第21話 カフェの従業員
放課後。
ホームルームが終わるや否や、私は誰よりも早くカバンに荷物を詰め込んでいた。
今日の朝以来、月江さんからは一度も話しかけられなかった。
……やっぱり気まずいと思われてるのかな。朝に話しかけてくれたのだって、私に気を遣って話しかけてくれたのかもだよね……。
冷静に考えたらそっちの方が可能性がある。
だって多分昨日、月江さんは私のことを振った、んだと思う。
あの話しぶりからしてそうだ。
そんな人間にわざわざ話しかける理由が無い。だから朝以降、月江さんは来なかった。
今の私には、それ以外の考えが浮かばない。
「……はぁ」
そんなぐるぐるとした不安から逃げるように『今日は絶対、一人で集中して作業するぞ』と心の中で言い訳をして意気込んでいると──。
「……あの、来栖さん」
「ひゃいっ!?」
背後から不意に声をかけられた。
今日何度反芻したかも分からないその声の持ち主に、私は恐る恐る首を向ける。
そこにはカバンを大切そうに抱えた月江さんが立っていた。
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
「う、ううん! 全然! どうしたの?」
私は動揺を悟られぬよう、少しだけ視線を下に逸らした。
まともに顔を見られない。やっぱりまだ、すごく気まずいかも。
なんて勝手に居心地が悪くなっていると、かちゃりと。月江さんがカバンを持ち直した拍子に小さな音が鳴った。私の視線は自然と音の出どころへ運ばれて──。
「あ、それ……」
「これ……ですか?」
私の目の向く方に気付いた月江さんは、少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んで、カバンにつけた淡いピンク色のキーホルダーを指でつまんでみせた。
それは、昨日お揃いで買ったクラゲのキーホルダーだった。
「昨日帰ってからすぐにつけちゃいました。見るたびに昨日の楽しかった時間を思い出して……なんだか、まだ余韻が抜けずにふわふわしてます」
「え……うれしい。私もカバンに付けようかな」
「ぜ、ぜひ……! あ、それとですね──」
月江さんはそこで言葉を区切ると上目遣いでこう問うた。
「もし急ぎの用事が無ければ……その、途中まで一緒に帰りませんか?」
可愛らしく顔を傾けると「今日は他の人との用事が無いので」と付け足す。
「あ……えっと」
誘ってくれた。
気を遣われているだけだとか、嫌われたんじゃないかって、あんなに怖かったのに。いざそう誘ってくれると、嬉しくて、やっぱり少し思い上がりそうになる。
だからこれは、嫌われているわけじゃないってことで……いいんだよね?
その誘いに、二つ返事で頷きたい。
……でも。
すごく嬉しいけど、今日の私はプロットを作ると決めていた。
私は血の涙を流す思いで、ぎゅっと目を瞑る。
「ご、ごめん! 今日はちょっと、急ぎで考えなきゃいけないことがあって……! 誘ってくれたのにごめんね!」
「あ…………そうでしたか」
月江さんの表情が一瞬だけ曇る。
揺れていたキーホルダーも、心なしか元気なく見えた。
かと思えば、そのまま少し身を乗り出して──。
「それは……小説のこと、でしょうか?」
「えと、うん! ちょっと新しいアイデアを出さなきゃで」
「そう、なんですね。……私に手伝えることはありますか? 昨日みたいに、また何かお役に立てるなら……」
月江さん優しすぎる……。
やっぱりこんな子が、誰かを嫌うなんて考えられない……!
「月江さんに、手伝えること……」
私は少し考える。
私がこれから考えようとしているのは恋のライバルだ。
今のヒロインのライバル。つまり月江さんをネタにして書いた少女のライバルだ。
それを月江さん本人にそれを手伝ってもらうというのは……決まりが悪い。
「あーいや! 月江さんに手伝わせるなんて申し訳ないよ! お気持ちだけ貰うね!」
「……分かりました。執筆、頑張ってくださいね」
「うん! ありがとう!」
どこか寂しく微笑む月江さんに後ろ髪を引かれながらも、私は足早に教室を後にした。
◆◆◆
私が向かったのは、電車で数駅離れた場所にある、隠れ家的アンティークカフェだ。
プロットや新しいアイデアを練る時は、家では作業しないことの方が多い。
家にいると、美波がちょっかいをかけてきて集中を乱されるし、何より自分の部屋という空間は日常すぎて、新しい発想が降りにくい……と、思っているのだ。
環境音と、他人の目。そして少しの非日常感が創作のスイッチを入れてくれるのだ。伊織さんと打ち合わせで訪れて以来、ここはお気に入りの場所だった。
学校から離れているので、知り合いにも会うことは無い。
私は一番奥の席に陣取り、ノートを開いてペンを握った。
「さて……新ヒロイン。月江さんみたいな女の子を脅かすような、強烈な女の子……」
うーん、と唸りながら真っ白なページを睨みつける。
……五分経過。十分経過。まずい、何も思い浮かばない。
そもそも私の交友関係が狭すぎるのだ。私の周りには妹の美波と、担当の伊織さん、そして月江さんくらいしかいないのに。
「……だめだ」
とりあえず何か甘いものでも頼んで、脳に糖分を回そう。
私はペンを置き、テーブルの端にある小さな呼び鈴をちりんと鳴らした。
「はーい! ただいま伺います!」
そんな声から間髪も入れず、パタパタと小走りで足音が近付いてきた。
メニュー表を開き、注文を伝えようと顔を上げた私は──。
「え────」
そのクラシカルな制服を着たウェイトレスの顔を見て、言葉を失った。
シックな色合いのロングスカート。フリルのついた可憐な白いエプロン。そして、アンティーク調の照明を弾いて輝く、ハーフアップに纏められたさらさらの茶髪。
「お待たせいたしました、ご注文をお伺い──って」
向こうも私のことに気が付いたらしい。
オーダー用紙を持ったまま、綺麗に整えられた眉を跳ね上げる彼女に、私はポツリと問うた。
「ほ、穂乃果? だよね?」
「え──ええええっ!? わ、若菜!? なんで!?」
間違いない。
彼女は、いつも教室で明るく声をかけてくれるクラスメイトの御船穂乃果だった。
ていうかうちの高校って、バイト禁止じゃなかったっけ……?




