第38話 制服姿で何かが始まりそうな雰囲気
これはあくまで持論として聞いて欲しいんだけど、作家という生き物は、あらかじめ自分で組んだ『創作のためのオリジナルデッキ』の中から、適切なカードをドローして使用し、文章を構築している。
そのデッキを構築するのは、創作論や語彙、或いはテンプレ展開のアイデアだ。
自分で構成したその山札の中から、状況にぴたりと合ったカードを選び、それらを繋ぎ合わせて一つの物語を作っていく。そして時には、新しいカードを手に入れるために、本を読んだりして、より強い語彙を表現を入手していくのだ。
ただ、そうやって新しいカードをデッキに入れるとなると、当然『同じ役割の古いカード』と入れ替えなきゃならない。ポケモンが五つ以上のワザを覚えられないみたいなもので、忘れてしまった後に、前のワザの方が使いやすかったことに気付いたりする。
人間の脳のキャパには上限がある。
だから結局どれだけ頑張っても、一度に引き出せる語彙には限度があるのだ。
つまり、何が言いたいかというと。
もしこの後、私の脳のキャパを大きく超えるような、とんでもなく刺激的な経験をしてしまったら──明日から私の作家デッキが完全に上書きされ、激エロの語彙しか使えない官能小説家になってしまう可能性があるということだ!
──閑話休題。
『──例えば、えっちなことの取材とか』
そう告げた梓さんは、直後にお風呂に向かった。
一人残された私は、床にごろんと寝転んで天井を仰ぐ。
えっちなこと……えっちなことかぁ……。
そっかぁ……。
「えっちなことってなに……!?」
ようやく理解してきたけど、えっちなことをしようって言われたんだよね!?
やばい。どうしよ。何するんだろう。思い浮かぶのは……やっぱり、キス、とか。
いやいやいや! キスは恋人になるまでしちゃだめだし、そもそもクラスメイトとの初お泊まりでいきなりキスなんて、展開が早すぎる。これが小説だったらもう少しクッションを挟まないと! なんか前もこのパターンあった気がするけど!
……いやでも、キスでなければなんだ?
ほんとに私なんかが、梓さんとえっちなことをしてもいいのか?
私としては梓さん相手なら、全然取材にもなるし構わないんだけど、梓さんは無理をしていないのか。それだけがちょっと引っかかっている……。
「……緊張する」
私の身体にはまだ、梓さんのハグの残滓があった。
背中に回された腕の感触を思い出す。やっぱり信じられないくらい柔らかくて、細くて、少し扱いを間違えれば繊細なプラモデルみたいにボロボロに壊れてたかもしれない。
……あと、私と同じで胸が無いのも好印象だ。全人類皆、ちっさいのがいいよ。
ちらりと視線を横に向ける。
そこには、セミダブルサイズのベッドが一つ。
梓さんは当然のように、一緒に寝る気でいるらしい。
私はてっきり床に何か敷いて寝るものだとばかり想定していた。
こんないい匂いのするベッドで、あの梓さんと横に並んで寝る。
そしてその前に『えっちな取材』が待ち受けている。
どくどくと、動悸が激しさを増して。
手持ち無沙汰に部屋を見回す──と、ガチャリ。
不意に、部屋のドアが開く音がした。
「お待たせしました」
小さな湯気と共に、梓さんが現れて、私はぱちくりと瞬きをした。
てっきりパジャマ姿で帰ってくるものとばかり思っていたけど。
しかし、そこに立っていた梓さんの服装は──。
「え……制服?」
そう。なぜか、制服姿だった。
しかし、いつもの隙の無い着こなしとは違う。
ブラウスの第一ボタンは外され、ネクタイはゆるく解かれていた。
ドライヤーをかけたばかりの黒髪はまだわずかに湿り気を残し、おさげ髪ではなく、さらりと下ろしていた。普段の知的な印象を与える眼鏡もない。
ほんのりと上気した白い肌が、パリッとした制服の生地から覗いていた。
それは、パジャマ姿なんかより、ずっと艶めかしい。
「今日は……制服、持ってきていますよね?」
梓さんが、潤んだように見える瞳で、私を見た。
その視線に射抜かれ、私は首を縦に振ることしかできない。
「来栖さんも、お風呂どうぞ。上がったら、制服に着替えて戻ってきてください」
まさか今から学校に行くとか……そんな訳はないとして。
一体梓さんは、今から何をする気なんだろうか。




