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クラスメイトの箱入りお嬢様が、私の百合ラノベのネタになるまで!  作者: 沢谷 暖日
第2章 御船穂乃果という女の子

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第26話 放課後のパンケーキ

 私と穂乃果は電車を数本乗り継ぎ、駅前の中央街へとやってきていた。

 休日のような人だかりの中、立ち並ぶテナントの隙間を縫うようにして歩く。

 穂乃果の歩くペースは意外と早く(たぶん私が遅い)歩幅を揃えるのに必死だった。

 陽キャってただ歩くだけできびきびしててすごい。なんて謎の感心を抱きながら歩いてると、ふと穂乃果が思い出したように口を開く


「そういえばさっき、月江さんと何話してたの? なんか慌てたみたいだったけど」

「え──」


 急な名指しに一瞬、足が止まる。

 さっきのやり取りの内容を聞かれていた──わけじゃなさそう?

 たぶん、単に私の慌てていた様子を不思議がっただけ……だろう。


「あいや、昨日LINE返し忘れてたから、その謝罪? みたいな?」

「ふーん。月江さんとLINEするんだ。……思ったんだけどさ、最近若菜と月江さんって仲良さそうじゃない?」

「え、そう見える?」

「うん。月江さんって、あんまり特定の子とべったり仲良くする子じゃないから珍しいなーって思って」


 穂乃果はあっけらかんと笑う。

 ……そうなんだ。月江さん、普段はそんな感じなんだ。

 あまり深く気にしたことは無かったけど……なのに私とは結構密接に関わってくれて……いや、思い上がりなのは分かってるけど、やっぱりそれは素直に嬉しい……。

 頬が緩みそうになるのをおさえていると、いよいよ人通りの多い大通りに出た。


「このあたりは混んでるねー」


 視界は一気に開けて、喧騒が鼓膜を打つ。

 すれ違う人々の年齢層は様々だが、やはり時間帯もあって学生の姿が目立つ。

 身に着ける制服は多種多様で、もしかしたら知り合いが紛れ込んでるかも……。

 そう思うと心臓が嫌な音を立てて、私は無意識のうちにきょろきょろと首を振っていた。


「若菜? どうかした?」


 私の挙動不審な様子に気付いたのか、穂乃果が横から顔を覗き込んできた。


「い、いや。ちょっと知り合いに会わないか不安でして……」

「えっなにそれ! 若菜おもしろすぎ! 別に会ってもよくない?!」


 今の面白いのか。お笑いって難しいんだな。

 あと会ってもいいなんてことはないぞ……!

 知り合いには会わなければ会わないほどいいと、陰キャの中ではされてる!

 と、ともかく、これ以上この話題を掘り下げられるのは心臓に悪い。

 私はいたたまれなさを誤魔化すように、先から浮かんでいた疑問を投げてみた。


「あ、あの、そういえば穂乃果。私たち、今はどこに向かってるんでしょうか?」


 すると穂乃果は「えっとねー」と歩調を緩め、空いた手でスマホを取りだす。


「ここ!」


 画面をスワイプして私に見せてきたのは、インスタのリール動画だった。

 どうやらカフェの宣伝動画らしく、画面中央には大きなパンケーキが映っている。


「近くに新しくオープンしたカフェがあるんだー。ここのパンケーキ、インスタで見てからずっと食べたくってさ」

「おぉ、すごい……美味しそう」


 動画のパンケーキは本当に美味しそうだった。

 フォークを入れると、分厚い生地がぷるぷると揺れている。

 パンケーキって現実に存在するんだな。学生のうちにお店のパンケーキを食べる機会があるとは思っていなかったので、架空の食べ物かと思っていた。


「っ──と」


 歩きながら動画のパンケーキにすっかり気を取られていた私は、ふいに前方から歩いてきた同年代の集団とぶつかりそうになってしまった。

 慌てて肩を引いて道を譲る。が、立ち止まったその一瞬の拍子に、絶え間なく流れる人並みに遮られ、穂乃果との距離が少しだけ開いてしまった。


「あっ」


 人混みに流されそうになって、短い声が漏れる。

 すると少し先を歩いていた穂乃果が歩みを止め、こちらを振り返った。

 人波に飲まれかけた私を見つけると、彼女は呆れたように、けれど優しげな笑みを浮かべてスッと手を伸ばしてくる。


「よそ見してたら、知り合い見つける前に私とはぐれちゃうよ。ほらいこ!」


 言うが早いか、穂乃果は私の右手を握って、ぐいっと引っ張った。


「えっ、わっ穂乃果!?」

「さぁいこー! 目的地はすぐそこだよ!」


 突然手を繋がれて、私は間の抜けた声を上げてしまった。

 いや手を引っ張られなくても流石に一人で歩ける……!

