第39話 制服百合えっちでも始まりそうな雰囲気
一階へ降りてバスルームに向かうまでの間、私は本当に迷子になりそうだった。
ぴかぴかの長い廊下に、美術館にでも置いてありそうな立派な絵画。
照明な少ない廊下にちょっと不安になりながらも、いざ辿り着いたバスルームも規格外に広くて、小さな温泉旅館にでも来たかのような気分にさせられてしまう。
備え付けの高級そうなシャンプーからは、梓さんと同じ上品な甘い香りがした。
体を洗いながら、私は持参したシェーバーで、なんとなく腕やうなじの産毛を入念に整えてしまった。さらにボディミルクを全身に塗りたくって、念入りに洗い流す。
……だって、えっちなことがあるかもしれないもんね。
万が一。ほんとに万が一、触れられたりした時に、変な匂いがしたり、肌がチクチクしたりしたら困る。万が一。ほんとに万が一。
お風呂から上がり、脱衣所の鏡の前に立つ。
映るのは、湯気で少し上気したいつもの冴えない私。
ドライヤーで髪を乾かしながら、自分の顔を見つめて思わずため息が漏れる。
こんな私があの美少女と……と考えると、変な汗をかきそうになった。
火照りを冷ますように首を振り、持参した鶴高の夏服へと袖を通す。
パジャマがあるのに、なんでお風呂上りに制服なんだろう。
やっぱり疑問は拭えないけど、今はただ心臓の音がうるさい。
「…………」
ひんやりとした静かな廊下を、足音を忍ばせて二階へと戻る。
お風呂上がりで体はぽかぽかしているのに、手足の先は緊張のせいか冷たい。
ゆっくりと歩いたはずなのに、梓さんの部屋の前にはすぐに辿り着いていた。
すーはーと呼吸を整えてから「よし」と頷き、意を決してドアを開く──。
「お、お待たせ……!」
──が。
「って、あれ?」
梓さんの姿はすぐに見当たらなかった。
よーく部屋を凝視すると、すでに梓さんの姿はベッドの中にある。
私の声にも応答は無いので、これってもしかして……。
「……梓さん、寝た?」
足音を忍ばせて、丸くなった毛布に囁いてみる。
「いえ……起きてます」
毛布の中から聞こえてきたのは、とろけるように眠たそうな声だった。
時計を見れば夜の十時前。確かに梓さんなら寝る時間かもしれない。
「……眠い?」
「眠くない」
眠そう。
てっきり待ち構えられているものかと思って緊張してたけど、杞憂だった。
緊張の糸がぷつんと切れる音がして、私の方にも眠気がやってくる。
梓さんが寝ているなら、私が起きる理由も無かった。
しかし制服から着替えるのは面倒くさい。
私もこのまま制服で寝て、シワは明日の夜にでもアイロンがけしようかな。
「まだ明日もあるし、今日は寝る? 明日、たくさん話そう?」
「んー……」
夢見心地の、ひどくふわふわした返事。
よし寝よう。
「じゃあ、おやすみ?」
「眠くない」
とは言われるがやはり眠そうなので、私はそっと毛布をめくって、隣へ身を滑らせた。
シーツの擦れる微かな音が響く。
潜り込むと、すぐ隣から梓さんの高い体温と甘い匂いがじんわりと伝わってきた。
「……」
聞こえるのは穏やかな呼吸音。
横目に映るのは端正な顔立ち。
やっぱり、可愛いなと思った。
「……おやすみ、梓さん」
部屋の電気はつけっぱなしだった。
でも私の方にも、心地良い眠気がやってくる。
瞼を閉じれば、すぐにでも眠りに就けそうだった。
「…………」
私の呼びかけに返事は無い。
その事実を確かめて、私はゆっくりと瞼を閉じた。
──その時。
毛布の下で、梓さんの手が私の手に触れた。
寝返り……をしたわけではなさそうで、少し違和感が残る。
その刹那、明らかに意図的に、梓さんの手が私の指先をなぞった。
指の一本一本を確かめるように、ぎゅっと絡めとってくる。
「……?」
隣の気配が大きく動く。
思わず目を開くと、梓さんがくるりと身を反転させて、私の上に覆いかぶさった。
手を器用に握ったまま、両脚で私の腰を跨ぐようにして馬乗りの態勢になる。
「えっと、梓さん……?」
手を離したかと思えば、それは私の胸のあたりに運ばれた。
上から覗き込んでくる梓さんの綺麗な黒髪が、さらりと零れ落ちる。
髪は無造作に私の頬を撫でて、梓さんはそれを耳にかけた。
そして明らかにされるのは、眼鏡を外した彼女の素顔。
制服の隙間から覗く白い肌と、荒くなった吐息。
私の寝ぼけた頭が、強烈に覚醒してゆく。
「……えっちなことの取材、しましょう?」
降ってきたのは、いまだ眠たげで、とろんとした色気を帯びた声。
「このための、制服ですから」




