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クラスメイトの箱入りお嬢様が、私の百合ラノベのネタになるまで!  作者: 沢谷 暖日
第3章 月江雫という女の子

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第46話 現実の告白は、意外とあっさりしていたりする

 あれから梓さんを説得するのに、かなりの時間を要した。

 雫ちゃんも『二度と家に来なければ、今回の愚行を見逃します』と言ってくれたので、ひとまず安心である。(二度と月江家にはこれなくなったけど)

 今日はどこかへ出かけようかという話も出ていたのだけど、朝のドタバタでごっそりと体力を削られた私たちは、お互い部屋でゆっくりと過ごすことに決めたのだった。


 ◆◆◆


 梓さんの自室に戻り、昨日の夜のようにベッドに背を預けて床に座る。


「もう、梓さんの家には来れなさそうだね」

「……はい。私が説得して、また合宿できるようにします」

「また合宿したいの? いや、私もしたいけどさ……」

「あ、次は。その……暴走しないよう気を付けるので……」


 そう言って俯く梓さんの頬は、またほんのりと赤く染まっていた。


「…………」

「…………」


 ……なんだか、ちょっと気まずい。

 いくらなんでも、朝からあんなえっちなことをしてしまったのはやりすぎだった。

 私なんかが、梓さんにボディタッチしてごめんなさい。

 でも梓さんも、私ならって思ってくれてたんだよね。

 なら、気まずく思う必要ないのかな。

 だって取材だし。(免罪符)


 とはいえ、黙りこくっていると変な湿度のある空気が漂ってきて居心地が悪い。

 私はえいやっと、適当な話題を振ることにした。


「そ、そういえば梓さん。私の本って、どこにあるの?」


 適当な話題ではあったが、気になっていたことではあった。

 ぐるりと部屋を見渡すも、壁際に鎮座する大きな本棚にはそれらしい本は無い。

 あるのは難しそうな哲学書や、分厚い専門書。まぁ厳格で立派なお家柄っぽそうだし、ラノベなんて堂々とは置けないんだろうけど……。

 なんて思っていると、梓さんは本棚へと向かった。


「佐倉先生の本はですね──」


 そして本棚の下段。

 ハードカバーを数冊、スッと手前に引き抜く。


「わっ」


 すると、その奥にぽっかりと隠しスペースのような空間が現れた。

 さらに奥の背板に見えていた部分は、精巧なカモフラージュのダミー板だったらしい。

 私の本がそこに並んでおり、一番目立つ特等席に『カナリアの毒』と『落ちこぼれ貧乏貴族』の第一巻が置かれていた。あれはたしか、私が書いてあげたサイン本二冊だ。

 今こうして見返してみると、めちゃくちゃ拙いサインで恥ずかしい……。


「すごい。なんか厳重ってか、からくり屋敷みたい」

「はい。ここなら、絶対に家族に見つかりませんから」


 ふふっ、と梓さんは少しだけ誇らしげに笑う。

 そしてサイン本の横に大切そうに保管されていた、小さな木箱を取り出した。


「ここには、先生からのファンレターへの返信も置いてあるんです」

「えっ」


 梓さんが木箱を開けると、そこには見覚えのある便箋が入っていた。

 そっか。私が初めて手書きで貰ったファンレターに、嬉しくて同じように手書きで長文の返信をしたためたんだっけ。出版社経由だったから、名前とかは分からなかったけど。


「せっかくなので読み上げますね」

「読み上げなくていいよ!?」


 なんて書いたかなんて完全に忘れてしまった、が!

 あれを書いたのは、本を出版したばかりの中学二年の頃だ。『現役中学生作家』という肩書を得て浮かれていた自分は、とんでもないポエムで返信した気がする!

