【交差する思い】
フレヤとの激動の出会いの翌日。
彼女は、何事もなかったかのように教会へ現れた。
その背後には、執事のオスカーの姿もある。
もう隠れる必要はない。
俺は正面から庭へ出た。
フレヤは木製の剣を二本、軽く掲げる。
「レキ、稽古に付き合ってくれないか」
唐突な申し出だった。
だが、その手にある木剣を見れば、意味は明白だった。
迷いはない。
「よろしく頼む」
強くならなければならない。
ネロとミリア――家族のような二人を守るために。
ユニティーがないなら、武で補う。
教会の庭。
向かい合い、木剣を構える。
前世で剣を握ったことなどない。
それでも、自然と形は整っていた。
両手で剣を握り、身体の前へ。
片足を半歩引く。
「構えは知っているのだな」
「なんとなくだよ」
フレヤも同じ構えを取る。
少なくとも、間違いではないらしい。
「行くぞ」
「こい」
踏み込む。
振り上げた木剣を、そのまま胴へ叩き込む――はずだった。
「――っ」
鈍い衝撃。
フレヤの剣が、正確に噛み合う。
受けた、のではない。流された。
力が逸れる。
体勢が崩れる。
――まずい。
振り下ろそうとした、その瞬間。
視界が揺れた。
「ドンッ」
腹部に突き。
空気が、一瞬で抜ける。
「あ……っ」
息が、ない。
地面が迫る。
気づけば、数メートル先に転がっていた。
肺が痙攣する。
吸えない。吸い方が分からない。
痛い。
腹の奥を、乱暴に掻き回されるような感覚。
視界の端が滲む。
こんな痛み、知らない。
「立て、レキ」
静かな声。
「そんな事では、何も守れないぞ」
分かってる。
そんなの、分かってる。
怖い。
怖い。怖い。怖い。
死ぬ――
「もうやめて!」
ネロの声。
振り向くと、ミリアも立っている。
ネロの目には、涙が浮かんでいた。
情けない。
また、心配をかけている。
それでも――
「大丈夫だよ」
絞り出す。
「俺は、強くなりたい。だから……今は、自分と向き合わせてほしい」
ネロが言葉を探す。
その肩を、ミリアが静かに押さえた。
何も言わない。
だが、“止めない”という意思だけがあった。
そのままネロを連れて、教会へ戻っていく。
……助かった。
小さく息を吐く。
再び木剣を握る。
震える手に、力を込める。
構える。
呼吸を整える。
「お願いします」
フレヤが、笑う。
次の瞬間、地面を蹴った。
速い。
「今度は、動きを理解してやる」
見えない。
気づいた時には、もう目の前に剣がある。
反射で受ける。
だが――身体が逃げる。
恐怖で、わずかに仰け反る。
「パァンッ」
弾かれた。
重心が浮く。
身体が、空く。
――終わった。
「ドンッ」
二度目の衝撃。
今度は、深く入る。
地面に叩きつけられる。
背中に鈍い痛みが広がる。
痛い。
痛い痛い痛い。
呼吸が乱れる。
視界が白む。
……それでも。
立たなければならない。
痛みから逃げるため、思考を逸らす。
前世。
何も成さず、ただ時間を浪費した日々。
満たされないまま、積み重なっていくだけの時間。
あの虚無。
今は違う。
目的がある。
足掻いている。
考えている。
震える脚で、立ち上がる。
木剣を構える。
口元が歪む。
気づけば、笑っていた。
――痛いのに。
それでも、笑っていた。
覚悟が決まる。
自分の人生を、初めて賭けている。
結果がどうであれ、関係ない。
視界が、冴える。
フレヤの目が、わずかに細まる。
「対等に慣れたなどと慢心するなよ」
小さく、続ける。
「限界を作るな」
「……そういう奴は、もう……見たくない」
ほんの一瞬だけ、表情が陰る。
対等なはずがない。
楽しそうに言うその顔に小さく吐き捨てる。
「……余裕ぶってんじゃねえよ」
ほんの少しだけ。
心に余白が生まれていた。
⸻
少し離れた場所で。
ミリアは葉巻の煙を吐き、目を細める。
「……ああいう顔、初めてだな」
視線の先で、レキが何度でも立ち上がる。
「あんだけ心配かけといて、楽しそうにしやがる」
小さく、笑う。
「ほんと、手のかかる奴だ」
ネロは唇を噛み、手を組む。
祈る指先が、わずかに震えている。
「……レキを、お許しください……」




