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クラスメイトの箱入りお嬢様が、私の百合ラノベのネタになるまで!  作者: 沢谷 暖日
第3章 月江雫という女の子

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第36話 月江さんの妹

 夕刻。

 私は迎えに来てくれた月江さんと、彼女の家へと向かっていた。

 ちなみに夕食は、お互いに家で済ませてきている。


「もうすぐ着きますよ」


 電車には乗ったものの、駅から少し歩いた住宅街の奥まった場所にその家はあった。

 というか距離感だけでいえば私の家から全く遠くない。なんなら徒歩で行ける距離だ。

 まさか月江さんの家がこんなにご近所だったなんて……。


「ここが、月江さんの家……」


 見上げた先にあるのは、家というより邸宅と呼ぶべき豪邸だった。

 高い生垣に囲まれた洋風の立派な外観。

 アイアンワークの美しい門扉の奥には、手入れの行き届いた広い庭が続いている。


 そんな圧倒的な外観を前に、私は内心で少しだけ焦っていた。

 今日は今朝からずっとパソコンの画面と睨めっこしていたのだ。

 穂乃果をモデルにした新しいヒロインを書き進めてみたものの、キャラ自体は立っているのに、いまいち現在のメインヒロインを脅かすほどの脅威になり得ていない。

 月曜日に編集さんとの打ち合わせが控えている。なんとかこの取材合宿で、キャラを固めるための何か決定的な要素を掴まなければ……!


「上がってください……!」


 ガチャリと重厚なドアを開き、月江さんが緊張した様子で私を招き入れる。

 私は訳もなくきょろきょろと目線を泳がせながら、その敷居を跨いだ。


「おじゃましまーす……」


 その刹那。月江家の玄関が目に飛び込み、私は思わずごくりと喉を鳴らした。


「で、でかい」


 家の外観から想像はついていたけど、玄関から無駄にでかい。

 うちの家の三倍以上はありそうだ。床も大理石みたいでピカピカしている。

 そんな豪邸のスケール感に圧倒されつつ、恐る恐る靴を脱ごうとすると──。


「おかえりなさい、お姉様」


 背後から月江さん以外の声がした。

 見れば奥の長い廊下から、一人の少女が足音もなくやってきている。

 たしか月江さん、妹いるんだよね。名前は──雫ちゃん、だったかな。

 中学二年生らしくて、前に電話で何か揉めている会話を聞いたことがある。


「ただいま、雫」


 しかしやはり月江さんの妹だ。めっちゃ可愛い。

 ただ、姉の月江さんがどこか儚げで穏やかな雰囲気を持っているのに対し、妹の雫ちゃんは輪郭がくっきりとしていて、気の強さが前面に出ているような印象を受ける。

 艶やかな黒髪も、姉の長い髪とは違って、肩口で綺麗に切り揃えられていた。

 ……それにしても雫ちゃん、月江さんのことお姉様って呼ぶんだ。

 なんだか……すごくお嬢様っぽい響きである。

 恐らく彼女が、月江家のお嬢様担当なのだろう。(適当)


「……こんばんは」


 じっくり観察していると、雫ちゃんの視線が私に移る。

 その視線にハッとしたように私は「こんばんは!」と返して二の句を継いだ。


「月江さんの友達で……来栖若菜って言います。よろしくね?」


 私はカチコチに緊張しながら、なんとか笑顔を作って挨拶を絞り出す。


「……お友達、ですか」


 しかし、雫ちゃんは私の挨拶にはすぐには応えない。

 冷たい瞳のまま、私の顔から足元までをジッと観察してくる。

 ……なんだろう。私、不審者とでも思われているのだろうか。


「えっと……」


 その刺さるような視線にたじろいでいると、不穏な空気を察知したのか、月江さんが慌てたように私たちの間に割って入ってきた。


「そ、それじゃあ雫。私たち色々やることがあるから、部屋に行くね」


 月江さんは私の背中を軽く押して、逃げるようにこの空間を突破しようとする。

 が、しかし──。


「お姉様は、ここで待っていてください」


 有無を言わさぬ冷たい声が、広い玄関ホールに響いた。

 ぴしゃりと姉の逃げ道を塞いだ雫ちゃんは、つかつかとこちらへ歩み寄ってくる。


「来栖さん、でしたよね」

「は、はい」

「少し、ついてきてください」


 雫ちゃんは私の腕をぐいっと、力強く掴んだ。

 ……え? なんで私!?


