第33話 キスをする夢
私の部屋の中には、放課後らしい斜陽が差し込んでいた。
目の前にいるのは月江さん。いつも通りの制服姿のはずなのに、どこか雰囲気が違って見えた。少しだけ熱を帯びたような、艶やかな瞳が私をじっと見つめている。
「……若菜」
月江さんは、ひどく甘い声で続けた。
「キスって、したことある?」
唐突な問いかけ。
当然、キスなんてしたことない。
「ない、よ」
私が首を横に振ると、月江さんは小悪魔っぽい意地悪な笑みを浮かべる。
「きっと、若菜のいい小説のネタになるよ」
言い訳のように呟く月江さんは、その白い手を私の頬に伸ばした。
長いまつ毛に縁取られた美しい瞳が、すぐ眼前に近付いてくる。
ほのかに甘いシャンプーのような匂いも連れてきて──。
「…………」
月江さんの柔らかい唇が、私の唇に重なった。
そのまま何度も、場所を確かめるように唇で突いてくる。
口端から漏れる吐息がやけに熱っぽく、私の体温が上がった。
制服のリボンはいつの間にかするすると解かれて──。
「若菜、デートよりすごいことしたいって、言ったから」
頬に当てた手を、そのままなぞるように首筋へ、そして──。
◆◆◆
「つ、月江さんそこは──っ!?」
ガバッ。と勢いよく上体を起こす。
「え……あれ……?」
目の前に月江さんはいない。
それどころか、ここは部屋のベッドの上だ。
窓の外からは斜陽とは程遠い、朝の陽ざしが降り注いでいる。
「ゆ、ゆめ……?」
私、月江さんとキスをする夢を見た……?
いや目が覚めなければキス以上のことをしていたかもしれない。
ていうか熱い。全身が火照って、パジャマの下には汗をびっしょりかいている。
「…………私、え。なんでこんな夢」
冷静になりきれない。
だって、ただの同級生だ。どうして同級生の女の子とそんな……。
私はほとんど無意識にスマホを掴み、ブラウザを起動して『同姓の友達 キス 夢占い』と打ち込む。検索結果のトップに出てきたサイトを開くと──。
『愛されたいという欲求の表れ。もしくは、心の中でその人物に好意を抱いている』
「え、えぇ……?」
私、月江さんのこと好きだったんだ。
ってそんなわけないだろ! たしかに昨日の夜はあんな甘い電話はしたけど!
あれは不可抗力というか、ただ単に月江さんが眠くて変になってただけだから!
やばい。思い出すと顔が熱くなってくる。私、好きって言われたんだよね。
でも、好きと言われたからって、キスの夢を見るのは……変?
いや……変だよね。
「あーーもうーーーー」
両手で顔を覆い、ベッドの上で悶絶する。
夢とはいえ申し訳ない想いが結構ある……。
でも夢の中の月江さん、正直かなり可愛かった。
私のこと若菜って呼んでくれたし。
……まぁでも、夢の中でいくらことが進もうが、現実は何も変わらないわけで。
つまり結局のところ、ここ数日、肝心の小説の執筆は全く進んでいない。
だけど沢山の経験もしたし、きっと今日からは筆も乗ってくるだろうな!(慢心)
ともかく、早く学校いこう。
その前にシャワー浴びようかな……。
◆◆◆
鶴高に登校し、教室に入る。
と、すぐに穂乃果が声をかけてきた。
「おはよ、若菜! 昨日はありがとね! めーっちゃ楽しかった!」
「おはよう。こっちこそは昨日はありがとう……いや、ほんとに」
昨日のゲーセンでの出来事を思い出して、私はぺこぺこと頭を下げる。
「いいっていいって!」
「ほんとありがとう。……あ、そういえば、恋愛に進展はありそう?」
私が小声で尋ねると、穂乃果は少しだけ照れたように笑った。
「んー、今はね、その子に送る文面を考えているところなんだー」
「お、そっか。がんばってね。またよければ進捗、教えてよ」
「もち! ていうか若菜くらいにしか話せないし、むしろ話かけまくるから!」
穂乃果がにかりと人好きのする笑顔を浮かべて親指を立てる。
と、その時。私の制服が、ちょんちょんと背後から軽く引っ張られた。
驚いて振り返るとそこには──丸い眼鏡の、ふわふわおさげ。
「あ、月江さんおはよ」
私の代わりに、穂乃果が軽く挨拶をする。
「おはようございます。御船さん。……来栖さん」
透き通るような声。凛とした佇まい。
そこには昨日の夜の甘々具合が嘘のような、いつもの完璧な月江さんの姿があった。
なんだかあのやり取りが遠い昔のように感じるけれど、多分まだ半日も経っていない。
「お、お。おはよう。つ──あず……月江さん」
ここで唐突に今朝の夢の内容まで思い出してしまった。
昨日のことも変に意識してしまうしで、私はたどたどしく噛んでしまう。
そんな私の不審な様子を、月江さんは静かな、けれど射抜くような瞳で見つめてきた。
そして一言。
「来栖さん。……今から、校舎裏に来てください」




