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クラスメイトの箱入りお嬢様が、私の百合ラノベのネタになるまで!  作者: 沢谷 暖日
第3章 月江雫という女の子

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第47話 無関心の対義語

 愛の対義語は無関心らしい。

 誰かがそう言っていたのを唐突に思い出した。


 ◆◆◆


 実はここまで全て手の込んだドッキリで、いきなりクローゼットの中から雫ちゃんが『ドッキリ大成功!』と書かれたプラカードを持って突撃してきてくれた方が、まだ信じられるというか、正直言って、そっちの方が遥かに現実味があった。(傷付くけど)


 ──梓さんは、私のことが好き。


 分からない。私のどこが、そんなによかったのか。

 顔がいいって言われたけど、今はメイクもしてないし、いいわけがない。

 でも……これまでの梓さんの行動を振り返ると、どこか腑に落ちてしまう部分もある。

 嫉妬しいだったり、手繋いだり、お泊まりしたり、ちょっとえっちなことをしたのだって、全部、私のことが好きだから。で、全て筋は通ってしまう気もする。

 だからと言って、納得なんて到底できそうにもないけど。


 そういえば梓さんと初めて話した日。

 私は梓さんに告白されたと勘違いしてしまったことがある。

 でも今されたのは、勘違いじゃない。本当の告白。

 あの時は、正直ネガティブな感情が湧いていた。

 だって、私なんかがうまくやれる自信がないから。

 付き合う責任を負えないから。

 答えを後回しにするのは、よくないから。

 でも今は違うくて。


 ──梓さんと付き合ったら、きっと毎日が楽しい。


 それは分かる。

 まだ数週間の付き合いで何が分かるのかって感じだけど。

 梓さんは優しくて、真面目で、一緒にいてすごく心地がいい。

 けれどまだ、私の気持ちは分からない。少なくともまだ、好きじゃない。

 多分、好きにならない。好きになるわけがない。だってこれまで、そうだったから。

 それでも。できるだけ梓さんの気持ちには応えたかった。

 だから私は──。


「……うん。分かった。じゃあ──」


 付き合おうか。と、言いかけて──。


「ですが、付き合ってとは言いません」


 梓さんは、私の言葉を遮るように静かに首を振った。


「私の気持ちが来栖さんに伝われば、それでいいんです」


 …………えっ。

 私はポカンと口を開けたまま、瞬きを数回繰り返した。


「え、ま、待ってよ。私、嬉しい。すごく、嬉しいよ?」

「……はい。そう言って頂けてよかったです」

「だからその。私、付き合ってもいいって思ってるよ? ていうか付き合おうよ、ね?」


 なんで。


「あ、梓さん。嬉しいよ。ほんとに、私、嬉しいからさ」


 やばい。なんか私、めっちゃ必死になっちゃってる。

 でもほんと、なんで? もしかして今、遊ばれてる?

 いや梓さん、すごい真剣な表情だし……そうは思いたくない。けど。


「……ご、ごめんなさい。私、あんな風に言っておいて」

「いや。え……あの。付き合おうよ。てか、付き合ってください」

「その。……ごめんなさい」


 ちょっと待って。

 ……なんか私がフラれた感じになってる!?


