シュウマク"ゴウ"
ディロアとギルアの凄まじい戦闘。
そしてメルのコピーとの死闘を終えたカフエリ達。
「あとは…お前だけだ。」
片目を潰され残された紅い瞳を動かしメルは頰を歪ませる。
怒りを憎しみを込める度に両手に持つ綠炎色に燃え盛る武具。
その高熱が大気を歪ませていた。
だが…半分以上が見えないメル。
感情がどこか欠けたターメルに
かつてない畏怖を感じていた。
冷たく静かな風が時折吹き付ける。
残りの敵は、諸悪の根源たるターメル。
それに挑む満身創痍のメル、とフォードだった。
両者とも動かない。
いや…動けないでいた。
極めしもの同士。
それ故、お互いに全く隙がない。
久しい明らかな強者を目の前にしてメルは口角が上がる。
脈打つ度に痛む潰された片目。
次第に心地よく感じ、命のやり取りに心が弾む。
それはターメルも同じであった。
マレビトのノボルと対峙した時以来の高揚を感じていた。
肌にヒリヒリと突き刺さる殺気と闘気にお互いが酔い痴れる。
その余韻を喜びターメルは、ゆっくりと口を開く。
「あぁ〜…そうだ……メル…君は仲間をよく守るとか言ってたね。」
「とても…面白い事を教えてあげるよ。」
ターメルは嘲笑を浮かべながら、昔語りをする。
かつてメルは、ノボルによりその肉体と精神を乗っ取られた。
しかしそれにより今まで抑えていたメルの隠された欲望。
常にその身に宿る『暝砡』の善悪、そのどちらにも属さない血の呪縛。
そしてメルの奥深くには常に、その根本にある『ゴブリン』という悍ましい殺戮と略奪という欲望。
メルが持つその衝動を抑えきれずノボルは深い闇に飲まれてしまう。
ノボルの精神が脆弱では決してない。
あのサキュバスであるカヨウの
『ナイトメア』による生命力の搾取と精神破壊を、見事に耐え抜き見抜いた。
並のものでは決して出来ない。
今まで、その醜悪そのものを全てを抑えていたメルが異常なのだ。
だが…ノボルに自身の肉体と精神を乗っ取られた事により、
同じ暝砡の血を持つターメルにその思考を奪われてしまう。
霧にかかる朧げな記憶が脳裏に浮かぶが何も思い出せない。
そしてそんな霧の中を彷徨うメルを救い出したのはミサキの、存在だった。
ミサキがその身の全てを賭して
強力なターメルとの繋がり、忘却の力で断ち切ってくれた。
そこからターメルは、残酷な現実をメルに突きつける。
「メル…君は仲間をその手にかけたんだよ。」
「…まだ…幼く小さな子供達をね…。」
その反応を愉しみたいのだろうか。
「何を言いたい?!」
ミサキの犠牲によって呪縛から解放されたメルだったが……。
操られていた時期の記憶は曖昧で、自分が何をなしたのかを思い出せずにいた。
両側の頰を大きく歪ませてほほ笑むターメル。
「そのままの意味だよ…メル。」
ターメルの口から語られたのは、メル自身のその手で仲間であるムーリスを殺害したという逃れられぬ罪。
さらにターメルの魂を
封印の神殿から解き放つ生贄として、陽炎の街に置いてきたはずのカフエリ達の友。
パルの魂を捧げた事。
ふと手が震えるメル。
激しい苦痛と恐怖で泣き叫ぶ
幼き子供の魂を無理矢理と引き剥がす。
生々しく悍ましい感覚が脳裏に甦る。
神の杖を掲げると空間が歪み裂ける。
空間の裂け目へと手を入れ何かを掴むターメル。
掴んだものをメルの眼の前にゴミの様に投げ捨てる。
それを見たカフエリ達、そしてメルは驚愕する。
ターメルが投げ捨てたものはパルの抜け殻。
目を見開き呼吸をしていながらも、呼びかけるメルの声に一切の反応を示さない。
さらにターメルは神の杖を振りかざし、もう一人の生贄であるマールを呼び出す。
死の恐怖で震え助けてと笑顔で叫ぶ少年の声。
ノボルに行われた残酷な実験のせいで涙をどんなに流し恐怖に震えても、人形の様にその笑顔は崩れない。
そんなマールを汚物でも見るかの様に眼を細め顔をしかめるターメル。
「私は、この世界を変える。」
「…愛する…神が出来なかった事を。」
「…新たな禁忌魔法『綺想支配』」
「この世界に新たな秩序を与えよう。」
神の杖を掲げ詠唱するターメル。
それを中心に、幾重もの幾何学的な図形と古代文字が空に浮かび上がる。
