を整理する。
「となると、それぞれの犯行は関連性がないということか? いや、しかし同じ時期に増えたということは、全く関連性がないとは言い切れない」
それぞれの犯行に共通点がありそうなところを線を引いて結ぶ。
「被害者は全員女生徒。しかし、種族も違えばクラスも違う、一見して共通点はないように見える」
思い付いたことを言語化し、逃さず筆記する。
「今回、被害者がかけられた水は魔法によるものではない。犯行現場の近くにあった清掃用の桶が濡れていたことから、この桶が犯行に使用された可能性は高い」
ペンを走らせる手が止まる。
「女性用の施設に疑いなく出入りできたということは、犯人は女性? いや、共犯者の中に男性もいるかもしれないという可能性は捨てきれない」
ふと、ある共通点が浮かび上がる。
「ん? これは……まさか!」
男が椅子から立ち上がり、ガタン!と椅子から音が鳴る。
「まさか……俺が?」
───
今日は教室で魔法の座学、内容は、魔力量についてだ。
プリヌス先生が生徒に質問する。
「今日の授業は魔力量についてです。誰か、説明のできる方はいますか?」
レオンが颯爽と手を挙げる。
「レオン君、説明して下さい」
「はい、魔力量は生まれた時から決まっていて、ほぼ変わることはありません。魔力のある人は魔法が使え、ない人は使えません」
「素晴らしい、正解です。みなさんレオン君に拍手」
教室内に拍手が巻き起こる。
(ふっ、ちゃんと予習してきたからな、このぐらい当然だ)
「しかし、近年違う説も出てきています」
(なんだそれ? 聞いたことがないぞ)
「みなさん、変に思ったことはありませんか? 魔力量がすでに決まっているなら、魔法を使える回数が一定ではないのはなぜでしょう?」
モモが手を上げ答える。
「体調に左右されるからでは?」
「そうですね、少しの誤差であればその通りなのですが、稀に十回程度しか魔法を放てなかった者が、急に五十回も放てるようになることがあります。これは生まれつき魔力量が決まっているという説では、説明がつきません」
教室内がざわつく。
ミレアが手を上げる。
「それでは、魔力量は増やすことができるということでしょうか?」
プリヌス先生が首を横に振る。
「違います。新しい説は、すべての人に魔力が存在し、その魔力を効率的に運用できるかどうかで魔法の使用回数が変化する、というものです」
「つまり、魔力が十あるとして、一発につき一の魔力を使う魔法を、力を余分に使って二の魔力を使って魔法を使用したら、本来十回使える魔法を五回しか使えない、ということでしょうか?」
プリヌス先生が頷く。
「その認識で合ってます」
レオンは新説の内容を、頭の中で自分なりに整理する。
なるほど、魔法を使用する際、体内で練り上げた魔力を体外に放出して魔法に変換した時に魔力のロスが生じる。
魔法を使用する時に使う杖には、その魔力ロスを軽減して消費魔力を抑える魔法陣が内蔵されているが、それと同じことが体内で魔力を練り上げている段階でも起きている、という理論か。
魔法学校からの転入生、クロノが手を上げる。
「しかし、すべての人に魔力が存在するというのは? 実際、魔法を学んでも、使える人と使えない人がいるのは事実です。私がいた魔法学校でも、魔法を使えない生徒は大勢いました。これは魔力のある人とない人が存在するからでは?」
「クロノ君が魔法を使えるようになったのは何歳の時ですか?」
「十の時です」
「では、その時に何を感じました?」
「何って、体の中に魔力を感じましたが」
「そうです、魔法が使えるすべての者は、体の中に存在する魔力を感じ、その力を操ることで魔法を行使できます。つまり、魔力の有無ではなく、魔力を感じられるかどうかが魔法を使える者と使えない者を二分しているということです」
「それは……なかなか夢のある話ですね」
プリヌス先生がニコリとする。
「ええ、そうですね。いままで才能がないと諦めていた方にとっても光明となるでしょう。ですが、この新説では説明がつかない点も多々ありますし、魔力を数値で図る術がない以上、定説が覆されることはないでしょうね」
人の才能を図ることなどできないということか。
もし、人の才能を数値化できたとしたら、その才能を重点的に伸ばすことができるだろう。
だけど、それで人は幸せになれるのだろうか?
その才能が自分のやりたいことであるならば良いだろうが、他にやりたいことがあったら?
もし、自分にやりたいことの才能がなかったとしたら?