 ◆◆◆


 それからの数時間は、生きた心地がしないほど気まずい時間を過ごした。


「来栖さん、ここの英語の構文なんですけど」

「あっ、はい! えっとそれは、過去分詞の形容詞的用法で……」


 しかも、気まずいと思っているのは、どうやら私だけらしい。

 梓さんはさっきの告白なんてまるで無かったみたいに、けろりとしている。

 今は部屋のローテーブルに向かって、持ってきた学校の課題を一緒に解いていた。

 梓さんの横顔をちらと盗み見ても、そこにはいつもの優等生の表情があるだけ。

 昼前の逃げ場を塞ぐような熱を帯びた瞳が、まるで嘘のようだった。


 なんで、梓さんは、私と付き合えないんだろう。


 好意を伝えておきながら、付き合う気はないという矛盾。

 でも、私にとってはそれでよかったのかもしれない。

 好きになる確信もないまま付き合う罪悪感もやはりあるし。

 それに、梓さんは色眼鏡を抜きにしても、クラスで一番可愛い。

 そんな美少女と付き合ったら、私に奇異の目が向くかもしれない。

 恋愛ってそういうもんだ。誰かしらが、必ず傷付くようにできている。

 陰キャがこの世界で正しく生きるためには、空気を読むことが一番重要だ。

 余計なことをしてはいけない。何が起きても静観しなければならない。

 今がどれだけ退屈で不幸でも、何もしなければこれ以上の不幸はないから。

 私は中学時代、それを学んだ。だからこれでよかった。

 私と梓さんは、このままで。

 作家とファンで。

 ただのクラスメイトで。

 きっと、よかったはずだ。


「…………」


 窓の外には、いつの間にか燃えるような夕焼け空が広がっていた。

 時計を見れば、夕方の五時を回っている。遠くの空で、カラスが鳴いている。

 もう、お別れの時間だった。


「じゃあ、二日間ありがとう。また学校でね」


 玄関でスニーカーの紐を結びながら、私は努めて明るい声を出す。

 顔はまともに見れない。私は今、どんな顔をしているのだろう。

 そして梓さんは今、何を考えて、どんな顔で私を見送っているのだろう。


「はい。……その、送りましょうか? 家まで」

「いやいいよ! ありがとね」


 顔を上げず、片手を軽く振る。

 梓さんと視線を合わせないように、わざと目を細めて笑った。

 奥の廊下から雫ちゃんの視線を感じたけど、気のせいということにする。

 ガチャリ。と重厚な玄関のドアが閉じて、私は溜めていた息をはぁっと吐き出した。

 夏のぬるい空気が、じっとり肌を撫でていく。

 これから近付く本格的な夏に、少しうんざりした。


「…………」


 月江家から最寄り駅までは、徒歩で十分弱。

 そこから電車に乗って数分揺られれば、私の家の近くの駅に着く。

 でも、歩いて帰ることにした。だってそうでもしないと、余計なことばかり考えて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、パンクしてしまいそうだったから。


 一歩。また一歩と、アスファルトを踏みしめて歩き出す。

 そのうちに自然と早足となって、気付けば地面を強く蹴っていた。


「……はっ。はっ」


 息が上がる。

 肩に掛けたバッグが、走る度に身体を打つ。

 でも今は、その重みも痛みも、全く気にならなかった。


 私は、梓さんのことが好きじゃない。


 きっとそうだ。

 私は、恋愛一つで絆されるような人間じゃない。

 好きと言われたから、私も好きかもなんて思うほどちょろくない。

 第一、好きってなんなんだろう。どういう感情なんだろう。

 一緒にいてドキドキすること? 触れたいと思うこと?

 確かに梓さんといると、たくさんドキドキする。

 彼女の匂いや、体温に、頭がくらくらする。

 それが好きってことなの?


 小説ではもっと簡単に、好きを表現できた。

 ヒロインの顔を赤くして、胸に手を当てて、高鳴る鼓動を意識させでもして、綺麗な言葉を並べて都合のいいシチュエーションを用意すれば、彼女の好きを伝えられた。

 でも、現実は違う。名前の無い感情が渦巻いている。

 苦しくもある。息ができなくもある。泥臭くもある。

 複雑な伏線も、劇的なイベントもないのに、どうしようもなく心が振り回される。


 ──かん、かん、かん、かん。


 思考を、踏切の警報音が掻き消すように鳴る。

 けれど、頭にこびりついた梓さんの声も、手首に残る感触も、簡単には消えない。

 降りる遮断機。すれ違う少年の笑い声。誰かの自転車のブレーキ音。地面を蹴る靴音。

 見慣れた日常の風景が、音の濁流となって通り過ぎていく。

 もう家は近い。一体、どれだけ走ったんだろう。

 ブラウスが、汗で肌に張り付いて気持ちが悪かった。


 ようやく辿り着いた自宅のドアを乱暴に開ける。

 靴を脱ぎ捨てて上がると、美波がスマホを片手に廊下を歩いていた。


「あ、おかえりお姉ちゃん……って、どしたの。そんな汗掻いて。顔真っ赤だよ」


 私は無言のまま、美波の横を通り過ぎる。


「って無視かい。お泊まりだったんでしょー? 楽しかったー?」


 背後からの美波ののんきな声を置き去りにして、自分の部屋に飛び込む。

 バタン。とドアを閉めて、内側から体重をかけて鍵をかけた。


「おーい、開けてよ。おみやげはー?」


 こんこん、とドアがノックされる。

 扉を背にして座り込み、私は美波の侵攻を防いだ。

 まだ心臓はドキドキしている。走った後の、動悸だったのかもしれないけど。


「……違う。きっと、私は……違う」


 愛の対義語は無関心らしい。

 誰かがそう言っていたのを唐突に思い出した。


 でも私は、それは違うと断言できる。

 だってそうなると、無関心の対義語も愛ということになって。

 私は──梓さんが好き、ということになってしまうから。

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