この魔法は魂を数千年も閉じ込められた時に考えた禁忌。
過去の事を思い出しながら、ある考えを巡らしていた。
どうすればこの世界に本当の秩序をもたらす事ができるのか。
音も光も何もない深く深淵の暗闇で一人呟く。
神の作り出したアルメーリアは
不完全であった。
それは世界を覆う魔力『マナ』について。
ターメルの最も尊敬し、その全てを愛する神は、自らの魂を削りアルメーリアに聖なるマナを与え続けた。
しかし、そうとは知らずに
アルメーリアに生きる愚かな者共は、その
魔力を欲望を満たす。
たったそれだけの理由で破壊と略奪の為に使う。
尽きる事のない身勝手な欲望により激しく消費される魔力。
それより愛しき者が苦しみ悶える。
それがターメル・クレセントにとって、自らの死よりも耐え難い。
ターメルは幾度と無くその事を神に伝えた。
しかし神は涙ぐむターメルの頰を優しく撫で悲しげにほほ笑む。
「……ありがとう…ターメル。私は…思い描く争いのない理想郷を作りたかった。」
「…そこで…アルメーリアを作り出しました。」
「私が産み出した…我が子達の罪は私の罪。」
「その責任は取らなくてはならないの…。」
そう言って頑なにターメルの
考えるマナを作り出す方法。
神に捧げられた魂を贄として
使いこの世界を保たせる。
その考えを拒む。
神は私の事をなんだと思っているのだ…。
こんなにも……あなたを想っているのに…。
あなたを愛しているのに……。
……私はあなたがいなければ、生きている意味など無い。
あなたさえいればそれでいい…。
あなたは、何故あの様な知性も無く愚かな生き物を慈しむのだろう…。
私には理解できない。
その様な事を暗闇の中で思い出していた。
「フフフ…。神を守る為に私は悪になろう。」
そして現在。
魂を解放されターメルは泣きわめく贄の細い首を握り締めていた。
アルメーリアに生きる全生命体の記憶を作り変える禁忌魔法の礎にしようとする。
アルメーリアという世界を維持する為には、常に魂を生贄として神に捧げ続けなければならない。
さもなくば世界の全ての機能が停止して崩壊するという。
歪んだ世界の法則がターメルの口から語られた。
怒りに震えるメルは、コアで手に入れた『スキル封印』の力を使い必死に攻撃を仕掛ける。
しかし…あまりにも強力なその力が使いこなせない。
その力はターメルの絶対的な防壁に届かず、ことごとく弾き返されてしまう。
打つ手がない絶望的な状況の中メルの背後からフォードが叫ぶ。
「メル!私だけの力じゃ無理だけど…。」
「あなたと私が力を合わせればあの子…マールを救えるかも知れない。」
フォードはメルの封印の力を引き出すためにメルの血を飲むことを決意する。
それは、魔王としての邪悪な力を受け入れ、メルの眷属として生まれ変わることを意味していた。
「フォード…それをしたらおまえは化物になるぞ!」
メルはそれを必死で拒む。
しかしフォードの決死の説得にメルは諦め
小さく頷く。
そしてその血を分け与えた。
変貌を遂げたフォードの姿に、メルは驚愕する。
そこには、朧げな記憶の底にある自分を産んだ母親と同じ魂の色。
そして一瞬だけ感じた懐かしい匂いと面影が宿っていた。
ターメルがパルを礎として禁忌の呪法を完成させようとした。
その瞬間、凄まじい魔力と聖なる気を融合させたフォードの聖魔波曲『ラグナロク』が戦場に轟く。
ターメルの絶対的な強度を誇る防御壁を粉砕して呪法の完成を揺るがせた。
その隙を突いたメルの渾身の一撃『キラードーム』がターメルの肉体を真っ二つに切り裂いた。
だが……非情にもマールの救出には一歩及ばなかった。
礎とされたマールは石化し、そのまま救いのない灰となって風に消えていく。
ターメルを討ち果たしたものの、発動してしまった禁忌の記憶改変を止めることはできない。
フォードは自らの”セイレーンの歌声”を代償に捧げることで、せめてこの場にいる仲間たちだけは、自分たちの記憶を失わぬよう守り抜いた。
静まり返った焦土の上で、歌声を失ったフォード。
失ったものの大きさに膝をつくメル。
アルメーリアの存続という冷酷な理の前に、物語はあまりにも悲痛な終焉へと向かおうとしていた。




