【武の感覚と元騎士団長②】
元騎士団長オスカーとの駆け引きの最中、木剣を肩に担いだフレヤが戻ってきた。
額には汗が浮かんでいる。だが、息はまるで乱れていない。
「何を話していたのだ?」
オスカーが愉快そうに微笑む。
「レキ様の教育についてです」
「へぇ」
フレヤは、面白い玩具を見つけた子供のように歯を見せた。
――嫌な予感しかしない。
「レキ、あまり敬語を使えないもんな」
「うっ……」
即死級の一撃だった。しかも否定できない。
フレヤは当然のように続ける。
「じゃあ剣だけじゃなく、言葉遣いも鍛えないとな」
「勘弁してくれ……」
だが、フレヤは不意に真顔になった。
「でも、レキはすごいぞ」
「……何がだ?」
「私の剣を毎日受けたら、普通は心が折れる」
「折れるほど立派な心がないんだよ」
半分は冗談だ。だが、半分は本音でもあった。
なぜ心が折れないのか。
それは、俺が素人だからだ。
五感の成長が、はっきりわかる。
筋トレのように、積み重ねたものが身体に残っていく感覚があった。
魅せる筋肉ではなく、“使える力”。
それが身についていく感覚に、妙な感動すら覚える。
何より、“相手を倒す”という単純で明快な構図が、妙に性に合っていた。
フレヤは木剣を軽く掲げる。
「何より、レキのその木剣が答えだ」
俺は木剣を見る。
傷だらけのそれは、毎日叩き合ってきた証だった。
生きる術とはいえ、よくやっているな、俺。
だが……それは相手がいてこそだ。
だから、自然と言葉が口をついた。
「……フレヤ、感謝している」
気づけば頭を下げていた。
心からの礼だった。
フレヤの口元が、楽しそうに吊り上がる。
「なら、今度は私を満足させろ」
次の瞬間。
「来るぞ」と思った時には、もう遅かった。
「バゴッ!!」
脳天に木剣が落ちる。
視界が白く弾け、俺は地面へ転がった。
「……今のは、どういう流れで殴った?」
痛む頭を押さえながら尋ねると、フレヤは首を傾げた。
「気合い入れ?」
理不尽だった。
オスカーが、一つ咳払いをする。
「敬語を先程から忘れてますぞ」
フレヤが満面の笑みでオスカーを見た。
「私には、このままがいい」
――フレヤが、あんな風に笑うのを初めて見た
オスカーは、胸に手を当てた。
「承知しました」
なんだその、忠誠の誓いみたいな返事は。
俺は地面に転がったまま空を見上げる。
青い。澄み切った空だ。
フレヤは木剣を肩に担ぎながら、俺を見下ろした。
「レキ、立てるか?」
「脳が揺れた……」
「ふふっ」
また笑った。
最近わかってきたが、フレヤは人が痛がっていると少し楽しそうだ。性格が悪い。
……いや、多分、“丈夫だから平気”と思っているだけなのだろう。
こいつの基準で考えられると困る。
俺は頭を押さえながら身体を起こした。
すると、フレヤがふと真顔になる。
「でも、本当に強くなったな」
「……そうか?」
「最初は、私の剣を見る前に吹き飛んでいた」
それは否定できない。
最初の頃は、何が起きたのか理解する前に、痛みと恐怖で地面へ転がっていた。
だが今は違う。
見える。
読める。
身体が反応する。
もちろん最後には叩き潰されるのだが、それでも“何をされたか”は理解できるようになった。
それは大きな進歩だった。
オスカーも頷く。
「才能というより、“慣れ”ですな」
「ああ。多分、それだ」
フレヤが木剣をくるりと回した。
「なら次は、“緩急”を鍛えろ」
「緩急?」
「レキは受けるのが上手くなったが、攻撃が繋がっていない“点”になっている」
俺は眉をひそめる。
フレヤは木剣の切っ先を軽く揺らした。
「ゆっくり見せて油断させる。逆に、一気に踏み込んで崩す。止める、踏み込む、わざと遅らせる――その差が相手を狂わせるんだ」
……嫌なほど、実戦的だ。
フレヤは続ける。
「剣は力だけじゃないぞ。呼吸、視線、足、癖。相手が嫌がることを押し付け続けるんだ」
――なるほど。
だから、こいつは強いのか。
剣が速いだけじゃない。
常に相手を崩し続けている。
フレヤの真似をするだけでは、一生差は埋まらない。
俺が黙って考えていると、オスカーが感心したように言った。
「フレヤ様は、教えるのも上手いですな」
「そうか?」
「ええ。普通は感覚でやっていることを、言葉にできません」
フレヤは少し照れ臭そうに鼻を鳴らした。
「……レキが鈍いから、説明しないと伝わらないだけだ」
「照れるなよ、顔赤いぞ」
「うるさい」
即答して、顔を見られまいと全速力で教会へと走り去った。
オスカーが、夕焼けに目を細めた。
「そろそろ日が暮れます故、本日はこれにて。また明日にしましょう」
腹が減った。
今頃、ミリアが食事を作っている頃だろう。
ネロも、きっと待っている。
幸せだ。
細い無数の銀の刃が、首をなぞる。
ーー悪い予感は、よく当たる。
「穢らわしき者よ、直ぐにでも殺せる事を忘れるな」
無数の刃は、不自然に消えその頃には、執事はゆっくりと教会へと向かう。
そして、俺だけが取り残された。




