フウインノコクイン
「ぬぅ…一生の不覚…!」頭部で揺れるギルアのウサ耳。
締め付ける様な漆黒の霧を眺め悦に浸るディロア。
「油断しタな…ギルア。アトはキサマらをホフレば良い…。」
小刻みに鳴る黄金の槍を持ち、頰を歪ませ微笑むディロア。
その額にある妖しく紅い瞳を見てしまったギルア。
何故か、右の指先から凄まじい速度で石化していく。
右手は痛みも感覚も無くなっていき、咄嗟に腕ごと砕く。
砕けた箇所から血が滴り落ちる。
今……この時この瞬間。
この先は、未来の命運を握る分岐点。
選ぶ道を間違えれば辿り着く先。
その先は、何も残らない。
数刻前の出来事。
暗く湿った封印の神殿の最奥。
数千年の静寂を切り裂いて
ディロアの手で封印を破ってしまう。
空間がひび割れパキリと乾いた音が響いた瞬間。
そこから溢れ出したのは希望でも絶望でもない…ただ奪う欲望そのものだった。
ターメル・クレセントはかつて
この世に破壊と殺戮をもたらした傲慢なる魂。
禍々しい黒い霧となって噴出し、アルメーリアを保たせる柱でもある精霊樹へと向かって
行く。
そこには従属の首輪を付けた醜い魔物が立っている。
その魔物とは、カラ達を悩まし精霊樹の生命力を吸い取る悪魔ラプラス。
しかし…その正体は、従属の首輪を付けられ運悪く命を落としたターメル・クレセントだった。
黒い霧を飲み込む悪魔ラプラス。
「……我が一族の誇り、今、この命と共に解き放たん!」
ギルアの頭部にあるウサ耳が
激しく光輝く。
その時……ギルアが戦士の咆哮をあげる。
封印の戦士としての誇りと強い決意。
自らの両胸に深く刻まれた禁忌の刻印を無理やり引き剥がす。
それは…封印の戦士としての死を意味した。
もう…二度と真の力を使えない。
ギルアは、黄金のハンマーを強く大地へと叩きリズムを取る。
ドワーフ族に伝わる伝説の闘技『戦いの輪舞曲』を舞う。
激しく、力強く、地響きのようなステップ。
そのリズムに合わせ、頭部に付けられたウサ耳が猛烈に揺れ、まばゆい光を放ち始める。
光の中に消えたギルアの姿は、もはや屈強なドワーフではなかった。
大地の重なりを凝縮したような岩石の肉体。
神話の雷神トールを彷彿とさせる巨像へと変貌する。
その手には、大きくそして
神々しく輝く黄金のハンマーが握られていた。
ギルアは巨大なハンマーを振り回し、精霊樹を侵食せんとする黒い霧を阻止しようとする。
「サセん…封印ノ戦士よ!」
しかし、その行く手を阻むように立ちふさがるディロア。
かつて人間族の王であり、
今はゴブリンゴッドと成り果てた哀れな化物。
実は黄金の武具には秘密があった。
そしてそれを持つディロア。
「神ノ力を使エルのは、キサマだけデはナい。」
「こノ槍が我に力をモタラす。」
天へと黄金の槍を掲げる。
すると黄金に輝く門が現れる。
それを見て驚愕するカラ。
「そんなまさか…いやあれは……確かに神の門!」
精霊族に古くから伝わるおとぎ話。
世界の何処かに散らばる4つの黄金の武具。
それは、神の門を開ける鍵と呼ばれている。
なぜ一介の魔物が神の秘宝を手にしているのか。
疑問に思うカラ。
静かに天の門が開く。
そこから激しく勢いある黒い雨が降り注ぐ。
闇に染まる程に狂気に満ちた
瘴気を浴びてしまうカフエリ達。
とある人物の意識、そして記憶が、頭の中で映像として映る。
それは、精霊樹の幹にて黒い霧の中に包まれ嘲笑うターメル・クレセントの記憶であった。
初代『時の継承者』として神の傍に仕えていたターメルは、神を狂おしいほどに愛していた。
しかし、神が自分ではなくアルメーリアの世界に住まう矮小な者たちを慈しむことに、耐え難い憤怒と嫉妬を覚えたのだ。
「フフ…そうだよ、神が……私を見ないのなら、その箱庭を地獄に変えてしまえば良い…。」
ターメルは神を封印し、自らが神のふりをして世界を操り始めた。
そして、たまたま彼を神として召喚したディロアに、神の秘宝である黄金の槍、ハンマー、剣、斧を授けたのだ。
神の力を与えれば、欲深い人間たちはそれを奪い合い、戦争を起こし、大地を血で染め上げる。
それこそがターメルの望みだった。
そしてターメルには特殊な力があった。