 ……でも、待てよ。中学二年って、考えてみれば結構前の出来事だ。

 じゃあ梓さんって、デビュー作の超初期から私のこと応援してくれてるんだな。

 なんかそれ以外の衝撃が色々ありすぎて、若干の今更感があるけど。


「……でも、すごいね。そんな初期からのファンと、こんなところで同級生として知り合えたのって、ものすごい確率じゃない?」

「はい。本当に、奇跡みたいですね」


 梓さんは便箋を愛おしそうに木箱に戻し、くすっと笑った。

 偶然どこかの本屋で本を手に取ってくれたから、今、こうして繋がっている。

 あれ、でも梓さんの家って厳しいから、ラノベって読めないはず、だよね。

 『カナリアの毒』だって純文学よりの文体とはいえ、ラノベレーベルからの出版だ。

 隠し本棚を作っているくらいだし、やっぱりバレたら怒られそうなものだけど。……いやまぁ家が厳しいって言うのも、あくまで私が勝手に想像しているだけで、直接聞いたわけでは無いし……普通に考えて本くらいは自由に読む権利はあるだろう。

 私がそんなことをぼんやりと思っていると、梓さんがふと、独り言のように呟いた。


「今、こうして来栖さんと一緒にいられて……すごく、嬉しいです」


 本を隠しスペースに戻す彼女の横顔を、窓から差し込む陽光が柔らかく照らしている。

 そのあどけない表情に、嘘偽りのない純粋な好意が滲んでいた。


「……そう言って貰えて、よかった」


 私なんかが、とは正直思う。

 けど梓さんにとったら、そうではないんだよね。

 『佐倉わか』というフィルターを通した言葉でもあるかもしれないけど、その好意の矢印は、今ここにいる私自身にも向いている。

 なんだかようやく、その好意を素直に受け止められるようになってきた。


「…………」


 ふと見上げた時計の針は、もうすぐお昼を指そうとしている。

 気まずい空気はとうに消えて、休日らしいのんびりとした時間が流れていた。

 最近読んだ本のことや、学校の他愛ない話など、ぽつぽつと穏やかな雑談を交わしている中で、梓さんが会話の流れを考慮しないように、こんな問いを投げてくる。


「来栖さんって、恋人いますか?」


 ……なんでまた急に、そんなこと。

 突然な問いだったので、私は思わず素っ頓狂な声で聞き返す。


「私に? 恋人が?」

「……はい」

「えっと……私にいると思う?」

「いる……かも」

「いないよ!?」


 いたとしたら、昨日と今日でとんでもない浮気をしていることになる……!


「逆に梓さんは……前にいないって言ってたっけ」

「はい。いません」


 梓さんはフルフルと首を横に振ると、さらに一歩踏み込んだように問うてくる。


「では、誰かに好かれたことはありますか?」


 恋人なんて、私のこれまでの陰の人生で出来たことなど一度もない。

 でも、誰かに好かれたことは……一応ある。が、あまり思い出したくない記憶だ。

 なので曖昧に濁そうと口をもごつかせていると、ふと、あることを思いだした。


「あ、そういえば、好かれてるとは違うかもしれないんだけど、私のファンがいるんだよね。鶴高に。あ、佐倉わかのね」

「えっ? 私以外に、ですか?」

「うん。少し前にDMが来てて、私も初めて知ったんだけどね」

「えー。そうなんですね」


 相手は美鳥というユーザーネームの同じ鶴高生だ。

 純粋に応援してくれるのはありがたいのだけれど、ちょっと距離感がおかしいというか……少し前のメッセージで、私が鶴高生であると特定していきているのだ。

 いい人そうではあるが……もし、正体がバレでもしたら幻滅されるに違いない。

 だから何を言われても返信をしないよう、最近はDM見ないようにしていた。

 けれどこうして話題に出してしまった手前、気になって久しぶりにツイッターのアプリを開いてみる。と──そこには、未読を知らせる通知が光っていた。


「わ……DMきてる」

「なんてきてましたか?」


 私の呟きに、梓さんが気になったのか身を乗り出してくる。

 私は梓さんから少しスマホの画面を逸らし、そっと最新のメッセージを覗き込んだ。

 怖いメッセージが届いてないといいけど……。


『佐倉先生。この前は、いきなり連絡をしてしまってすみません! 舞い上がってしまって、先生を怖がらせたこと、とても反省しています。ただ、どうしても一度だけ、直接お会いして先生の作品への感謝を伝えたかったんです。もしこれ以上のご迷惑でなければ……数分で構いません! お話する機会を頂けませんか? 厳しそうでしたら、これで最後の連絡にします! これからも頑張ってください!』


