レンシュウ
陽炎の町から南西へ280キロ。
無数に蠢く緑色の小鬼達が
ドワーフの地下外王国『マーディン』を狙う。
激しく鳴らされる半鐘。
「ヒヒ…。我が国を狙う愚かな魔物その数およそ15万!」
「ゴブリンか…つまらん。」
「おい!結界を発動させろ。」
「やっとマッドガルドンを試せるぞ。」
慌ただしく走る顎に髭を蓄えた小人達。
マーディンへと唯一入れる洞窟の入り口の前には、ゴブリンの軍隊が清冽して武器を構えていた。
本来あり得ない事である。
獣の様に思うがまま本能で動く魔物が
号令一つで隊を作り陣形を組んでいた。
そしてそれを率いる一体の紅いマントを付けた化物。
黄金の槍を天高く挙げ人間族の言葉を話す。
「我が名はディロア、同士達よあの国を共に喰らおうぞ!」
その纏う気迫は禍々しくそして
何処か威厳を感じる。
しかしドワーフの地下外王国『マーディン』は難攻不落の要塞。
巧みな技工士達が住まうドワーフの国。
ありとあらゆる罠と仕掛けが施されている。
技工士達の罠と仕掛けは近くに住むコカトリスの群れは勿論。
生物界最強の飛龍や黒龍すら
返り討ちにしてしまう。
たかだかゴブリン程度の魔物では、マーディンの門の前にすらたどり着くのは不可能に近い。
「前線部隊、一歩前に!」
鈍く光る黄金の槍。
穂先を標的へ向け叫ぶ化物。
500体のゴブリン達が主の命により洞窟へと入る。
数分経つと化物達の断末魔と
紫色の血飛沫が飛び散り肉片が散乱する。
飛び散った肉片を黒いスライムが取り込み吸収していく。
「やはり一筋縄ではいかんか…。」
「だが…久しい血の高ぶりよ…。」
「フフハハァ!ノボル様へ速く捧げねばなぁ。」
「ターメル・クレセントの知識を……。」
仲間の化物が屠られたのも
気にせず笑うディロアと名乗る化物。
奪う事に快感を感じ、他者の死を喜ぶ悪鬼、禍々しく醜い瞳が不気味に光る。
コカトリスがいるギブルの洞窟近くでは、
魔物との凄まじい戦争が繰り広げられていた。
そんな事など知らぬカフエリ達。
ギブルの洞窟へと歩みを進めていた。
◆◆
「しっかし…まさかねぇ…。」
茶色い豆を摘まんで笑うムーリス。
「不覚…この上無し!」
黒い種を踏み潰すカラ。
「ねぇ…ねぇ、約束まもったのよ、ご褒美くれないの…。」
黒いローブを纏いフォードに絡み付く
カヨウ。
「ご褒美…?私、あげるの何も持ってないよ。」
クレアがくれた白いローブを
着ているフォードは、首を傾げて悩む。
そのフードには歪な花らしき
刺繍が施されていた。
「…そうねぇ、今日の夜、私と一緒に寝てよ。」
「あなたも…美味しそうだしそれで良いわ。」
時折覗かせ紅く光るカヨウの妖艶な瞳。
「えっ、それで良いの?寂しがりやだね、カヨウ。」
サキュバスの誘いを気付かないでクスッと
笑うフォード。
そんなやり取りを聞いていた
フエンはカヨウを、払いのけて睨む。
「それは駄目…フォード!」
小さな手でフォードの白く柔らかい手を包む。
「ちょっと、うるさい静かにして!」
似たような荒れ地と尖った岩肌がある光景がずっと広がっていた。
地図を眺め地形を確認するカフエリ。
「にゃはは、カフエリちゃん怒ってる。」
耳をぴくぴくさせてうろうろ
するネミル。
陽炎の町からギブルの洞窟へと向かい、
もう三日程経つ。
カヨウはメルに頼まれて『支配の種』をカラ達から取り除く方法をノボルから何とか聞き出していた。
その方法は意外なものであった。
支配の種は辛い物が苦手だという事。
以前メルに渡した
ソナ豆入りサンドイッチ。
カフエリ達は間違えてソナ豆ではなく激辛のキリング豆を使ってしまった。
キリング豆はすりつぶして
主に魔物避けとして使う豆である。
食べられるが食用には適しないほどに辛い。
花畑でメルは口を赤くして笑いながら「美味しい」と言って食べてくれていた事を思い出していた。
カフエリとフエンは
メルの優しさを噛み締めていた。
