第十二話 チャゴとトッポ
レオンは寮の自室でチャゴとトッポを待ち侘びていた。
扉がノックされる。
「レオン様、チャゴとトッポ、参りました」
「入って」
扉が開き、チャゴとトッポが入ってくる。
二人は、カイルと同じように顔にはガーゼ、手には包帯が巻かれている。
「やあ、よく来てくれたね」
レオンがそう言うと、チャゴとトッポは顔を見合わせ、深々と頭を下げた。
「レオン様、この度はあの平民からお守りすることができず怪我を負わせてしまい、申し訳ありません」
「我らが不甲斐ないばかりに」
チャゴとトッポは頭を下げたままだ。
「頭を上げて、立ち話もなんだから、椅子に座って話そうか」
「はっ!」
三人は椅子に座る。
チャゴが神妙な顔でレオンに尋ねる。
「それで、大事な話というのは?」
レオンは二人に笑顔を向ける。
「思えばチャゴとトッポとは、腹を割って話をしたことがなかったね、今日は二人と親睦を深めたいと思ってさ」
チャゴとトッポの先程までの固かった表情が綻ぶ。
「レオン様……」
「ありがたきお言葉」
(カイル君が退学を免れるかどうかは、俺にかかっている)
レオンは教室でのユバ先生との会話を思い返していた。
───
「一つだけ……方法があります」
レオンとカイルは顔を見合わせ、ユバ先生に向き直る。
「本当ですか?」
「でも規則があるのでは?」
ユバ先生は頷く。
「はい、たしかに学園の規則と照らし合わせればカイル君は退学になります」
カイルは肩を落とす。
「やっぱり……」
ユバ先生は続ける。
「しかし、それは学園側が生徒に介入したらの話です」
レオンがユバ先生に尋ねる。
「つまり自分たちで解決しろ……ということでしょうか?」
ユバ先生が微笑む。
「ええ、理解が早いですね。そうです、この問題はすでに生徒間で解決済みとし、学園側に介入の余地がないとすれば、学園が退学の判断を下すことはないでしょう」
「つまり、生徒の自主性に任せると」
「そうです、この学園は基本、生徒たちが自分たちで取り決めたり、納得しているのであれば深く介入することはありません。今回、被害にあった生徒全員が、カイル君を許すというのであれば退学は免れるでしょう」
(なるほど、生徒の自主性……それで学園に派閥なんてものがあるのか)
おかしいと思っていた。
世界を救う勇者を育てるという目的のこの学園で、生徒同士争い合い、足を引っ張り合う派閥なんてものがあることに。
たしかに競争することによってお互いを高め合ったり、貴族であれば貴族社会に出たときの予行というメリットもあるだろう。
しかし同時に、自分の派閥を有利にするために、他の派閥の足を引っ張り合って対立するというデメリットも存在する。
むしろデメリットの方が大きいだろうと、レオンは考えていた。
派閥は学園の規則には無い、先生から推奨もされていない。
あくまで生徒たちが自発的にやっていることだ。
「わかりました、私とカイル君で今回被害に合った生徒たちに謝りに行きます。巻き込まれた方の名前を教えて下さい」
カイルが目を丸くする。
「どうしてレオン君は僕にそこまでしてくれるの? 僕は君を殴ったんだよ」
レオンはカイルに笑顔を向ける。
「同じ世界を救う勇者を目指す仲間じゃないか、それに私たち、もう友達だろ?」
「友達……」
カイルは一瞬、寂しそうな表情を浮かべた後、レオンに笑顔を向ける。
「うん、友達だ……ありがとう!」
ユバ先生はそんな二人の姿を、笑顔で見つめていた。
───
レオンの部屋でレオン、チャゴ、トッポの三人は、家のこと、勇者学園での生活、授業のことなど、それぞれ思い思いの話をしている。
(喧嘩を止めようとして巻き込まれた生徒たちには、俺とカイル君で謝罪に行って許してもらえた。あとはチャゴとトッポだけなのだが)
会話が途切れたタイミングで、レオンは今回の件を切り出した。
「ところで、カイル君の木剣、二人が壊したのはなんで? 彼がチャゴとトッポに何かしたのかな?」
「いえ、別に……」
「あんな平民のことなどレオン様が気に掛ける必要など……」
「彼は平民なんて名前じゃない、カイルという名前がある」
二人の表情が凍りついた。
「カイル君はチャゴとトッポに何かした訳じゃない、なんであんな嫌がらせをしたのかな?」
部屋が静寂に包まれる。
「それは……その話はもう良いではありませんか」
「どの道やつは退学になるのです」
「私はカイル君に退学になって欲しくないけど、二人は違うの?」
「あんなやつ、この学園に相応しくありません」
「勇者になるのはレオン様です、あんな身分の卑しい者じゃない」
レオンの目が鋭くなる。
「つまり、カイル君がいたら私が勇者になれないってこと?」
「い、いえ……決してそういうつもりでは」
「ただ我らはレオン様のために」
