【家族会議】
朝の恒例行事。
ネロと並び、創造神様とやらへ祈りを捧げる。
昔、一度だけ祈りを忘れたことがあった。
あの時、初めてネロが怒った。
……いや、怒ったというより、怯えていたのかもしれない。
俺は心の中で適当に祈る。
(創造神様〜俺にもユニティーをくださーい)
どうせ叶わない願いだ。
食事の準備をミリアと済ませ、三人で食卓につく。
今日言わなきゃいけない。
二人に、自分の覚悟を。
息を吸う。
そして迷わないよう、決定事項として口にした。
「なあ、俺は外へ出る」
先に反応したのはミリアだった。
「ああ、いいぞ」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
こんなにあっさり認めるとは思わなかった。
「ミリア、何言ってるの?」
今度はネロだった。
「いつまでもこのままじゃいられないだろ」
「でも、そんなことしたらレキは……!」
ネロの声が震える。
その言葉を遮るように、ミリアが低く言った。
「いい加減にしろ」
教会の空気が一瞬で張り詰める。
「ネロ、お前はもう子供じゃない」
「私達はもう、とっくに矛盾したことをしてる」
「今さらなかったことにはできない」
ネロが唇を噛む。
「それは……創造神様を否定するってこと……?」
「否定してるわけじゃない」
ミリアは真っ直ぐ見つめ返す。
「創造神様の導きだからって、自分の頭まで放り投げるな」
「……っ」
返せない。
そんな空気だった。
ずっと黙って見ていた俺は、口を開いた。
「時には喧嘩も大事なことだと思うぞ」
「喧嘩するほど仲がいい証拠だ」
二人が同時に振り向いた。
「黙ってろガキ」
「今は静かにして」
……息ぴったりじゃねえか。
少しだけ安心して思いを告げる。
「俺は、俺の感情に従う、神が否定してもな」
ネロが息を止める。
「ネロ、今は無理に答えなくていい」
「でも、一つだけ聞かせてくれ」
俺はネロを見た。
「俺は、ここにいない方がいいか?」
ネロの瞳に涙が溜まっていく。
「そんなこと……ない……!」
「絶対に……!」
胸が苦しい、ネロの涙は見たくない。
だけど、ここで目を逸らしたら駄目だ。
「ありがとう、俺に居場所をくれて」
「だけど、ネロが何かを抱え込んでる顔を見るのは辛い、これ以上は、耐えられそうにない」
ネロの目が大きくなる。
隠せてるつもりだったのだろう。
「俺達は、ひとりじゃないだろ」
「だから、感情を隠さないでくれ」
ミリアが頷く。
俺の言葉を引き継ぐように口を開く。
「私達は家族だ」
「誰であろうと、それだけは否定させない」
……本当に。
この人に拾われて良かった。
ネロは涙を拭きながら呟く。
「私は……どうしたらいいの」
ミリアは笑った。
「メソメソするな!」
「お前がしたいことをしろ」
「迷ったら、レキの言う感情ってやつに従えばいい」
ネロが目を丸くする。
「私の……したいこと?」
「ああ」
「創造神様に何か言われたら、その時は言ってやれ」
ミリアはニヤリと笑った。
「これは私なりに、この世界を想った結果ですってな」
ネロは涙を流したまま笑った。
「……私なり、か」
その笑顔は、俺が初めてネロを見た時と同じだった。
柔らかくて暖かい笑顔。
気付けば、あの日のネロが戻っていた。
心の中で、そっと呟いた。
(……おかえり)
ああ。
出会い方が違えば、違う感情を抱いていたのかもしれない。胸の奥に浮かんだ感情は、静かに消えていった。
誰も言葉を発さない。
けれど、さっきまでの苦しさはもうなかった。
――ジッ。
静かな教会に、火の付く音が響いた。
ミリアが葉巻に火をつけていた。
紫煙を吐きながら、俺たちを見る。
さっきまでの空気なんて、最初から無かったみたいな顔だ。
そして――
「お前ら今から、ルグ村の人の様子を見て来い」
「レキはこれに着替えろ」
ミリアがネロの服を指差した。
……ん?
「見習いシスターになれ」
数秒、思考が止まった。
「おい待て待て、これ女もんじゃねーか!?」
ミリアは煙を吐いた。
「当たり前だろ。教会だぞ」
俺は、ミリアに声を荒げた。
「ふざけんなよ、着るわけないだろ恥ずかしい」
ミリアは、葉巻を加えながら俺を睨む。
「おいガキ、こっちは、譲歩してやってること忘れるなよ」
「それ以上、文句言うなら庭で教育し直すぞ」
怖い。
ミリアを怒らせたら、飯抜きどころか一日中正座コースだ。
「はい、わかりました」
女装が確定した。
ネロの顔が視界に入る。
一部始終見ていたネロが笑う。
その笑顔は、俺の世界を暖かく包む。
そんなネロの笑顔と、ミリアのドヤ顔を見比べる。
……なんだこの差。
思わず口元が緩んだ。
ミリアが、不気味な笑みを浮かべながら近づく。
「今、私を馬鹿にしたな」
やばい。
今日の予定は、女装、正座、そして飯抜き。
終わった……。
ユニティーはないし、人権もない。
だが、この先には色づく世界が待っていると思いたい…




