【転生者は前進する】
フレヤとオスカーの姿は、教会にはない。
教会の中に、夜の静けさが沈んでいた。
音が消えたわけじゃない。ただ、すべてが遠く感じる。最初に沈黙を破ったのはネロだった。
「フレヤ様……大丈夫かな」
「フレヤ嬢のユニティーなら問題ない」
ミリアは短く言い切るが、強い声だった。だが、その奥に焦りが混じっているのが分かる。
オスカーの実力は分からない。
正面からの戦いなら、フレヤが負けるとは思えない。
だが――これは、そういう場じゃない。
だから俺は言った。
「ミリア、俺行くよ」
空気が変わる。
ミリアの視線が一瞬だけ揺れて、それから鋭く刺さった。
「お前が行って何が変わる」
怒鳴り声だった。
だが怒っている相手は俺じゃなく、自分自身を殴っていた。
「そうだよ、レキ……お願いだから」
ネロが腕にしがみつく。
細い指が、離れまいとするみたいに強く力を込める。
その温もりが、少しだけ思考を鈍らせる。
頬がこわばって動かない。
それでも無理矢理にでも口角をあげる。
「フレヤだけに任せる訳にはいかないだろ」
ミリアの声が跳ねた。
「駄目だ……っ!」
そして、すぐに察した。
「レキ、それは……お前を一生蝕むぞ」
その言葉は、脅しではなく事実だろう。
息を吐く。
「その苦しみを、フレヤに押し付ける訳にはいかない」
沈黙。
ミリアはもう何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
ネロの指が、俺の服を握りしめる。離れないように、必死に。
なのに俺は、また二人に背負わせようとしている。
胸の奥が締めつけられる。
それでも言葉は出た。
「俺は大丈夫だ。……二人とも、愛してる」
それが、嘘じゃないことだけは分かっていた。
ネロの手を外し、強く握られた指を、一本ずつゆっくりほどく。
離れる瞬間、指先の力がゆっくりと失っていった。
振り返らない。
振り返れば、何かが終わる。
――そのとき。
「……行かないで」
絞り出すような声だった。
「……行かないで」
小さく息を呑んで、続ける。
「帰ってきて……ね」
ネロの突き刺す声に足が止まる。
ミリアは歯を食いしばったまま、しばらく動かなかった。
それから、ようやく吐き出すように言った。
「……行け、レキ」
数秒の沈黙。
初めて、自分の意思でその扉に手をかける。
重い。
軋む音が、やけに大きく響いた。
その向こう側から、冷たい夜気が流れ込む。
白い月光が、床に線を引いていた。
内と外を、はっきりと分ける境界。
守られるだけだった少年が、その線を越える。
そして――
世界が、ひらいた。