話を戻すが激辛のキリング豆を口にしたカラとムーリス。
口の中に広がる痛みと燃えるような熱さを我慢して飲み込む。
すると支配の種があまりの辛さでカラ達の口から飛び出る。
現在カラとムーリスは、身近なキリング豆が支配の種に効果があると知りショックを受けていた。
空を眺め太陽を見るカフエリ。
「多分…西側にいるからこの辺かな。」ぶつぶつと地図を見ながら独り言を呟く。
急に鼻をひくひくさせるネミル。
「これ…水の匂いにゃ!」
はしゃぎ、突き進むネミル。
「ちょ、待ちなさいネミル!」
カフエリが後を追いかける。
「若いって良いねぇ。そう思わないカラ?」
「何を言っているんだ、ムーリス。」
ダークエルフの剣士と賢者が
雑談をしている。
「この子は私のも、の、よ。フエンちゃん。」
「…死にたいの?カヨウ。」
「二人とも、仲良くしようよ。」
カヨウとフエンの間に入り
必死で二人をなだめるフォード。
カフエリの後を追いかけゆっくりと歩いて行く。
川の流れる音が聞こえてくる。
透き通るような水が流れる美しい川。
しかし思いのほか流れが速い。
流れが緩く浅い場所で
バシャバシャと水しぶきを飛ばして
はしゃぐネミルとカフエリ。
「冷たくて、気持ちいいね。」
足を浸して一休みするカフエリ
「そうだ!この水、聖水って、言ってユウトに渡してみよっと。」
汚れた足を洗った足元の水を掬い
瓶に詰め笑うネミル。
そんな二人へカラは突然に問いかけをする。
「ここで野営をするが…気を付けなければならない事がある。」
「それは何か分かるか?」
「うーん」と腕を組み悩むネミルとは違い
カフエリは淡々と答える。
「周りが開けた場所で夜営をすると、敵に囲まれやすいわ。」
「だから逃げ道を確保するように、なるべく隠れて野営の準備をした方が良いと思う。」
ニヤリと笑みを浮かべ「普通だな。」と話すカラ。
その言葉にムッとするカフエリ。
「じゃあ、正解はなんです!?」
そこへ後からやって来たフエンがボソッと呟く。
「罠を張って…襲うやつ皆殺しにすれば良いのよ。」
余りに過激なフエンの発言に驚くカフエリ。
しかしムーリスとカラは何故かそれに深く頷く。
「そうねぇ~、相手も私達の存在に気付くから、それを逆手に取るのが定石だよ。」
欠伸をしながら話すムーリス。
「だが…それには知識と経験が必要だがな。」と短剣を抜き笑うカラ。
視線をムーリスへと送るカラ。
「う~ん、多分、東に5000ぐらいかな。」
二人が何の事を話しているのか
フエン達はわからない。
「よし、試すか…。」
カラはフエン達に野営の設置を指示して、
川の向こうへ飛び越え何処かに行ってしまう。
「みんな、頑張ってね~。」
岩に座り何もしないムーリス。
カフエリとフエンは何か話し合っている。
暇そうに耳をびくとたてているネミル。
「…川…来、埋め。」
二人の声が聞こえるが川の激しく流れる水の音で聞き取れない。
フエンの凄まじい殺気を感じとるネミル。
「速く…テント張って。」
ハンマーと留め金をネミルに
渡して炎の巨鳥に乗って何処かへ行く。
「ごめんねネミル、私も手伝う。」
か細い腕でフォードは必死にテントの布を張る。
あまりにもふらふらとおぼつかないフォードに、思わず手を出し支えてしまったカヨウ。
「ありがとう、カヨウ。」
白いローブを纏う彼女の真っ白で純粋な暖かい笑顔が、眩しく映る。
そのあまりにも儚く壊れそうなフォードの姿が忘れてしまった過去を思い出させる。
「べ、別に良いわよ。怪我されたら、食べれなくなるし…。」
フォードから何故か視線をそらしてしまう。
元冒険者のカヨウは、手馴れた様子でテントを張り終えた。
先ほどからカフエリは風の精霊を幾つも放っている。
戻って来たフエンはカフエリとまた何かを
話し合っていた。
カヨウの方を見て急に優しく微笑むフエン。
「確か…フォードと一緒に寝たいて言ってたよね。」