「私のためにカイル君を退学に追い込むってことは、そういうことでしょ?」
「そうではありません、レオン様が勇者になられることは我ら疑っておりません」
「しかしながら勇者になれるのは学年に一人、不安の芽は早めに摘み取っておくべきだと申しているのです」
「カイル君の剣の腕は私も認めるところだが、私はカイル君に勝てないと言うつもりか?」
「我らは元王国騎士、剣には多少心得もございます」
「その我らから見ても、奴の剣の腕は脅威。これからも成長することを考えれば、今の内に潰しておくのが得策なのです」
「私は実力で勇者になる、そんなことをする必要はない。それに剣の腕だけで勇者が決まる訳じゃない」
「それでもです。今回の件は我らの独断、レオン様にはご迷惑をおかけしません」
「やつのことは我々に任せていただけませんか?」
レオンは首を横に振る。
「それはできないな、チャゴもトッポも、そしてカイル君も私の友達だ。友達が仲違いしているのを、放っておくことはできない」
「友達……あの平民がレオン様に取り入ったのですか!」
「レオン様、付き合う相手は考えませんと!」
「平民じゃない、カイルという名前があると言っただろ。それに随分平民を見下しているみたいだけど、その平民が領地を、国を支えている。貴族は確かに民を守る存在だが、同時に貴族も民に支えられている。そのことを、私たちは忘れてはいけないんじゃないか?」
「レオン様、それは理想論です」
「現実は綺麗事だけではない」
「理想を追い求めて勇者になるためにここにいるんだろ。なぜ二人は勇者学園に入学したんだ? 世界を救うためではないのか?」
チャゴとトッポは言おうかどうかためらったが、少し考え込んだ後、入学した理由を話した。
「実は……我らは勇者になりたくて、ここにいるのではありません」
「我らは、それぞれの父に、いづれ寄親であるサンライト伯爵家の後継者はレオン様になるだろうから、一緒に入学してお支えしなさいと言われて来たのです」
(そういえば、領内でそんな噂が流れたな……勇者になりたい俺にとっては迷惑な話だが)
「そうか、そんな気はしていた」
チャゴが目を見張る。
「驚かれないのですか?」
「寄子の家の、しかも成人して現役の王国騎士であったお前たちが同じ学年で入学して来たんだ。おかしいと思わない方が不自然だろ」
トッポが感嘆する。
「さすがは神童」
レオンは苦笑する。
「でも、それだと当てが外れたんじゃないか? 大方、私が領主になったら重要な役職に就けると踏んだのだろうが、私は領主になるつもりはない」
「はい、我らも最初はそう思っていたのですが考えを改めました」
「チャゴは三男、私は四男。すでに長男が家を継ぐことが決まっているのは、レオン様もご存知ですね?」
「そうだな、私の家も長男のハミル兄様が後を継ぐ」
「それでも、後を継ぐことができずとも、世界を救うというより大きな目標に向かって邁進するレオン様に、我らは憧れたのです」
「我らと同じ境遇のレオン様をお助けして、勇者になっていただきたい。そう思うことはいけないことなのでしょうか?」
「誰かの夢を応援することは悪いことじゃない。だけど、それは他の誰かの夢を壊して良い理由にはならない……チャゴとトッポは、カイル君の事情を知っているのかい?」
チャゴとトッポは首を横に振る。
「いえ」
「孤児になって教会で暮らしていたということぐらいしか」
レオンはため息をつく。
「そうか、カイル君は……」
レオンは話した。
カイルがなぜ勇者学園に入学したのか、あの木剣にはどういう意味があったのかを。
「あの平……カイルにそんな過去が」
「我らにとってはただの棒でも、カイルにとってはこの世に二つとない物だったのですね」
レオンは頷く。
「カイル君は、壊れたものは元には戻らないと言った。だけど、別の道もある」
チャゴが聞き返す。
「別の道、とは?」
「木剣も、傷害事件も、起きてしまったことはどうにもできない。時間を戻すことはできないのだからね。だけど、カイル君が退学を免れることはできる」
レオンがチャゴとトッポに深々と頭を下げる。
「頼む、私は友達を失いたくない、カイル君だけじゃない、チャゴとトッポについてもだ! ユバ先生は、この件を生徒同士が納得できるなら学園側は関与しないと言ってくれた。どうか、カイル君と和解してくれ!」
「レオン様、頭を上げて下さい!」
「しかし、我らは……」
レオンは顔を上げ、覚悟を決めた瞳でチャゴとトッポを見据える。
「もし、どうしてもカイル君を退学にすると言うのであれば……」
チャゴとトッポが息を呑む。
「もし、それで勇者の称号を得たとしても、私にとっては何の価値もない……」
レオンは拳を握りしめる。
「私も……勇者学園を退学する」