 そう抗議しようとしたものの、繋がれた手の熱に私の意識は奪われた。


「ほ、ほのか……」

「んー、どうしたの?」

「いや、なんでもない。けど……」


 ……穂乃果の手、月江さんの手とはまた違った感触がする。

 月江さんの手が白くてすべすべとした繊細な柔らかさだったのに対して、穂乃果の手は、少しだけ力強くて、春の太陽みたいにぽかぽかとした柔らかな温かみだった。

 同じ女の子でも、人によって手を握る感触や温度がこんなにも違ってくるらしい。

 ……よし、これは小説の参考になりそうだ。

 私はぐいぐいと引っ張られながらも、脳内の創作メモに書き留めた。


 ◆◆◆


 手を引かれたまま辿り着いたのは、駅ビルから少し離れた裏通りにあるオシャレなガラス張りのカフェだった。

 扉を開けるとふわりと甘いメープルの香りに包まれる。

 店内は白と木目を基調とした洗練されたデザインで、私たちと同じ高校生や大学生のカップルでにぎわっていた。

 私の場違い感がすごい。

 穂乃果の影に隠れよう。


「いらっしゃいませ!」


 そわそわして入り口で固まる私をよそに、穂乃果は慣れた様子で店員さんに案内され、奥の二人席に腰を下ろした。私もおずおずと向かいの席に座る。


「今日は私から誘ったし、奢るから好きなの頼んでよ」

「いいの?」


 穂乃果はにかりと、白い歯を見せて笑う。


「もちろん! 決まらなかったら一緒にパンケーキ食べよ」

「えっでも穂乃果、バイト禁止なのに頑張って働いてるんでしょ? パンケーキなんて高価な──ていうか全部高いな……。全然、自分で出すよ」


 私がメニューの強気な価格設定を凝視しながら遠慮がちに訴えた。

 わざわざバイト禁止の高校で、リスクを背負ってまでバイトをしているのだ。

 何か深刻な家庭事情があるのだろう。だとしたら貴重なお金を使わせるわけには……。


「いいっていいって! じゃあパンケーキ二つと、ミルクティー二つで!」


 しかし私の遠慮など意に介さず、穂乃果はさっさと店員さんを呼んで注文を済ませてしまう。結局、押し切られる形でごちそうになってしまった。


「ありがとう……穂乃果」

「ぜんぜんいいよー! ていうかそういう約束だったし!」


 私がぺこぺこ頭を下げると、穂乃果は人好きのする笑顔を見せた。

 そして「そうだ!」とハッとしたように、パンと手を合わせる。


「私がバイトしている理由、まだ話してなかったよね?」

「あ……うん。そうだけど、話したいことでなければ全然」


 店員さんが背を向けた後、不意に振られた話題。

 借金とか、親の看病とか、ヘビーな事情だったら迂闊に踏み込んではいけないと思い、私は慌てて予防線を張った──が、どうやらそういう感じでは無さそう。


「いや別に、シリアスな理由じゃないよ。全然……その、俗っぽい理由で」

「俗っぽい理由?」


 予想外の言葉に、私はきょとんとオウム返しする。


「うん。好きな人のために、もっと自分磨きしたいなって思って。でも、コスメも服も美容室も結構金かかるじゃん? お小遣いだけじゃ全然まかなえなくてさ。それでバイト」


 好きな人……。

 その言葉に、胸の奥がほんの少しだけざわついた気がした。


「……穂乃果にも、好きな人っているんだね」

「ちょっと、私のことなんだと思ってるの! そりゃいるよー」


 あまり他人の恋バナを聞かないから、なんとなく新鮮に感じる。

 いや、それどころじゃない。カースト上位のリアルの女子高生の恋バナ……。

 ってこれ、もしかして小説の創作にめちゃくちゃ役立つのでは……!

 私の心の作家魂がふつふつと沸き上がり、思わず食い気味に尋ねる!