「今日の夜は、このテント使って良いよ。」
自分が建てたテントだし、当たり前じゃん。
そう思うが声に出すと怖いので素直に
「ありがとう」と伝えテントに入るカヨウ。
カフエリとフエンはフォードに何か伝えている。
「えっそれは!」
二人は「シイー。」と口に指を当てて
フォードを黙らしていた。
ネミルは嫌な予感がしていた。
その場から逃げようとすると二人に止められる。
「にゃ、にゃはは…どうしたの?二人とも。」
冷たく微笑むフエンはフォードの
着ている替えの白いローブを渡す。
「これ、着て…カヨウと寝て。」
それを拒もうとするネミル。
しかしカフエリが更に詰め寄り
「背負い袋の事、考えてくれるってフエンが言ってたよ。」と耳元で囁く。
ネミルは全てのエネルギーを
打算というものに使って最善策を思案する。
(断ったら…。でも…これでう~ん。まぁいっか。)
10秒以上、物事を考える事が
苦手なネミルは思考を停止させた。
「うん、良いよ!」
あっさりと了解するネミル。
(この子…大丈夫かしら。)
ずっと一連のやり取りを
見ていたムーリスは、「可哀想。」と
一言呟く。
◆◆
日が沈み、各々が焚き火を囲んで保存食の乾いたソナ豆をポリポリと食べていた。
時々パキと火の付いた薪から音が鳴る。
誰も何も話さない。
重たい沈黙が流れる。
それを見かねたフォードが流れる川を
見て、即興で作った唄を口ずさむ。
その歌声で奏でる旋律は、
とても穏やかで優しい。
心が暖まるカフエリ達。
賢者であるムーリスも懐にあったオカリナを歌声に合わせ吹く。
カラも口笛を吹いてより盛り上げる。
先ほどまで暗い表情であった者達から笑みが溢れる。
そんな様子をはるか遠くで見ている
邪悪な気配。
「眠くなってきた…先に寝るわ。」
フォードに熱い視線を送るとカヨウが
テントに戻っていく。
それを見届けたフエンはネミルに視線を送る。
渋々とフォードの白いローブを身に付ける。
ほのかにローブから石鹸の甘い匂いがする。
少し心が弾むネミル。
手を前後に降るフエン。
ため息をしながらカヨウの居るテントに
入って行く。
「じゃあ寝るか。」
カラが焚き火の灯りを消す。
各々が暗闇の中、テントへと消えて行く。
しばらくすると暗闇の中で
無数の禍々しく光る瞳が現れる。
「キャハハ…コイツラミンナオンナダ。」
「イイニエヲ、ミツケタ。」
独特の言語、恐らくゴブリンの言葉だろう。
野営している場所を取り囲む。
およそ2500体ぐらいの禍々しい気配。
一体の全身に分厚い装甲の重厚鎧を纏う
ゴブリンが雄叫びをあげた。
その号令と共に一斉にカフエリ達が寝ているテントへと牙を向ける。
一番手前のテントに入るゴブリン。
艶かしい腕で白いローブを纏う者に纏わりつき、カヨウが少し熱を帯びている吐息を吐き出し唸っている。
テントの中は独特の甘美な香りが充満している。
「サキ二クラオウ。」
不気味な舌から伸びる粘り付く涎。
息遣いが荒くなるその度に生臭い息が漏れる。
無防備で寝ているカヨウの美しい脚を掴もうとするゴブリン。
ゴトッ……。「アレッ…。」
地面に倒れる自分の肉体を
不思議そうに眺めている。
そこには村正を構えたカフエリがいた。
転がるゴブリンの首を踏みつけて眉間を貫く。
至る所で化物達の断末魔が木霊する。
薄目を開けてカフエリを睨むカヨウ。
「まさか、私を囮にするとはね…。」
そんな中、カヨウの温もりで、爆睡するネミル。
「まぁ…良いわ……後はあんた達で何とかしなさい。」
小鬼の亡骸を外に放り出し、また眠りにつく。
カフエリは外に出るとほぼ制圧していた。
風の精霊達から正確なゴブリン達の数と
来る方角を知ったカフエリ。
それをフエンに伝えるとその方角へと飛び立つ。
カフエリも風の精霊を操り
自分の分身を作るとフエンと共に行かせた。
フエンとカフエリは5000体のゴブリン達が
