第24話 穂乃果の監視
翌朝。
六月は衣替えの季節。
私も合服から夏服に着替えて、新しい気持ちで学校へ──!
「いけるわけもなく……」
私は行き交う鶴高の生徒全員を、親の仇でも見るように登校していた。
なぜなら──。
この中に、この中のどこかに、私のファンの美鳥さんが潜んでいるからだ……!
美鳥さんは、恐らく女の子。
学年は分からないけど、話し方や過去の投稿からしてそれは間違いないと思う。
で、もし私、来栖若菜の正体が、佐倉わかだと美鳥さんにバレたとすると、私の学校生活はきっと終わりを迎えてしまう。だって私のことが学校中に広まる恐れがあるんだぞ!
私の作家業は一部の先生は知っているからいいとして、問題は生徒にバレること。
そうなると、まず私のツイッターアカウントが広がる。
一部の人間は私の書いている本を読んでみるだろう。
その結果、どうなるかというと──。
『え、来栖さんって、来栖若菜さん? いつもクラスの端っこにいる冴えない女の子だよね? あ、へ~ネットではこんな元気なんだ(笑)いつもあんなに静かなのに(笑)あと女の子同士が恋愛する話が好きなんだ(笑)いつもあんなに静かなのに(笑)あ、友達が多くって、学校ではきらきら女子高生なんだ(笑)はやく学校こいよ~!(笑)』
こうなる! 絶対こうなってしまう!
だから私は決して、美鳥さんに正体を気付かれてはいけない!
電車の中、正門前、昇降口においても周囲に視線を配り、しかし怪しい行動をとらぬようにも気を付けながら、教室に入って自分の席へと滑り込む……!
「ふぅ……」
よし……! とりあえず無事に席には着けた。
あとはもう、ホームルームまで頭を伏せてやり過ごそう!
そう思い、教科書を机に仕舞い頭を伏せようとした、その時。
斜め前の席に座る人物と、ふいに目が合った。
「あ……」
月江さんだった。
多分……こっちを見てる。
「……月江さーん?」
小さく呼びかけてみたものの、応答はない。
数席分の距離があるせいだろう。
普段から声を出していない私の声が届かないのも無理はない。
「どうしたのー?」
声量はそのまま口を大きく動かして伝えようとする。
が、届かず。月江さんはどこか迷ったように身体を揺らしている。
……なにか用事かな? そういえば昨日、一緒に帰る誘いを断ってしまったんだっけ。
一昨日からあまり話せてないし、今日は私から誘ってみるのもいいかもしれない。
……って待って。まさか美鳥さんの正体が月江さんってのは──まぁさすがにないか。
と。なんとなく月江さんから目を離せずにいると、彼女は席を立ちあがった。
何か言いたげな、少しだけ不安そうな瞳を揺らし、こちらへ歩む──が。
「おはよっ、若菜!」
──突如現れたその明るい声に、それを阻まれた。
「ひゃんっ!?」
私の意識は一気にそちらへ運ばれて、思わずカエルみたいな声を上げてしまう。
振り返るとそこには、朝から太陽みたいな笑顔を向けてくる穂乃果が立っていた。
ゆるく巻かれたさらさらの茶髪を朝の光に透けさせて、相変わらずクラスの中心にふさわしい圧倒的な陽のオーラを放っている。眩しい……。
「わ、驚かせちゃった?」
穂乃果はからかうように笑うと、私の耳元にスッと顔を寄せてくる。
ふぅっと優しい息が吹きかかると同時、周りに聞こえないほどの声量で囁いた。
「あの……昨日はありがとね。……絶対に内緒だからね?」
昨日……そっか、穂乃果バイト禁止なのに、カフェでバイトしてたんだっけ。
──ってか距離近い! 息が吹きかかって耳がくすぐったいんだけど……!