 ……あれ。想像していたよりも、ずっと丁寧な文章だった。

 これなら、少しだけであれば会ってお話ししてみてもいいかも……。

 いやいやダメだ。会った瞬間に、顔に出されずとも『なんか想像と違うのきちゃったぁ……』と、相手の抱いている幻想をぶち殺す未来しか見えない。


「うーん……会って感謝を伝えたい、みたいなことが書いてたけど……」

「だ、ダメですからね!」


 私が言い終える前に、梓さんが強い口調で遮ってくる。


「ネットでしか知らない相手と会うのはよくないと思います! いくらいい人に見えても、とんでもない犯罪者かもしれませんからね!」

「う、うん。会わないよ。大丈夫」


 梓さんの思いがけない剣幕に押されながら、私は苦笑いで頷く。

 それに、と私は続けた。


「私、ネットでのキャラが現実と違い過ぎるし」

「そうなんですか? 私、先生のSNSは見たことが無くて」

「よし。じゃあ一生見ないままでいいよ。うん。それがいい」

「え、なんでですか。見たいです。見せてください」


 梓さんが、ぎゅっと私の袖を引いてくる。

 見れば、きらきらと期待に満ちた、純度百パーな瞳が私を射抜いていた。

 ……そんな目で見られて断れるほど、私は鋼の意志を持っていない。

 私は観念したように溜息を吐くと、アカウントの画面を開き、梓さんに手渡した。


「……まじでいいもんじゃないからね」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうにスマホを受け取った梓さんは、早速スマホの画面をスクロールし始めた。

 そして、一番上にある最新の投稿を無慈悲にも綺麗な声で読み上げる。


「えっと……『今日はギャルの友達とスタバの新作飲んでからカラオケ!』……え。このギャルの友達というのは。御船さん?」

「あ、嘘だよ。その日は、水筒のお茶とか飲んでた」

「……あ。で、ではこの『原宿歩いてたらまたスカウトされたんだけど~。執筆あるから無理って断っちゃった(笑)』というのは……?」

「あ、嘘だよ。原宿ってなに? 草原の宿みたいなの? スカウトって? ドラクエ?」


 さっきから、なんだこの承認欲求モンスターは。

 誰のアカウントだ?

 え、私? これが……私……?


「……じゃあこの『昨日はモデルの子たちと、ナイトプール! 夜景綺麗すぎた~』というのは──」

「わあああ!! これ以上はダメ!!」


 耐え切れなくなった私は両手で顔を覆い、そのままベッドの上に突っ伏した。


「……シテ……コロシテ……」


 今のが……私?

 嘘を吐き過ぎて、後に引けなくなった悲しき怪物。それが……私?

 と。目の前の現実に悶絶していると、頭上から梓さんの声が降ってくる。


「なるほど。ブランディングというやつですね」


 ドン引きされる覚悟で恐る恐る顔を上げると、梓さんはスマホを眺めながら、至って真面目な顔で頷いていた。


「たしかに『現役の華やかな女子高生』というのは、作家として大きな武器になります。先生の直近の華やかな明るい作風とは非常にマッチしたアカウントですし、読者もより一層この人の本を読んでみたいとなるはずです」

「あ、梓さん……!」

「でも、現実の来栖さんとは、全然違いますね」

「あ、梓さん……」

「私は、現実の来栖さんの方が素敵だと思います」

「あ、梓さん……!」


 たった数秒の間に、私の情緒が乱高下される。

 でも落として上げてくれるの好き……ありがとう。

 だけど嘘投稿もやりすぎはよくないな、と思わされる。

 これからはできるだけ現実的な嘘を吐いていこう。と意気込んだところで、梓さんはスマホから目を離し、スッと私の方へと向き直った。

 その瞳の奥には、どこか切実な色が滲んでいて──。


「……でも。それだけ素敵なんですから、きっと、モテているはずです。そのファンの方も、現実の佐倉先生を見たら、恋に落ちるに決まっています。だから会って欲しくないです」