「ど、どんな人なの!」

「えっちょ、どんな人って……!?」


 穂乃果は少し面食らったように目を瞬かせたあと、照れ隠しのように俯いた。


「んー……今の私、を作ってくれた人、かな」

「今の穂乃果を? それって、その明るい、ギャルっぽい感じってこと?」

「そう! はい、これだけー! これ以上は説明しません!」


 ぷいっ。と、穂乃果は耳まで赤くしてそっぽを向いてしまった。

 なんだかこれ以上は聞けそうにない。続きはまた今度、少しずつ聞き出そう……!


「でもすごいね。好きな人のために努力できるのって、かっこいいと思う」

「……なに。嬉しいこと言ってくれるじゃん」


 穂乃果はそっぽを向いたまま、少しだけはにかむように口を綻ばせた。


「…………」


 ふと会話が途切れた。

 穂乃果は窓の外を、ぼーっと眺めている。

 私はなんとなく、その穂乃果の横顔に目を奪われていた。

 そういえばこうして、間近で穂乃果の顔を見ることって無かったかもしれない。

 ぱっちりとした二重に、長いまつ毛。少しだけ色づいた艶やかな唇。

 カースト上位の陽キャという肩書き隠れがちだけど、造形そのものがとびきり可愛い。

 さっき自分磨きと言っていた通り、爪の先から髪の先端まで、細かく手入れが行き届いているのが分かった。多分、メイクも相当な時間をかけているのだろう。


 好きな人のために、こんなに可愛くなれるなんて……すごい

 これだけ可愛い穂乃果がそこまで想ってる相手って誰なんだろう。

 大学生のイケメンギャル男の姿がなんとなく思い浮かぶ。

 話しぶりからして、まだ付き合ってるってわけじゃないだろうけど。

 こんな女の子に好意を寄せられたら、どんな男だって1コロだろう。

 穂乃果に恋人ができる日も、そう遠くなさそうだ。


「お待たせいたしましたー!」


 勝手な思考を巡らしていると、甘い匂いと共に、注文の品が運ばれてきた。


「パンケーキとミルクティー、それぞれ二人前です!」


 ことん、ことんと。それぞれの目の前に大きなお皿が置かれる。


「……で、でかい」


 運ばれた自分のパンケーキを見て、私は思わずメニューを取り出し見比べた。

 分厚い生地が三枚も重なり、雪山のような生クリームがそびえ立っている。

 明らかに写真よりでかい。逆写真詐欺だ……!


「やばっ! めっちゃおいしそう!」


 驚愕する私をよそに、穂乃果はスマホを取りだし、ぱしゃぱしゃと色んな角度から写真を撮り始めた。ひとしきりパンケーキを撮影すると、今度はそれを私の方へ向け──。


「わかなー。ポーズしてー」

「えっ!? わ、私!?」


 な、なんで!

 パンケーキがでかすぎるから、私と見分けがつかなくなってる!?


「はーやーくー」


 あ、本当に私を撮るつもりらしい……!

 えっとじゃあ、ぴ、ピースでいいのでしょうか。

 いや、ここは陽キャのノリに応えて面白いポーズを……!


「こ、こう?」


 テンパった結果、私は両手でろくろを回すような不審ポーズをとってしまった。


「あははっ! なにそれ! ありがと!」

「うぅ……やり直したい。普通にピースで……」

「おっけー! もっと笑って! はいちーず!」


 カシャ。と。

 軽快なシャッター音が鳴り、穂乃果が「いい感じ!」とスマホの画面を向けてきた。

 そこに映っていたのは、パンケーキを前にぎこちなくピースをする私の姿。

 ……ひきつった笑みだ。私、笑う時っていつもこんなんなのかな。嫌すぎる。


「顔隠すからインスタあげていい?」

「インスタ?」

「そ! ストーリーに!」

「え、いいのでしょうか」


 私みたいなのが、穂乃果のインスタの一ページに加わってしまっても。


「なんでよ。やっぱり若菜って、なんか面白いよね」

「えぇ……だって顔を隠すとはいえ、陰のオーラは隠しきれないといいますか……。こんなのがストーリーに流れてきたら、みんなスマホの明るさを一段階上げるかも」

「じゃあキラキラしてるエフェクトたくさんつけるね!」


 そういう話でもない気がする。

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