【黄金騎士】
朝日が差し込む前に起き、ネロと共に創造神とやらへ祈りを捧げる。
それが俺の日課だった。
だが、今朝は違った。
荒々しい声で叩き起こされた。
「レキ、起きろ。稽古の時間だ」
フレヤの声だ。
……そうか。
昨日、あいつは教会に泊まったんだった。
「もう少し寝かせてくれ……」
寝返りを打つ。
すると、目の前にネロの寝顔があった。
そういえば昨日、俺はフレヤに寝床を譲ったんだ。
その結果、俺はネロと一緒に寝ることになった。
俺は眠るネロへ、そっと抱きつく。
至福だ――
その瞬間。
ぞわり、と背筋が冷えた。
……圧?
いや、違う。
殺気だ。
振り向くと、フレヤが無言で俺を睨んでいた。
「レキ。起きろ」
完全に目が覚めた。
「わかった。飯食ってからにしよう」
⸻
ミリアの朝食を食べ終えた頃だった。
「レキ、稽古だ」
フレヤが木剣を持ち上げる。
だが、その言葉を遮るように教会の門が開く音が響いた。
来客だ。
扉を開くと、高貴な身なりの男が穏やかに頭を下げた。
「ミリア様、お久しぶりです」
「娘が帰っていないので、何かあったのかと心配しましたが……」
その視線がフレヤへ向く。
「問題なさそうですね」
……父親か。
ミリアが頭を下げた。
「すまない、ヴァイス殿。少々遅くなってしまってな」
「そうでしたか。無事なら何よりです」
ヴァイスは周囲を見渡し、首を傾げる。
「おかしいですね。オスカーの姿が見当たりません」
……そうなるよな。
俺のことまで話されたら面倒だ。
フレヤが前へ出る。
たった一歩。
それだけで空気が変わった。
「父上、ご心配をおかけしました」
「そしてオスカーは、私が解雇しました、己が何者なのか知ってもらうために」
ヴァイスが目を伏せる。
「彼は……ようやく……」
「はい」
「オスカーは、自分自身と向き合い始めました」
そしてフレヤは俺を見る。
「このレキという男が、手を差し伸べました」
……助かった。
原因を伏せたまま、問題にならない形にしてくれている。
ヴァイスは、俺に視線を向けた。
「私はヴァイス・ロンドと申します」
「レキ君。君がオスカー殿を救ってくれたのかい?」
俺は首を横に振った。
「違う、俺が納得できなかっただけだ」
「ただ、自分で選ぶ事を知ってほしかった」
静寂が落ちる。
「彼に必要だったのは、救いではなかったのですね」
ヴァイスは深く頭を下げた。
「心から感謝を」
「レキ君。黄金騎士様のお話を聞いて下さりませんか。」
黄金騎士。
オスカーが心酔していた人物か。
するとフレヤが静かに口を開いた。
「少し昔の話だ」
「あの頃は、黄金騎士様以外、誰もユニティーを持っていなかった」
まて……
ユニティーが無い。
俺だけが異常ではなかった。
フレヤの声色は少し違った。
尊敬――いや、それ以上の感情が混ざっている。
「皆がユニティーを使わずに支え合って生きていた時代だ」
「だが、黄金騎士様だけは違い、ユニティーの力で争いを止め、人々を守り続けた」
俺は黙って聞いていた。
だが――
フレヤの表情が、僅かに曇る。
「……それを快く思わない者もいた」
空気が静かに重くなった。
「王は、自らの威厳が揺らぐことを恐れた」
「そして民も……黄金騎士様を裏切った」
その言葉だけが、妙に静かに響く。
「信じていた者達までも」
しばらく誰も口を開かなかった。
「黄金騎士様を守ろうとした騎士は僅かだった」
「そして四面楚歌の中、命を落とした」
前世でも似た話はあった。
誰かが救い、誰かが恐れ、最後には都合よく切り捨てられる。
「オスカーは、最後まで忠義を貫いた騎士だ」
そうか……
道理であそこまで狂気じみていたわけだ。
そしてフレヤは、静かにヴァイスを見る。
「ロンド家は、黄金騎士様の末裔であり――」
一拍置いた。
「死を与えた家系でもある」
ヴァイスは否定しなかった。
「その褒美として、この地を授かった」
……どこの世界でも、都合の悪い存在は嫌われるらしい。
⸻
情報量が多いな。
ここは、ルグ村。
黄金騎士に、ロンド家の末裔。
王の在り方。
頭の中で整理していると、一つだけ引っかかった。
「……何で今は皆、ユニティーを持ってるんだ?」
俺以外。
ネロもミリアも驚かない。
知っていた顔だ。
ヴァイスが静かに答える。
「黄金騎士様が亡くなられた後です」
「創造神様が願いを聞き届けた、と伝えられています」
「そして我々に、ユニティーが宿るようになりました」
……なるほど。
オスカーが俺を認められなかった理由も、そこにあるのかもしれない。
黄金騎士の理想から外れた存在。
少なくとも、あいつはそう思っていたのかもしれない。
結末には、違和感を感じるが、知らない事が多過ぎるからなのか。
今は、追求しない。
フレヤは上を向いたまま言う。
「私は、黄金騎士様を尊敬している」
迷いのない瞳を、俺に向ける。
「お前、黄金騎士と似てるぞ」
「気をつけろよ、本気で」
フレヤの口角が上がる。
「なら、その時はレキが止めろ」
「お前は、そういう男だろ」
……何を当然みたいに言ってるんだ。
「面倒だ。英雄や騎士なんてごめんだ」
少し間を置いて、ため息を吐く。
「……借りくらいは返すけどな」
安心している顔で、フレヤは笑って俺を見る。
なんだよ……
そして、ヴァイスがこの場にいる全員へ静かに告げた。
「この話は、一切他言無用です」
「黄金騎士様の存在は、一部の人間しか知りませんので」
……無かったことにされているのか。
英雄だったはずなのに。
救ったはずなのに。
残ったのは裏切りと隠蔽だけ。
……嫌な話だ。
俺には関係ない。
そう思うのに、妙に引っかかった。
世界の話はもういい。
これ以上聞くと、腹に影響しそうだ。
そんな事よりも、ネロだ。
笑顔は変わらない。
いつも通りだ。
……なのに、妙に静かだった。
俺は気づいている。
ネロが何かを隠していることに。
理由はわからない。
聞けば話してくれるかもしれない。
けれど、多分そういう問題じゃない。
笑顔の奥に隠しているなら、簡単に触れてほしくないものなんだろう。
だから今は聞かない。
ただ――
俺を肯定してくれて、居場所をくれる奴らだけは守る。
そう決めた。
面倒事になるのはわかってる。
それでも放っておけない。
……やれやれだ。
笑って過ごすだけなのに。
思っていたより、ずっと難しい。