「あ、あの……雫ちゃん? どうしたの?」


 私の質問も虚しくスルーされ、雫ちゃんにずるずると連行されてしまう。

 そのまま廊下の先にある両開きのドアを開き、一つの部屋へと押し込まれた。

 ここは──リビングだろうか。ふかふかの巨大なソファやら、壁掛けのデカいテレビが鎮座しており、あまりに規格外の広さに、一瞬なんの部屋かと困惑してしまう。


 ──ばん。


 私が豪邸のスケールにぽかんとしていると、背後で扉が閉ざされた。

 ビクッとして振り返ると、扉を背にして完全に退路を塞いだ雫ちゃんが、まるで取り調べを行う刑事のような冷たく鋭い視線で、私を真っすぐに射抜いていた。


「単刀直入にお聞きします」


 一切の愛想を削ぎ落とした、絶対零度の声。


「あなたは、お姉様とどういった関係なのでしょうか」


 なんとなくデジャブだ。

 穂乃果の妹さんにも、似たような質問をされた気がする。

 まぁ穂乃果とか月江さんみたいな綺麗な子が、私みたいな芋を連れてきたのだ。

 早く畑に返してこいと思われるのも仕方がない。

 私は心を無にして、雫ちゃんに答える。


「お友達だよ」

「お姉様に友達なんていません」


 即答されてしまった。


「月江さん学校じゃ人気者だよ。多分、たくさん友達いるんじゃ──」

「人気者かもしれませんが! お泊まりするような仲の友達はいなかったはずです!」

「そうなの?」


 確かに月江さん、私を初めて家に上げるらしいけど……。


「はい! だから、急に見ず知らずの人を連れてくるなんて怪しいんです。……それに、最近お姉様の様子が変なんです!」

「……変?」


 唐突な言葉に、私は思わずオウム返しにしてしまう。


「はい。最近は不自然に門限を破ることが増えてきました。先週は『水族館に生態調査に向かう』という謎の名目で出かけたようですが、その日以来、不意に一人でにやにやしたり、かと思えばずーんと暗い表情になったり……。あんなの、まるで恋です!」


 雫ちゃんが、ビシッと私を指さす。


「誰かにたぶらかされているんです! あなたの容姿とオーラからして、まさかそんな訳はないと思いましたが、ですがきっと──!」


 ──バンッ!


「す、ストップ!!」


 その時。待ったをかけるように、リビングの扉が勢いよく開いた。

 すぐ外で聞き耳を立てていたらしい月江さんが、顔を真っ赤にして飛び込んでくる。

 そして、見たこともない俊敏さで雫ちゃんの口を塞いだ。


「…………」


 私、悪口言われてたな。


「お、お姉様! 離してください! やっぱりこの人がお姉様を変にしたんですね!」

「違うから! ねぇ雫、待って! 来栖さんはただのお友達だから!」


 おぉ私、月江さんにとってただの友達なんだ。

 月江さんの口からそれが聞けて、少し感動を覚える。

 これで月江さんを友達だと堂々と言えるようになったぞ。


「ただのお友達とお泊まりなんてしません!」


 いや、多分する。

 女子高生は割とお泊まりするのだ。分かんないけど。


「雫はなにか勘違いしてる! 来栖さんには、ただ学校でいつもよくして貰ってるだけで……!」

「顔を真っ赤にするくらい必死なんですね! また成績が落ちても知らないですよ!」

「……っ、成績のことは関係ないよね!? ともかく、本当にただのお泊まりです!」


 月江さんがこれまでにないくらい口調を荒らげて反論している。

 確かに『取材合宿』と言う訳にもいかないので、説明が難しい……。

 というか月江さんと雫ちゃんって、家じゃいつもこんな感じなんだろうか。

 あまりにレア顔なので、この光景はしっかり目に焼き付けておこう。


「く、来栖さん、とにかく部屋にいきましょう……!」

「お姉様! またちゃんと説明して貰いますからね! 来栖さんにも!」


 ◆◆◆


 雫ちゃんの言及から逃げるように、月江さんの部屋へと連れてこられた。

 で、案内された月江さんの部屋も当然のように広い。

 ただ、豪邸のイメージから勝手に天蓋付きのベッドなんかを想像していたけど、大きな本棚にシンプルなデスク、落ち着いた色合いのベッドと、女の子らしい落ち着いた綺麗な部屋だ。


「荷物、置かれてください。重かったですよね」

「ううん、大丈夫。さっきは焦ったね……」

「はい。来栖さんのことを説明するのに、大好きな作家とは言えませんし……。家族にはライトノベルを読んでることがバレたら、どう思われてしまうか……」


 そっか。月江さん、ラノベ読んでることも隠してるんだったっけ。

 私も何かフォローするべきだったかなと内省していると、月江さんは、ふぅと深く息を吐き出して、申し訳なさそうにこちらを振り返る。


「雫が失礼なこと言ってすみません。びっくりしましたよね?」

「いやー、びっくりはしたけど。元気な子で、可愛いなって思ったよ」

「可愛いですか? 私よりも……?」

「取材もう始まってる? 月江さんとは別ベクトルの可愛さ、かな?」

「……そうですか」


 その返答から不意に部屋が静まり返り、小さな沈黙が落ちる。

 やがて月江さんは何かを言いたげに「あの」と、もじもじと指先を絡ませる。

 少し恥ずかしげに視線をさまよわせた後、上目遣いに私を見て、願うような口調でこう言った。


「この家では、私のことは梓って呼んでくれませんか?」

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