「えぇーそれは色眼鏡だよ。私、いいとこ一つもなくない?」

「顔がいいです。優しいです。声もいいです」

「それ、梓さんの特徴じゃないの?」

「いえ、来栖さんです」


 照れ隠しでおどけてみたが、梓さんは至って真剣だった。

 そうか。私、顔いいのか。うっかり勘違いしそうなんだけど。

 梓さんといると、かなり自己肯定感が上がって健康にいいなと思う。


「……ありがとう。なんか、面と向かって言われると照れるね」


 少し熱くなった頬をごまかすように、ふいっと顔を逸らす。

 視界の端で梓さんが小さく微笑んで、部屋に心地よい静寂が降りてきた。

 何かを待つような、不思議な沈黙。それに誘われるように、私はそっと視線を戻す。


「────」


 窓から差し込む柔らかな陽の光が、梓さんの華奢な輪郭を淡く縁取っていた。

 いつもはきっちりと編み込まれた黒髪も、今は滝のようにまっすぐと落ちている。

 その黒の隙間から覗く、透き通るような白い首筋。メイクなんて一切していないはずの肌は、触れれば溶けてしまいそうなほどきめ細かくて、あどけなさすら覚える。

 知的な銀縁の眼鏡の奥で揺れる、濡れたような瞳が私を見ていた。

 そのまま薄紅色の唇をゆっくりと開くと──。


「好きです」


 ぽつりと。


「…………」


 けれど。

 部屋の空気は、確かに震えた。


「えっ、えー? えへへ、嬉しいなー。ありがと」


 不意打ちすぎる言葉だったが、じんわりと胸が温かくなる。

 佐倉わかという作家に対するファンとしての好き。あるいは、新しくできた気の合う友人としての好き。その真っすぐで、嘘のない好意の形が嬉しくて、私の頬は緩んだ。

 なんだか顔を見ていると、また顔を逸らしてしまって、まともに目も合わせられない。


「私も梓さんのこと、すっごく好きだよ。可愛くて、優しくて、私の小説もたくさん読んでくれてて。……あと、小説のネタになってくれてるし! いやこういうと、なんだか都合の良い相手みたいになっちゃうけどさ、ともかく、私も大好き!」


 そんな風に無難に纏めてみる。

 でも梓さんの反応は、思ってたのと、全然違くて。


「私は初めて見た時から、顔がいいなと思っていました。そしたらたまたま、小説家さんだったというだけです。他の人とは、違います」

「……うん? 私も、梓さんのことは、一目見て可愛いなって思ってたよ」


 なんとなく、違和感。

 どこかが致命的に噛み合っていない。

 私が曖昧に笑って首を傾げていると、梓さんは少しだけ身を乗り出してきた。

 そして彼女はそっと手を伸ばし、袖口をきゅっと小さな指で握りしめてくる。


「……私は、来栖さんを見ています。佐倉先生のことだけじゃ、ないです」


 逃げ場を塞ぐような熱っぽい視線。

 おかしい。このトーンと、距離感。考えられるのは。


「これも……取材?」


 私はすがるような想いで尋ねた。


「違います」


 ぴしゃり。私の都合の良い逃げ道を、梓さんは短い言葉で断ち切る。

 じゃあ、なんだと言うのだろう。取材でないのなら、今、梓さんは何を考えている?

 分かる。もう理解している。でも、咀嚼できなくて、飲み込めない。

 跳ねた心臓は、着地点を見失っていた。


「好きです」


 私も、梓さんのことは好きだ。

 でも明確に違う。もう、分かってる。

 つまるところ。これは──。


「私……好きでもない人に、身体を触らせたりしませんから」


 告白だった。

 私は今、告白されている。好きだと言われている。

 友愛とかそういうんじゃない、恋愛対象に向ける好きだ。

 どこで好きになった? 私のどこが、そんなによかった?

 フラグが足りてないと思う。告白のムードじゃ無かったと思う。

 決定的な伏線なんて、ここまでどこにもなかったはずだ。

 だって水族館の時は、取材とはいえ私の告白を断ったじゃないか。

 でも、そんなの。現実においては、全く意味を為さなくて。

 ラノベみたいに完璧な人間だと思っていた梓さんも、私と同じ人間で。


「……私と、付き合いたいの?」


 震える声で絞り出した声にも。


「はい」


 容赦なく、彼女は頷くのだった。

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