人はそれを効率と呼ぶのかもしれない。
しかし、レオンはたとえ夢が儚く散ったとしても、なりたい自分に挑戦することの方が、人が人として生きる正しい姿だと信じている。
それが、痛みを伴うものだとしても。
「前置きが長くなりましたが、人の可能性は無限大にあるということです。実際、四十過ぎになってから魔法学校に入学して魔法を使えるようになった生徒もいました。まだ魔法が使えない方も、諦めず学べはいつか魔法が使えるようになるかもしれません。自分に関係のないことだとは思わず、勉学に励んで下さいね」
「はいっ!」
生徒一同、頷いた。
魔法の授業終了後、モモがレオンに話しかけてきた。
「レオン様、ちょっとお話よろしいでしょうか?」
「やぁモモさん、今日も毛並みの艶がいいですね」
レオンがモモの黒い毛並みを褒めると、モモは尻尾を左右に揺らし、はにかんだ。
「あ、ありがとうございます。レオン様もいつもお美しいです」
「ありがとう。それで、話というのは?」
「えっと……今日の放課後、ご予定はありますか?」
「放課後は、友達と図書室で勉強会だけど」
「今日の放課後、お時間をいただくことはできないでしょうか?」
(また校舎裏の樹の下で告白か? でも今までモモさんからそういう素振りはなかったけど)
「内容にもよるかな、今ここで話すことはできない感じですか?」
「はい、できれば内密にお話がしたいので、サロンに来ていただきたいのですが」
(内密の話? 他人に話を聞かれたくないということか)
サロンとは、主人が人を招いて会話を楽しんだり、芸術の鑑賞をしたりする、貴族の社交の場のことだ。
この学園では、放課後から夕食までの時間、予約制で部屋を借りることができ、そこでは生徒たちがお茶をしたり、音楽を演奏したりと、自由に使用することができる。
部屋は防音処置も施されているので、他の人に聞かれたくない話をするには、もってこいの場所でもある。
「話をしたいのはモモさん?」
「いえ、違います」
(ということは、モモさんはメッセンジャー。そして、モモさんの所属している派閥から考えると、俺に話があるのはおそらく……)
レオンはモモに笑顔を向ける。
「わかりました、放課後サロンに行きます。友達には、今日の勉強会には参加できないと伝えておきます」
「ありがとうございます、部屋は紅の間になります」
「わかりました」
モモは尻尾を左右に揺らしながら自分の席へと戻った。
(ちょうど俺も話をしたいと思っていたが、向こうから接触してきたか……さて、どうなるか)
レオンは次の授業の準備を始めた。
放課後、レオンはサロンに向かう。
おそらく、レオンを呼んだのはミレアだろう。
今回の一連の事件、レオンは女生徒が関与しているのは間違いないだろうと予想していた。
ミレアは一年生の派閥では最大派閥。
一度、話を聞きたいと思っていた。
(紅の間、ここか)
サロンは学舎とは別棟にあり、部屋の扉の上には、看板が取付けられている。
予約制の部屋とは別に、共同で使用できる厨房もある。
レオンは紅の間の扉を開いた。
部屋の中は、大きめのテーブルと椅子、ソファー、絨毯、カーテンなどの質の良い調度がセンス良く配置されており、部屋には日の光が差し込んでいた。
テーブルの奥の席には、ミレアが座っており、その周囲には、取り巻きの女生徒が五名控えている。
ミレアは席を立つと、笑顔でレオンに話かける。
「レオン様、ようこそお越し下さいました。いま、お茶を入れますので、どうぞ席にお座り下さい」
レオンも笑顔で応える。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。この場をご一緒できることを、大変嬉しく思います」
挨拶を済ませ席に着くと、ミレアの取り巻きたちが、手際よくお茶と茶菓子を準備して、ミレアとレオンの前に運んだ。
「ありがとうございます。私はレオン様と大事な話があるので、みなさんは席を外していただけますか?」
「はい」
「わかりました」
「後ほど部屋の片付けに参ります」
ミレアの取り巻きたちは、一礼して部屋を出ていった。
一瞬、部屋に静寂が訪れる。
ミレアがレオンに頭を下げる。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「いえ、私もミレア様とは、お話したいと思っていましたので」
「まあ、そうだったのですね」
二人で笑い合い、雑談する。
授業の話、テストの話、友人の話、休日の過ごし方など。
「このお茶、いい香りですね」
「ユネシア商会から茶葉を取り寄せましたの」
「各国に支店をもつ大商会ではありませんか」
「ええ、公爵家で懇意にしておりまして、レオン様にもご紹介いたしましょうか?」
「是非」
(さすが公爵家、ユネシア大商会とも繫がりがあるとは)
「それで、お話というのは、レオン様に頼みたいことがございまして……」
(来た!)
「なんでしょうか?」
「レオン様……」
ミレアはレオンの目を真っ直ぐに見据えると、美しい微笑みを浮かべた。
「私と、付き合っていただけませんか?」
ミレアからの、愛の告白だった。