それはターメルを生み出した神が与えた力。『メモリーコード』
記憶を性格を自由に作り変えてしまう力。
神は現世で穢れた魂達を浄化させ聖者として生きれる様にやり直しをさせる。
その魂の救済という仕事をターメルは担っていた。
だが…ターメルが性格や記憶を作り替えても魂の本質。
悪はどんなに浄化させても悪でしかない。
天に昇り役目を終えた穢れる魂達。
神は今度こそ聖者として生きれる様にと
ターメル・クレセントに命じて記憶と性格を全うな人格へと変えていく。
ターメルにとってそれはとても退屈で無駄な時間でしか無かった。
殺戮を繰り返す悪鬼から、凶暴性を奪い慈しみを与えても、また何かを奪い悦に浸る。
強者を前にして恐怖を感じ、大切な仲間を見捨てる臆病な者には、自制心と勇気を与えるが、今度は己自身が弱者を踏みつける。
「無駄なんだ…神よ、この者達は変わらない。」
かつてターメルは神に意見した。
しかしいくら話しても神は、ターメルの言葉を聞き入れなかった。
「なら…私が、真実を…本質を…。」
その時から、ターメルの中にある大切な何かが壊れてしまう。
それ故に神が愛する者たちが醜く殺し合う様を神に見せつけ、絶望させたかったのだ。
黄金の光を放つギルアと、
神の武具を掲げるディロア。
歪んだ愛が生み出した血塗られた歴史が、今、マーディンを舞台に最後の激突を迎えようとしていた。
「ターメル様がコノ地に復活サレル。」
精霊樹から凄まじい魔力を感じ
それと同時に色を失っていく世界。
ふとフォードの眼の前に現れるミサキ。
まるで操り人形の如く動きがぎこちない。
フォードに語りかけるミサキの魂。
「私の…身体の中にいる者を…奪われないで、守って。」
ミサキの体内にいる小さく弱々しい、しかし強い光を感じとるフォード。
小さく燃える魂が、ミサキの体内から抜け出すとフォードのお腹に宿る。
黒い雨が止む。
そして代わりに別の者がゆっくりと降りてくる。
それは…瞳が淀み心を失った
メルの抜け殻。
「逃さない、返せ神を…。」
フォードへと冷たくそして殺気がこもる湿った視線を向ける。
本来ならば意識も感情もいや…
そもそも動ける筈のないミサキ。
メルの肉体へとしがみつき禍々しい何かの記憶を忘却させた。
そのままミサキの肉体は崩れ
砂の様に消えて行く。
その時、ミサキの口角が少しだけ……ほんの少しだけ上がっていた。
唸り頭を抱えうずくまるメル。
遥か遠くの精霊樹。
その幹に立つ禍々しい気配を持つ者から歪んだ魔力が放たれる。
深い紫色の影がスッとフォードへと迫りそこから無数の鋭利な棘が生まれる。
一瞬の出来事でフォードを守れないと誰もが思う。
しかしバギィバギィという音と共に鋭利な棘が軋む。
「フォード、大丈夫か?」
手を傷だらけにして棘を引きちぎり笑うメル。
「あ、メル…私は大丈夫。」
フードを深く被り俯くフォード。
「メル!!」と泣きじゃくりメルへと走るカフエリとフエン。
フォードを抱え紫色の影から距離を離し距離を取る。
「もう…駄目だと思った……。」メルの手を握るフエン。
ただ泣きメルにしがみつくカフエリ。
そんな二人を優しく抱きしめたメル。
「怖い思いをさせたな……すまない…二人共に。」
ただ静かに蠢く影を睨みつけるメル。
そして蠢く影を取り囲む様に
ギルア、カラ、そして、カヨウが立ち上がる。
更に凄まじい爆音と共に先程までメルの傍にいたフエンが空から落ちてくる。
地面に強く押し付けられる様な圧迫感と
傍にいるだけで自らの心が穢れ淀む様な感覚がメル達を襲う。
ゆっくりと空から舞い降り現れる、
神々しく輝く杖を握る者。
威厳と全身に纏う聖なる気が神を連想させる。
しかしその瞳の奥から感じる魂は、悪魔よりも邪悪であり、その声は、美しい天使の甘美な囁きよりも甘く恐ろしい。
「…私の……封印を解いてくれて……ありがとう。」
「…君達の魂をこの私が救ってあげよう……。」
「その前に………滅べ。」
神々しく輝く杖をマーディンへと振りかざす。
一瞬で跡形も残らずに吹き飛ぶ。
メル達は憤るが、何故か祖国が眼の前で
たやすく花を摘み取る様に、蹂躙されていてもギルアだけが真っ直ぐと敵を見据えていた。




