第22話 秘密の場所
穂乃果がなんでここに……。
私は頭に浮かんだ疑問をそのまま投げた。
「なんでカフェの制服……。ていうか鶴高って、バイト禁止じゃ──」
「しーーーーっ!! 声大きい大きい!!」
穂乃果は慌ててオーダー用紙をエプロンのポケットに突っ込むと、私の口を両手でバシッと塞いできた。至近距離まで顔を近付けて、焦ったように声を潜める。
ふわりと、彼女の茶髪からする甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
「ていうかなんで若菜がこんな遠くのカフェに!? 家近いの!? ──ってか絶対内緒にして! バレたら停学になっちゃうから!」
「んぐ、んぐぐ」
「あ、ごめん! ……ほんとに、誰にも言わないでね?」
パッと手を離してくれた穂乃果は、いつもの余裕たっぷりな陽キャの姿からは想像もつかないほど、涙目で懇願してきた。
「最近ここで働き始めたばっかりで……どうしても自分でお金貯めたくて……。お願い、見逃して!」
なるほど。鶴高の生徒に見つからない様に、わざわざ電車で数駅離れているかつ、あまり人の入らない隠れ家的カフェを選んでバイトをしていたらしい。
最近働き始めたというのなら、たまに行く私が今まで彼女の姿を見かけなかったことにも納得がいく。
「うん、言わないよ。私、口は堅いし。ていうか、言いふらすような相手もいないし!」
「うぅ……助かる……。若菜、命の恩人! なんか奢ろうか!」
「いや全然気にしないで! 注文してもいい?」
「う、うん! 何にする?」
「えっと、じゃあ……アイスティーとチーズケーキで」
「おっけー! ちょっと待っててね!」
注文をし終えると、穂乃果は小走りで厨房の方へと去っていった。
嵐が去ったような感覚になりながら、私は不意にきた疲れに背もたれに倒れこむ。
「……はぁ」
びっくりしたぁ……。
まさか、誰にも会うことのないと思っていた場所でクラスメイトに遭遇するなんて。
でも、相手が穂乃果でまだよかった。これが中学の頃の知り合いとか、他のクラスメイトだったら、絶対気まずい空間になってたもんね……。
◆◆◆
数分後、再びぱたぱたと足音がやってきた。
「お待たせー。アイスティーとチーズケーキね」
「あ、ありがと」
「うん! あ……ねえねえ」
商品をテーブルに置いた穂乃果は、そのまま自分のトレイを脇に抱え、きょろきょろと周囲を見回した。他にお客さんがいないことを確認すると、こそっと私に顔を近付ける。
「今ね、ちょうどマスターが奥で豆の焙煎を始めちゃって、私ちょっとだけ休憩なの。前、座ってもいい?」
「えっ、あ、うん。いいけど……」
私はおどおどと頷く。
まずい。この展開は予想していなかった。
穂乃果でよかったとは思ったけど、こうなることは聞いてない……!
気まずくならないかなぁ。とそんな不安をよそに、穂乃果は「失礼しまーす」とう嬉しそうに向かいの席に腰を下ろした。
「ていうかさ、若菜はこんなところで何してたの?」
「えっ」
「わざわざ遠くのカフェまで来て、ノートなんて広げてさ。もしかして勉強? 若菜ってばまじめー」
「────っ!」
びくっと肩が跳ねる。
私はすぐさま机上に広げたノートをぱたんと閉じた。
危なかった! ほとんど真っ白なページだったとはいえ一番上には『新ヒロイン・現ヒロインを脅かす女の子』なんて書いてあるのだ! 見られたら私はこの場で死ぬ!
「べ、勉強じゃないよ! ちょっと趣味というかなんというか……!」
「何その反応、怪しい! もしかしてポエムとか?」
お、惜しい!?
「ち、違うよ! ほんとに!」
「あははっ、顔真っ赤だよ! 冗談だって!」
穂乃果はからかうように笑う。
その屈託のない太陽みたいなきらきら笑顔は、教室でいつも見る彼女と同じだった。
なんだか調子が狂うけれど……不思議と嫌な気はしなかった。
「あ、やば。そろそろ戻んなきゃ」
奥からマスターの動く気配がしたのか、穂乃果は慌てて立ち上がる。
「じゃあゆっくりしていって! また明日、学校でね!」
「う、うん……! また明日!」
穂乃果はぱちりとウィンクを残して、カウンターへと戻っていった。
残された私はアイスティーをずずと啜って、チーズケーキを口に運ぶ。
……御船穂乃果。
一応、私の唯一の友人。と、思っている。
まぁカースト最上位で誰にでも優しい彼女からすれば、私のことなんて大勢いるクラスメイトの一人としか思ってないだろうけど。
それでも、入学当初、初めての学校生活に怯えて不安でならなかった私に、分け隔てなく気さくに声をかけてくれたのは今でも感謝をしているくらいだ。
だから、これを先生に言いつけて恩を仇で返すようなことはしない。
けどまさか教室以外の場所で、こんな風に関わることがあるとは思わなかった。
しかも、誰にも会わないはずだった、お互いの秘密の場所で。
秘密の共有。ギャップのあるカフェの制服姿。予想外の遭遇イベント。
なんだかこれはちょっとラノベっぽいかもしれない。
今ならいい設定が思いつくような予感……!
「…………」
──なお、結局この日、肝心のプロットは一文字も進むことは無かった……。