二手に別れるのを確認する。
恐らく片方は、本軍へと連絡する部隊だろう。
野営地の反対方向へと向かう
2500体のゴブリン達を、燃やし尽くし、
残りの亡骸を全て埋めて来た。
なるべく気づかれない様にしたかった。
ゴブリン達は統率の取れた部隊であった。
もしもその様なものの本軍が
攻めて来た場合。
さすがにフエン達でも苦戦を
強いられるのは目に見えていた。
そしてカフエリ達の居る野営地へと向かう
ゴブリン達には、フォードが”幻惑の唄”を奏でていた。
知らず知らずにお互い同士打ちを初めてしまう。
でも一つ疑問が残る。
フォードはずっとカフエリ達のいる野営地にいた。
それなのに何故離れた場所までフォードの歌声が響くのか。
その方法は案外単純であった。
風の精霊達にフォードの歌声を運ばせていただけであった。
そして野営地へとたどり着く頃にはゴブリン達の数が15体程になっていた。
完璧な作戦の筈であった。
だが…一体のフルプレートを身に付けた
ゴブリンに苦戦するフエン。
先ほど号令をかけたゴブリンだろう。
フエンが生み出す灼熱の爆炎を一際大きな
戦斧で振り回し吹き飛ばす。
「コイツ…強い。」
『フレイム』
炎の魔人を生み出し戦わせるが
簡単に一刀両断され消えてしまう。
カフエリが村正の柄を握り
首を狙って『瞬閃』を放つ。
耳を塞ぎたくなる程の激しく
ぶつかる金属音が鳴り響く。
カフエリの一撃を戦斧で受け止めるゴブリン。
動きの止まるカフエリの胸ぐらを掴む。
フォードが幻惑の唄を歌うが…。
フルプレートゴブリンは地面が揺らぐような雄叫びでその唄声をかき消す。
戦士としての勘と経験値、そして殺戮の本能が圧倒的に高いゴブリン。
その威圧感でカフエリとフエンの手足が少し震えていた。
カラとムーリスは静かに見ている。
震えるエルフの子供に笑みを浮かべるゴブリン。
口を大きく開けて喉元へ噛みつこうとする。
フエンがそれを止めようと魔力を込めた火矢を放とうとする。
しかしカフエリを盾にされて
上手く狙いが定まらない。
赤黒い牙が目の前に迫る。
ブシャー!
いきなりゴブリンの首元から血飛沫が激しく飛び散り力なく倒れる巨体。
口から紫色の血が滴り落ちる
ネミル。
黄色い瞳が鋭く細い。
肩で息をしていたが呼吸を整える。
「カフエリちゃん。それじゃ駄目だよ。」
「いつも見ていたけど、必ず
急所しか狙わないでしょ。」
そう言うとへたりと座り込み
またいつもの様に「にゃはは」と笑う
ネミル。
グブホァ!
最後の力を振り絞りネミルの首を掴もうとするゴブリン。
それを一瞬で切り刻むカラ。
「完全に止めを、刺すまで油断するな!」
短剣に付いた血を拭き取りながら叫ぶ。
「そうねぇ~まぁ今回は75点ぐらいかなぁ。」
「合格じゃない、カラ。」
笑顔でマジックゴブリンの亡骸を踏みつけているムーリス。
「いや…駄目だ。私だったら、幻惑で操ったゴブリン達をマジックゴブリン達へとぶつけるな!」
フルプレートゴブリンの持ち物を確かめる
カラ。
カフエリとフエンは川向こうの惨劇に驚愕する。
魔道を使えるゴブリン達の亡骸が幾重にも
積み上げられていた。
もしも、この場にあのマジックゴブリン達がいたらフエン達は間違いなくゴブリン達の
餌食となっていた。
「う~んみんな、探知能力が低いよね。」
「今度基本を教えるね。」
そう言うとムーリスの影から
魔物が現れる。
魔物はゴブリン達の亡骸を
食らい付くしていく。
骨を砕く音が不気味に響く。
ネミルは尾を丸めフエンに
しがみつく。
カフエリとフエンは強く歯を
喰い縛り地面に怒りをぶつける。
フォードは亡骸達に向けて
『癒しの唄』を奏でる。
ゴブリン達の魂が迷わぬ様に…。
その優しいはずの旋律が悲しみ
を帯びていた。
それを寝ながら聴いていたカヨウ。
深い眠りに付いていた。
その寝顔は、とても優しく穏やかであった。
まるで子供の様に…。