「わ、分かってるってば」
あまりの距離の近さに耐えかねて、私はこくこくと首を縦に振って距離を取る。
その拍子に、そういえば。と月江さんの様子を伺おうとしたんだけど。
すでに月江さんは自分の席へと着いていた。もうこっちも向いていない。
「…………」
月江さん、何か私に用事があったんだろうけど……。
もうすぐホームルームだし、休み時間にでも話にいってみよう。
──そう、思っていたんだけど。
今日という一日は控えめに言って異常だった。
ただでさえ『学校のどこかに私のファンがいる』という恐怖で、なるべく息を潜めてやり過ごしたかったというのに……私のステルス計画は、一人のきらきら女子高生によって完全に破壊されてしまった!
始まりは一時間目の休み時間。
私が月江さんに話しかけようと席を立ったその刹那。
「若菜、一緒トイレいこー!」
「え、ちょ穂乃果、引っ張らな──」
有無を言わさず穂乃果に腕を絡められ、そのまま廊下へと拉致され。
三時間目の移動教室の際も。
「若菜、教科書みせて! ロッカーに忘れちゃった」
穂乃果にぴったりと隣につかれてしまう。
スクールカースト上位の穂乃果と一緒にいれば、当然クラスの視線を集める。
目立ってしまうと、美鳥さんに特定されるリスクが高まるというのに……!
おまけに少し離れた席からは、月江さんがチラチラと気にしているのが分かる。
私からも声をかけたいのに、穂乃果のガードが固すぎて全く身動きが取れない。
──そして、極めつけは昼休み。
「若菜! 購買のパン争奪戦、手伝って! ほら行くよ!」
「ええ!? 私お弁当あるんだけど!?」
「いいからいいから! 一緒にお昼食べよ!」
結局、私は月江さんと話す暇もないほどに穂乃果のペースに巻き込まれ、なぜか屋上へ続く階段の踊り場で、彼女と二人でお昼ご飯を食べる羽目になっていた。
「…………」
そして現在。もう昼休みも終わり際だ。
私はストローで紙パックの紅茶を啜る穂乃果をじっと見つめながら、頭の中で冷静に今日一日の異常な状況を整理していた。
さすがの私でも、今日の穂乃果がおかしいのは簡単に分かる。
いつもなら陽キャグループの中心で笑っているはずの穂乃果が、今日に限って地味な私にべったり引っ付いているなんて、普通に考えたらあり得ない。
こうして二人きりでお昼を共にすることで、私はようやく一つの確信に至った。
「……ねぇ、穂乃果」
「んー? なにー?」
私は、ことんと首を傾げる彼女にジト目を向ける。
「私がバイトのこと誰かに言わないか不安で、今日一日ずっと監視してたでしょ」
「ぶっ──!?」
穂乃果は盛大にむせた。
どうやら当たりだったらしい……。
そんなことされなくとも私、ほんとにチクらないけどな……。言うような相手もいないので!
「あはは……」
穂乃果は気まずげに目線を泳がせながら二の句を継ぐ。
「ば、ばれてた……?」
「……うん。だって今までこんなこと無かったから」
「ご……ごめん! 若菜がそんな口を滑らすような子じゃないのはすっごく分かってるつもりなんだけど、なんというかちょっと不安になってしまって……ほんとにごめん!」
「そ、そんな頭下げないで! いいよいいよ、バイトしてるのばれたら一発で停学だもんね。穂乃果の気持ち、すごく分かるから! だからほら、顔を上げて!」
私が慌ててフォローすると、申し訳なさそうに頭を下げ続けていた穂乃果は、恐る恐ると顔を上げた。
「うぅ……ほんとごめん。今日ずっと付きまとっちゃって……」
穂乃果はしゅんと肩を落とした。
かと思えば何かを閃いたようにパチンと手を合わせる。
「──あ、じゃあさ!」
「へ?」
「全然口止めってわけじゃないけど、お詫びに放課後なんか奢らせてよ! 私、今日はバイト入って無いし。ね、一緒に帰ろ!」
「えっでも……」
「お願い! 私の気が済まないの!」
ぐいぐい迫る穂乃果の圧。
美鳥さんへの警戒も、月江さんへの申し訳なさもあるけれど……押しに弱い私は、真っすぐな瞳で懇願してくるこの陽キャ女子の誘いに、こくりと頷くことしかできなかった。




