【武の感覚と元騎士団長①】
フレヤにボコられるのが日課になった頃、俺は痛みにも慣れてきていた。
本日も決闘の時間が来る。
門前に馬車が止まる音で、それを察する。
相変わらず心配そうにこちらを見るネロを横目に、木剣を手に取った。この木剣は、フレヤから貰ったものだ。
転生して初めて貰ったプレゼント。
嬉しくて、毎日ヤスリで磨いている。
教会の庭へ出る。
そこにはフレヤと、執事のオスカーが立っていた。
「レキ、今日も始めようか」
「よろしく頼む」
フレヤは、本気を出していない。以前に理由を聞いた。「型の稽古になる」と言っていた。
俺にとっても得るものは大きい。断る理由はない。
木剣を構え、半歩引いた足に力を溜める。
――踏み込む。
「バシン!」
木剣同士が噛み合った。
そのまま前足へ重心を乗せ、胴へ振り抜く。
「――っ!」
避けられた。
だが、想定通り。
返ってきた木剣を半身で受ける。
「バシン!」
再び激突。
フレヤの口元が吊り上がった。
次の瞬間、腕ごと押し潰されるような重圧が来た。
軋む木剣。砕けそうな腕。
それでも、全身の力を腕へ流し込む。
だが、徐々に競り負けていく。
まずい。
そう思った瞬間、重心を崩された。
鋭い突きが腹へめり込み、身体が吹き飛ぶ。
地面を転がりながら受け身を取り、即座に立ち上がった。
ボコられる日々は無駄じゃない。
一番成長したのは、痛みに慣れたこと。それだけじゃない。
視覚が強化され、フレヤの剣筋に慣れてきた。
フレヤの動きを二手三手先まで読める。
――もっとも。
四手目で、決まってボコられるのだが。
その後も何度か立ち合いを繰り返し、休憩に入った頃。
オスカーが静かに近づいてきた。
「フレヤ様の剣筋を、よく見極めましたな」
「あれだけ毎日ボコられてれば、癖も動きの流れも見えてくる。目が慣れたのが大きいな」
オスカーは愉快そうに笑う。
「今後とも、フレヤ様の稽古に付き合っていただきたい」
「フレヤ様の剣を前にすると、皆心が折れますのでな」
初対面で“審問にかける”騒ぎ立てた男とは思えない程の穏やかな口調だ。
……裏があるようにも見えない。
断言するには、まだ判断材料が足りない。
「ああ、こちらこそ。ちなみに、あんたは強いのか?」
オスカーは再び笑った。
「フレヤ様には及びませんが、私は元騎士団長ですぞ」
まさかそこまでの大物とは。
隙のない立ち姿に、今さら妙な説得力があった。
偉そうな執事だと思っていたが、人は見かけに寄らないな。
しかも、その男よりフレヤの方が強い。
まだ子供だぞ、あいつ。
ネロの話では、この国の治安は騎士団によって維持されているらしい。
騎士団を率いていた男、それは願ってもない話だ。
「今度、ぜひ手合わせを頼む」
「承知しました」
オスカーは一拍置き、僅かに眉を寄せた。
「ですが、一つ。レキ様には改めるべき点がございます」
「なんだ?」
純粋な疑問だった。
「目上の方と話す際は、敬語を重んじなさい」
……しまった。
転生してからというもの、前世で身についていた“社会人の敬語”がすっかり抜け落ちていた。
「申し訳ございません。失礼のないよう精進します」
具体案は口にしない。
絶対に面倒な流れになる。
しかし、オスカーは見逃さなかった。
鋭い視線が飛んでくる。
「どのように精進するのですか?」
心の中で舌打ちする。
さすが元騎士団長。
ここは黙って、相手のこれから来るであろう提案を少しでも穏当な方向へ誘導するしかない。
「……だんまりですか。ならば仕方ありません。私が教えて差し上げましょう」
やはり俺を、包囲するつもりだ。
「お言葉は有難いですが、勉学はネロに見てもらっていますので、そこへ付け足す形にします」
これで収まる――そう思った矢先。
「なるほど。しかし、教える者は多い方が良い。“三人寄れば文殊の知恵”とも言います」
……それは、確かにそうだ。
思わず黙り込む。
「……確かに、その通りです」
敬語混じりで返すと、オスカーは、逃がさぬと言わんばかりに頷いた。
……逃げ道は、もう塞がれたらしいな。




