第十四話 魔法の発動条件
入学から二ヶ月が経った。
本日の魔法の授業は、入学してから初の実習だ。
屋外の魔法訓練場は、石造りの灰色の壁に丸い的。
的の数は五個、中心が黒い円、その外側の円が白で縁取られ、塗装ではなく、その色の石が壁に埋め込まれている。
壁から二十メートル手前に腰の高さほどの木製の台があり、上に五本の杖が置かれていた。
魔法を教えるのは、黒いローブにとんがり帽子、茶色の髪を後でお団子に結んだ熟練の女性魔法使い、プリヌス先生。
勇者学園に来る前は、長年魔法学校で教師を務めていたベテラン教師だ。
最初の授業で生徒の一人が年齢を聞いたが、女性に年齢を聞くものではないと怒られていた。
見た目で予想すると、五十前後といったところか?
「それでは、本日から魔法の実習に入ります。まずは私が手本をお見せします」
そう言うと杖を手に取り、的に向かって杖をかざし、詠唱を始めた。
魔法を使うには、杖または指輪や腕輪といった装飾品などの魔導具を使うが、主流は杖だ。
何故か?
魔導具の内部には魔力を効率的に魔法に変換し、飛距離の向上と、指向性を持たせる魔法陣が描かれている。
なので、小さな装飾品では複雑な魔法陣を描くことはできないし、杖と同等の能力を持たせるには、大きく重くなってしまう。
さらには、装飾品の魔導具に使用される金属、魔鋼は高価ということもあり、性能、価格の両面で杖が選ばれているという訳だ。
ちなみに、魔人族は魔導具を使わないで魔法を行使できるらしい。
一応、人族でも魔導具を使わなくとも魔法を行使できるが、その分、魔力消費量が増えたり、飛距離や精度が落ちたりするので実用的ではない。
弓矢で例えるならば、魔導具は弓のようなものだ。
弓が無くても矢は投げれるが、より遠く、精確に矢を飛ばすには弓が必要になる。
魔法使いが杖を持たずに戦場に出るのは、剣士が剣を持たずに、弓兵が弓を持たずに戦場に出るのと同義なのである。
プリヌス先生は滑らかに言葉を紡いでいく。
「……熱き深紅の血潮、生きとし生きるもの全て、歓喜に唄え」
そして、詠唱を終えると、呪文を唱える。
「ファイアボール!」
直後、杖の先端から火球が放たれ、ドンッ!という音を響かせ、的の中央付近に直撃した。
「おおー!」
生徒たちは感嘆の声を上げ、拍手を送る。
周囲に火の粉が飛び散るが、壁の周囲の床も石造りになっているため、火が燃え移ることなく消えていった。
「このように、高く、左右に伸びた壁があるので、ここでなら魔法を行使しても、被害が拡大することはありません。ただし、ふざけて壁の外を狙ったり、人に向けて魔法を放つことは、危険ですので絶対にしないように」
生徒一同、頷く。
「はい!」
「それでは、魔法が使える生徒は前に出てください」
一組で魔法が使える生徒は、レオンを含めて五人。
神童、レオン・サンライト。
妖精族、コロロン。
公爵令嬢、ミレア・スカーレット。
ミレアの取り巻きの一人、黒い被毛の獣人族、モモ
魔法学校からの転入生、クロノ。
人族で魔法を使えるのは、千人に一人とも言われている中で、三十しかいないクラスに五人も集まったのは、さすが各国から優秀な人材が集まる勇者学園と言ったところだろう。
五人は台の前に立ち、杖を手にする。
コロロンには台が高いので、踏み台が用意されていた。
コロロンが呟く。
「ようやく、退屈な座学から実習に入ったか」
魔法の座学は、魔法の原理、歴史、魔力の使い方、詠唱などを教えられる。
魔法の行使に詠唱を必要としない妖精族にとっては、詠唱の授業は特に退屈だったのかもしれない。
プリヌス先生が声を張る。
「それでは始めて下さい。まだ魔法が使えない方は、見学するか魔導書を読んで詠唱の練習をして下さい」
レオンが詠唱を開始すると、その隣でコロロンが呪文を唱える。
「ファイアボール!」
火球は的の白い円の右上ギリギリに着弾した。
「ちぇ、少し外したか……ファイアボール!」
今度は黒い円と白い円の中間に着弾する。
「ファイアボール!……ファイアボール!……ファイアボール!」
他の四人が詠唱している間に、コロロンは次々と火球を放つ。
プリヌス先生も、研修していた生徒も、唖然とした顔でその光景を眺めていた。
レオンも詠唱を終え、呪文を唱える。
「ファイアボール!」
狙いが逸れ、火球は的の外側、左下に着弾した。
(もう少し右上か)
杖の向きを微調整する。
再び詠唱を始め、呪文を唱える。
「ファイアボール!」
今度は、的の外側右上に火球が着弾した。
(くっ……結構難しいな)
少し杖を動かしただけで、着弾点が大きく動いてしまう。
プリヌス先生が声を掛ける。
「魔力切れになったら次の授業に支障が出ます。疲れたら交代して下さい」
魔法を使い過ぎて魔力切れを起こすと、体調が悪くなり、ひどい時は気絶してしまう。
なので、魔法を使う際は自分の魔力量の見極めも非常に重要になってくる。
敵の前で一人、魔力切れを起こして行動不能になってしまえば、その時点で詰みだ。
レオンは何度も魔法を放つと、少しずつ的に当たるようになってきた。
(よし、いい調子だ)
レオンが十発目の魔法を放つと、その隣にいたコロロンが杖を台の上に置いた。
「ふう……こんな所かな。先生、儂、魔力切れになりそうなので、終わります」
そう言うコロロンの表情は、まだ余裕が感じられた。
「わかりました、それではコロロンさんの抜けたところに誰か入って下さい。まだ魔法が使えなくても構いません」
レオンが一発魔法を放つのに、コロロンは十発ぐらい放っていたので、およそ百回ぐらい魔法を使ったことになる。
三桁も魔法を使用できる魔法使いは少ない。
(コロロンは百回ぐらいか、俺は何回いける?)
いままで家で何回も魔法は練習したが、限界近くまで挑戦したことはなかった。
「ファイアボール!」
ひたすら的に向かって火球を放つ。
すると、モモ、次いでクロノが杖を置き交代する。
(残るは、俺とミレアだけか)
他の交代した生徒も、杖を持ち詠唱するが、魔法を使えないでいた。
(これで八十八回!)
火球が的の中心に直撃する。
「はぁ……はぁ……」
レオンは息切れする。
額に汗が浮かび、体内に感じていた力……魔力が弱まっているのが感じられる。
隣を見ると、ミレアも汗を流しきつそうだ。
プリヌス先生が二人に声を掛ける。
「あまり無理はしないで下さい」
「いえ! まだ行けます!」
八十九回目の魔法を放つ。
(くっ! もうこれ以上は無理だ)
レオンは杖を台の上に置く。
その隣でミレアが九十回目の魔法を放つ。
そして、ミレアも杖を台に置いた。
レオンがミレアを見ると、ミレアもレオンを見る。
ミレアは勝ち誇った瞳でレオンに微笑んだ。




